第九章「血は牆となりて」4
結界修復を終えて城に戻ってきたリリィ、サシャ、エリシュナク、ホーリィの4人とともに、エルフの集落へと戻ってきた。
といっても────
「どうしてこんな郊外に移動しておるのじゃ?」
エリシュナクが指摘した通り、今俺たちがいるのは集落の外れの方。
2度目に来たときと同じ花畑の場所である。
「集落に直接向かうわけにはいかなくてな。サシャ、偵察を頼めるか」
「…………」
指示を出すと、サシャはいつものようにコクコクと頷く。
そしてその身体はおもむろに希薄なものになっていった。
「き、消えたじゃと⁉」
「あらあら……。こういう魔法もあるのね」
気配を消した姿を初めて見たのか、2人は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
いくら魔法という存在が身近にあったとしても、こういう時の反応は同じなんだと思うとどこか安心感のようなものがあった。
「これは魔法じゃなくて、一種の技術みたいなものだ。──それよりも……だ」
一呼吸おいてエルフの3人と対峙する。
まずは何から話すべきだろうか。
そんなことを逡巡した結果、やはり出てきた答えはこれだった。
「まずは先に謝っておかないとか……。争いの火種を起こしてしまってすまない」
「何を言っておるのじゃ?」
言葉の真意を読み取れなかったエリシュナクがそう聞き返してきた。
しかし、その横に佇むホーリィは違う。
その言葉が指す意味が分かったからこそ、とても険しい表情をしている。
「いつからこうなると気付いていたの?」
「結界修復の以来をした時には既に……って答えでいいか?」
「そう……。解決手段はもちろんあるのよね?」
「…………」
俺はホーリィの問いに首肯する事が出来なかった。
嘘でも首肯すべきところだった事は分かっている。
それでもやはり100%の保証をする事は出来ないならば意味がない。
それが俺の中の答えだった。
「もし、もしもあの人とシャーリィの身に何かあったら、いくらリリィの選んだ人だとしても容赦はしないわよ」
「ああ、その時はこの首でもなんでも差し出すよ」
視線が交錯する。
瞬き1つすら許されないような張り詰めた緊張が走る。
「……はぁ、分かったわ。今はマスター君を信じるわね」
先に折れたのはホーリィだった。
「今ので大体事情は察したが、それにしてもあのホーリィが折れるとはの……」
「その言い方だと、私がまるで我を貫き通す女みたいに聞こえるわね?」
ホーリィは含みを持たせた言い回しでエリシュナクを睥睨する。
その刹那エリシュナクの身体がビクリと震えたことがそのまま答えだと思ったが、それは気にしないことにしておこう。
「それで話を戻すが……、いや、戻したところで情報が少なすぎて何も話すこともないか」
「すごく適当じゃの……」
「今サシャさんが偵察に向かっていますから、戻ってくるまで待機というだけの話ですよ」
「それならひとまずは休憩ね」
そうホーリィが告げたが、どうやらそう悠長なことは言ってられないようだ。
「お兄さん……来てる」
存在を知らせるようにローブを引っ張った偵察隊の少女がそう宣告する。
来てるというのは間違いなく敵──というよりもこちらをよく思っていないエルフ族の集団だろう。
また、この綺麗な景色を戦場にするのか……。
そう思うと心苦しい部分があるが、あちらが仕掛けて来た場合は無抵抗でなんていられないだろう。
出来ることなら話し合いで解決したいが……。どうすべきだろうか……。
そう考えていたところで再びか細い声が聞こえてきた。
「考え……ある──」
サシャは背中に飛び乗ると、耳元で解決策を囁く。
その聖者らしからぬ手段に思わず苦笑いを浮かべそうになったが、そんなことしている暇なんてないようだ。
「やはりここに現れましたか……。まあ、どこに現れたところで貴方がたの運命は決まっていますけどね」
自信があるのか、ゆっくりとこちらに近付いてきたエルフの集団の中心人物であろう青年はニヒルな笑みでそう言う。
おそらく──というか完全にあいつがエリシュナク達の言っていたネスト家のやつなのだろう。
「まあ、そうだな。俺はこれから城に戻って寝るだけしか予定なんてないからな」
「減らず口を……。これを見てもそんな余裕でいられるかな?」
青年エルフの合図を皮切りにエルフの集団が2つに割れる。そしてその奥の方から想像していた人物が、想像していた形で登場した。
「あなた! シャーリィ!」
「動くなよ、裏切り者。こちらにはこいつらを殺す用意が出来ている」
青年エルフは分かりやすく動揺しているホーリィを睨み付ける。
なんというか、ここまでテンプレ通りの展開だと溜め息の1つも吐きたくなってきたな。
「人質か……。それで、そちらの望みはなんだ?」
「ははっ、望みか……。お前の命と、そこにいるリリィの身柄だよ」
「まあ、そうだろうな」
ホント溜め息吐きたいわ。
てかもう吐いてもいいよね……。
「はぁ……」
「この場面で溜め息とは……。この俺を愚弄するか!」
案の定溜め息で激昂してしまったが、もうそんなことはどうでもいいだろう。
てか、それよりもさっさと帰って寝たい。
「愚弄も何も無策すぎるだろ……。俺からすればそこの2人の命も、ここの2人の命も正直どうでもいいんだ」
「何を言っている……。こいつらはそこのリリィの家族だぞ⁉」
「それがどうした? リリィのためには平和的な外交を結ぶべきなんだろうが、相手にその気がないなら滅ぼして無力化しても構わないんだ」
この言葉にサシャ以外の全員が顔色を変えた。
さて、そろそろ終わらせるとしよう。
「魔王、柳生三厳が問おう。降伏するか、滅びるか好きな報を選べ」
決まった。
──と、思ったんだが、どうやらそうでもなかったようだ。
青年エルフが狂ったかのように笑いだし始めた。
「お前が魔王? 冗談は程々にしろよ」
「そうか? まあ、こんな姿じゃそういう反応も想定内ではあったけどな。来い──ヴァレリア!」
呼び掛けに応じて仮面を付けた禍々しい魔族が降臨する。
リアが放つプレッシャーは明らかに魔族であると分かるものだろうから、これで証明にはなるだろう。
「お呼びでしょうか、魔王様」
「ああ、ここにいるやつらを蹂躙して貰おうと思ってな」
「仰せのままに。数はざっと百……。5分程で殲滅致しましょう」
意図が分かっているのか、本当に蹂躙を楽しもうとしているのかは分からないが、リアは弾んだ声でそう言って刀を抜いた。
しかし、まだ動かない。
それに待ったをかけたのは、今まで余裕綽々の表情を浮かべていたあの男だった。
「待て、待ってくれ! 人質は解放する。は、話し合いをしようじゃないか!」
「どうされますか?」
「話し合いなんてする必要はない。俺が求めるのは降伏のみだ」
「それでは切り刻んで参ります──」
今度はリアが地面を蹴った。
一瞬の加速のみで青年エルフとの距離を詰めると、その喉元に刃を突き付ける。
それと同時に青年エルフの膝は崩れ、後ろに倒れこんだ。
「こ、降伏します。だから、だから命だけは……」
「……つまらない男ですね。興が削がれました」
リアは軽蔑するように青年エルフを見下ろすと、人質になっていた2人を連れてこちらに戻ってきた。
「ご苦労だった」
「これくらい造作もありません」
「可愛いげの欠片もないな」
「魔王様に労って貰えて嬉しいにゃん」
「お、おう……」
リアってこんなキャラだっけ?
そう一瞬戸惑ったが、可愛いげないなんて言ったからかと結論に至った。
てか、これ絶対仮面の下は真っ赤になってるんだろうな……。
「俺はまだ少しやることが残っているから先に帰っていてくれ」
「……はい」
リアの召喚を解除する。
そして俺はエリシュナクと向き合った。
「詳しい話は──」
「また明日で良かろう」
「それもそうだな。リリィ、サシャ帰るぞ」
「はい!」
「……うん」
そしてリリィがワーティを唱える。
眩い光が消えた時には既に居城に戻ってきていた。




