第九章「血は牆となりて」3
城に戻った時にはあまり時間が残されていなかった。
結界修復組が戻ってくるまで残り30分程。
その間にやらないといけないことが結構ある。
「まずはこれからの首尾について説明をしとかないとか……」
「これからか……。ジークのことは後回しにしてもいいとして、他にまだ何かあるのか?」
「同時進行で2つほどな。1つはエルフ族との和解──というよりも同盟関係の締結。さっきの資金集めはそのためのものだ」
「それはさっき聞いたから知っている。そしてもう1つは?」
「もう1つは────」
俺はゼノとリアにその話をする。
その答えに返ってきたのは苦笑と殺気。
言うまでもなく殺気を放ったのは仮面を着けた彼女である。
「端的に言うと、三厳はエルフの方に行くから、こっちは俺たちに丸投げするってことか」
「まあ、そういうことになるな。とは言ってもサシャがいないことにはどうしようもないところがあるから、俺たちが戻ってくるまでの間見張っていて欲しいってくらいだが」
「なんだ? あのチビッ子も連れていくのか?」
首を傾げるゼノに事情を説明する。
そういう状況になって欲しくないと思ってはいるが、こういう時の悪い予感はなぜか当たるものだ。
念には念を入れておいて損はないだろう。
「なるほどな。ホント三厳は面倒ごとに巻き込まれやすいよな」
「ありがとう」
「いや、褒めてねぇから……」
そんなことは分かっている。
でも、こうでも言ってないと涙が溢れてきそうなんだよ……。
「まあ、事情は粗方分かった。それで、まずはってことは他にも何かあるのか?」
「急ぎの用が1つ。後はあまり急ぎではないけど早めに済ませておきたいものが2つ」
「意外と多いな……」
「まあ、すぐ終わるから」
俺はそう言いながらエスシュリー(仮)を起動した。
選んだ項目はコンタクト。
その相手はエリス・シュレイザー。
数秒のラグを挟んで、目当ての人物が通話に出た。
「三厳? 急にどうしたの?」
「ああ、頼みたいことが1つあってな」
「何をしたらいいの?」
「時間がある時でいいからライドラ達のところに肉を運んでくれ」
「分かった。人手がいりそうだったら適当に人員を借りるね」
「ああ、よろしく頼む」
初めてのことではないからか、エリスはあっさりと承諾してくれた。
あの様子ならばストックがないということもないだろう。
さて、それなら残り時間でもう2つを片付けておくとするか。
「ゼノ、ベルちゃんとバルハクルトの元へ連れていってくれ」
「はいはい。確かに急ぎではないが、早めに済ませておきたいことだな」
ゼノはそう言うと移動魔法を詠唱した。
辿り着いた先は旧魔王城。
ベルちゃんことベルウィリアの居城であるその城だった。
「──親父、起きてるか?」
「ゼノウィリアか……。まさかわざわざ見舞いに来るなんてな」
「見舞いに来たのは三厳の方だ。俺は竜ごときに遅れをとる親なんて知らん」
ゼノの毒舌に俺とバルハクルトは思わず苦笑いを浮かべた。
当事者である竜ごときに遅れを取った父親はなんとも言えない苦悶の表情を浮かべていた。
うん。
やっぱり年頃の娘って難しいものだな……。
「そうか。三厳が戻って来たのか……。私がいながらこんなことになってしまって申し訳ない」
「いや、いいよ。帰ってきたら焼け野原だった──なんてことになっていないのは2人のおかげだろ?」
「それを防げても反乱を起こさせているようでは意味がない」
「まあ、そんなに思い詰めるなよ。今の魔王は俺だ。それくらいのことならどうにかするさ」
これを失態と呼んでいいのかどうかは定かではないが、部下の失態をカバーするのも上に立つものの使命だ。
それすらできないようならば、俺が魔王ではなくなってしまう。
それに魔族なのに根が優しい2人だから、あまり背負わせ過ぎたらダメだしな。
「魔王様。私のせがれが迷惑をかけてしまい申し訳ありませんでした」
やはりジキルクルトの造反に思うところがあったのか、バルハクルトもそう声をかけてくる。
俺は予想通りの展開に苦笑を浮かべるしかできなかった。
「だから構わないって。今は2人ともそんなことは考えずに、怪我を治すことに専念してくれ。2人がいないと内政に追われたゼノから三行半を突きつけられかねない」
「……自覚はあったんだな」
夫婦漫才のような俺とゼノの掛け合いに、2人の顔にも笑顔が戻った。
こっちはひとまずこれくらいで大丈夫だろう。
「まあそれは置いといて、ここからが本題なんだが」
「うむ」
「明後日にジキルクルトと決闘をしようと思っている。それにあたってあの闘技場を借りられるか?」
その問いかけにベルちゃんもバルハクルトも少し複雑そうな顔をした。
「貸すのは構わない。──しかし、本当にいいのか?」
「失礼を承知で言わせてもらいますが、せがれのジークは相当腕が立ちます。私やベルウィリア様にはまだ及びませんが、少し危険過ぎはしないでしょうか?」
バルハクルトの言い分も当然だろう。
ジキルクルトと対峙して、その実力は沸々と感じた。
そして今回はベルちゃんと戦った時みたいに小細工が通用するわけでもない。
下手をすれば命を落とすかもしれない事案である。
そんなことは言われずともわかっていた。
「まあ、それをなんとかしてこその魔王だろ? そこ辺りはうまくやるさ」
「魔王様がそう仰るのであれば、これ以上止めはしませんが……」
「ここは三厳を信じるほかないようだな。──だが、決して死ぬでないぞ」
「おい、ベルちゃんフラグ立てんなよ……」
そんな軽口を叩いてはみるものの、おそらく今のままでは勝算がないことを2人には悟られているだろう。
それでも強がることしかできない自分に苛立ちを覚えてくる。
その時、そんな思い空気を払うかのようなタイミングでエスシュリー(仮)が起動した。
「──リリィか? どうした?」
「マスター! 結界の修復が完了しました。今からそちらへ戻ります」
「お疲れ様。それじゃ城で待ってるな」
「はい!」
どうやら予定よりも早く結界修復が終わったようである。
こうなってしまったら考えるのは後だな。
「ベルちゃん、バルハクルト、取りあえず俺たちは城に戻るわ」
「うむ」
「はい。お見舞いありがとうございました」
そして俺たちは城へと戻った。
「ゼノ、もう1つ仕事だ。ジキルクルトに決闘の場所について連絡しておいてくれ」
「まあ、そうなるわな」
やるべきことは終わった。
後はリリィたちがアマゾネスの外に出て、こちらへ戻って来るのを待つだけだ。




