第九章「血は牆となりて」1
「魔王様、起きてください」
穏やかな声に意識が覚醒する。
瞳を開くと目の前に飛び込んできたのは真っ黒な双丘。
そして青い空。
寒色のコントラストではあるが、これはこれでありだと思う。
「何かあったのか?」
「戻ってきたようです」
「そうか」
どうやらライドラが戻ってきたらしい。
もう少し膝枕を堪能していたいところだが、そういうわけにもいかないだろうから俺は身体を起こした。
「疲れはとれましたか?」
「それなりに。でもやっぱり寝るならベッドの上だな」
「その場合は膝枕よりも添い寝ですかね」
なぜ一緒に寝ることが前提になっているのだろうか?
仮面をつけているせいでその表情は読み取れないが、反応したら敗けなのだろう。
そしてそのとき頭の上を黒い影が通過した。
「帰ってきたか」
「あぁ、久しいな」
「おい、三厳! 肉だ! 肉を食わせろ!」
レイドラは相変わらずレイドラだった。
そしてそれを鋭い目で睨むライドラも相変わらずだ。
「後で用意させるから少し待っててくれ」
「わざわざこいつの言うことを聞かなくてもいい」
「どうしてだよ! 俺は三厳のせいで迷惑を被ったんだからな!」
親子喧嘩が始まりそうだから話をそらすことにした。
「それでライドラは今までどこに行っていたんだ?」
「決まった1ヶ所には留まっていなかった。息子と流浪の旅をしていたというところだ」
「なるほど。さすがに塒にできるような場所がなかったか」
「そうだな、中々に条件に合うところがない」
うん、そういうことならちゃんと肉は用意することにしよう。
「それよりも、呼び戻したということは何かあるのか?」
「特にはないかな。ただ戻ってきてもらっただけみたいな?」
「そうか。それならばしばらくはここで休ませてもらうことにしよう」
ライドラはそういうと、地面にだらっと伏せる。
レイドラもそれを真似るように伏せたところでリアが口を開いた。
「ジーク坊との戦いのことは言わなくてもいいのですか?」
「いいんじゃない? 別に必ずしもライドラの協力が必要というわけではないし」
「ですが……」
俺の身を案じてか、リアは複雑な顔をしている。
対峙しただけでもジキルクルトが強いということは分かっている。
それがベルちゃんほどではないとしても不安になるのは当然だろう。
「まあ、心配するなって。別に命のやりあいをするわけでもないんだから」
「本当にそう思っているのですか?」
「ああ。それに俺が殺されることはないと言ったのはリアだろ?」
「そうですけど……。本当にそうなってしまったときには──」
そこでリアは言葉に詰まった。
俺が殺されることはない。
しかし、そこで言葉に詰まったということは考えられる可能性は1つだ。
「俺がジキルクルトを殺すことになる。──そう言いたいのか?」
「はい」
「それはないな」
「うむ、それはない。三厳はヘタレだから魔物すら殺めることができない」
「うわっ、三厳ヘタレかよ!」
「お前は黙っていろ!」
俺の否定に合わせるようにライドラもリアの不安を否定した。
そのあと余計なことを言ったレイドラが、ライドラに睨まれて震えているけど、とりあえずそれは見なかったことにしよう。
「なるほど。そういうことでしたか……」
しかし、リアの反応は予想外のものだった。
いったいどういうことだというのだろうか?
「まあ、この話はここまでにしておきましょう。それよりも今は他の問題の方を優先すべきです」
それを聞くよりも早くリアは話をそらした。
しかし、言っていることは間違ってないから今は切り替えることにしよう。
「そうだな。そういえば俺はどれくらい寝てたんだ?」
「1時間半くらいですね。それがどうかしたのですか?」
「結界修復までの時間を確認したくてな。──残りは1時間程度。よし、今から動くとするか」
まずはエルフの問題を解決するのが先決だろう。
そのためにはまず資金を調達する必要がある。
何か素材を売って集めるとして、まずは移動の足を確保しないとだな。
「まずはゼノと合流だな。玉座の間に戻るぞ」
「はい!」
「──おい、三厳! 肉を忘れるなよ!」
俺たちが立ち上がったところでレイドラがそう声をかけてきた。
本当に食い意地すごいな……。
「後でミリスかエリスにでも運ばせるよ」
「よっしゃー! 今日は肉だ! うまい肉が食えるぞ!」
まあ、楽しそうだからいいということにしておくか。
「それじゃ、ライドラたちはしばらくのんびりしていてくれ」
「うむ、何かあったらいつでも声をかけてくれ」
俺たちはライドラ親子と別れる。
そして玉座の間へと戻ってきた。
「戻ってきたのか」
「ああ、見回りはもう終わったのか?」
「ああ、異常なしだ」
「それなら少し出かけるぞ」
「はぁ……。そんなのはエルフにでも頼めよって言いたいが、今はいないんだったな」
「そういうことだ。行き先は始まりの街だから1人で行けないわけでもないが、1人では帰ってこれないからな」
「分かったよ。それで剣聖もついてくるのか?」
「いえ、ゼノウィリア様が一緒ならば私が出る幕はないでしょう。お2人で行ってきてください」
ゼノはリアの言葉に嫌な顔をしていた。
そんなに2人になるのが嫌なのだろうか?
「分かったよ。それならこの城の防衛は任せたぞ」
「はい。確かに引き受けました」
「それならさっさと行くぞ」
「おう」
そしてゼノの魔法で始まりの街へと移動した。




