第一章「帰還と脆弱な平穏」4
あれからメンバー決めで少し揉めた後、俺たちは再び始まりの街へと戻ってきていた。
今付き従っているのは正成とバルハクルトの2人だけ。
送り届けた後に残ると言い出したリリィと、連れていけと裾を掴んで離さなかったサシャの説得に時間がかかったわけだ。
「あそこまでせがまれても連れてこないのでござるな」
「だってリリィはまた呪いとやらで使い物にならなくなるだろうし、サシャは……戦力にはならないからな」
「確かにそうですが……」
逆に連れてこられたバルハクルトはどこかやる気のない顔をしている。
あの状況でベルちゃんかバルハクルトを連れていかなければ文句を言われていたはずなのに、連れてきたら連れてきたでこれだからな……
その分、久し振りの帰省というだけはあってかやる気に満ち溢れている正成の存在がありがたい。
いや、これはこれでなんか良くないことが起こりそうでもあるが……
『例の喫茶店に来てもらおう』
その時次の指示が入る。
指定された場所は正成の元住居でもある喫茶店。
あの老店主には迷惑をかけることになるかもしれないが、ここはおとなしく指示に従うことにしよう。
「喫茶店行くぞ」
「御意」
そして正成は気配を消す。
消したところで俺にはあいつがどこにいるのか分かっているのだが、それでもバルハクルトと2人になった感じは否めない。
そういえばあれ以来もバルハクルトと2人になったことはないんだよな……
いつもゼノなりベルちゃんなりが一緒にいたし。
「三厳様、相手の見当はついているのでしょうか?」
「半々ってとこだな。その不確定さを埋めるために正成を連れてきているが、正面から殺り合うなんてことになったらどっちに転ぶかは分かんねぇわ」
「私がついていてもですか?」
そう尋ねたバルハクルトの疑問はまっとうなものだ。
いくら敵が不明とは言えど、元魔王に匹敵する強さを持っている自負があるだろう。
そんな彼がついていながらも戦況は半々と言われればこんな反応になっても致し方ない。
「最悪の場合はな……俺たちが全力で立ち向かったところで全滅する可能性もある相手だよ」
俺はもう1年前の過去になってしまったあの日の出来事を思い出す。
ミリス、サシャ、アークの3人が仲間となり各自契約を結んだ後の話。
俺は仲間には内緒で1度召喚を試みたことがある。
そういった経緯があったからバルハクルトの契約は12枠目。
アークの10枠目から1つ空いているわけである。
あの時呼び出そうとしたやつは結局現れることはなく、『残念でした』と貼り紙がされた人形が呼び出されたんだよな……
「それならば私は全身全霊をかけて三厳様をお守りするだけです」
「拙者もついているでござる」
何故かやる気満々に意気投合した2人にそこはかとない不安を覚えつつ、俺たちは目的地の喫茶店へと辿り着いた。
その間、殺気にも似た闘気を放ち続けていたバルハクルトのせいで街の住民から少し避けられていたのは言うまでもないだろう。
「──やあ、来たね。柳生三厳」
喫茶店に入店した俺たちを待ち受けていたのは見覚えのない女だった。
ボーイッシュな声に、それに似合う中性的な顔立ち。
それでも俺が彼女を女として認識できたのは、似つかわしくないまでに主張をする胸部が要因だろう。
脱色したみたいな茶色をした長い髪もそれを後押ししているがな。
まあ、今はそんなことよりもその左手に握られてあるあれの方が問題にすべきだろう。
「影縫いの術破れたり──かな?」
その女は至って平然とそう言葉を続けて正成を見ている。
もちろん正成は彼女に掴まれて抵抗すらもできていない。
「うちの手下が失礼をしたようだな」
「本当だよ。まあ、私はこれくらいじゃ痛くも痒くもないんだけどねー」
そう言って女は正成の身柄をこちらに投げ返す。
なんというか、相当やりにくい相手だな……
「それで、君たちの狙いは?」
「特に何もないよ。ただ君が暇だって言っていたから暇潰しを兼ねて、君たちに似た殺人犯をこの街に放ってみたんだけど、ほら、君たちが知らん顔して帰っちゃうから」
帰っちゃうからって……
いや、暇だからといって面倒なことに巻き込まれたいわけじゃないからな?
「まあ、それはさておき、私はただ君たちを祝福しに来ただけだよ。柳生三厳、君はこのリアパラの世界でヒト種、魔族、そして竜種の一部を手に入れた。その事のお祝いさ」
「お祝い……でござるか?」
「そうそう。お祝いさ。これから君たちがどこまでその勢力を広げていくのかは分からないけど、高々1年でここまでの功績をあげたんだからね。私らからすればコングラッチュレーション! って感じなんだよ」
女の正体はだいたい分かった。
しかし、だからこそその狙いがはっきりとしない。
「それにしてはやけに手荒い祝福だな」
「そう? 意外と面白い祝福だと思ったんだけどなー」
「見てる側なら面白いのかもしれないな」
「ほうほう、そこまではもう気付いているんだー。なら、もう私から説明することはないね」
そう言い終えた女は「バイバーイ」と無邪気な笑みを浮かべて消えた。
本当に意味が分からないわ……
『あっ、殺人犯はこっちじゃ回収しないから頑張って倒してね。はぁと』
はぁとじゃねぇよ……
てか、祝福に来たならそっちで始末しろよ……
「つまりどういうことですか?」
「用件は殺人犯を討伐しろってことだな……」
俺はそう要約して溜め息を吐く。
どうやら魔王になったくらいではこの世界は平和にならないようだった。
「それならこれから動くでござるか?」
「ああ、色々と問題は山積みだがそれが先決だろうな」
「ところでその殺人犯はいずこに?」
「あっ……」
えっと、それを探すところから頑張れということですか?
あの、せめて面倒なのでヒントくらいは欲しいんですけど……
「──殺人犯ですか。それなら私がお教えしましょう」
そんな困り果てた俺たちに、救いの手を差し出してきたのは正成の師匠でもある老店主だった。