第八章「真相の先にあるもの」2
「お主、いったい何者なのじゃ?」
緊迫した空気の中、厳かに発せられたその言葉。
エリシュナクが何かに気が付いたことは明白だろう。
しかし、彼がどこまで真相に近付いているのかは分からない。
あえて全てを明かすことも一興ではある。
けれどそれは愚作でしかないだろう。
「前にも言わなかったか? 俺はリリィの旦那だ」
「そういう事ではない。それくらいは分かっておるじゃろ」
嘆息混じりの声。
文脈から考えれば、エリシュナクが聞き出したいのは俺の職業だということは分かっている。
それでもあえて同じ台詞を言ったのは、それが最良の選択だったから。
表情のわずかな変化であっても相手がどういうことを思っているのかがある程度は分かる。
そこから判断した答えは、エリシュナクが俺に敵意を持っていないということ。
つまりは俺が魔王であることは知らないということであった。
「職業なら……一応は冒険者ってことになるのかな。ほら、魔王を倒したって話はしただろ?」
「──そんなに強いようには思えないけど、それは本当なのかしら?」
口を挟んだのはシャーリィだった。
そして当然の疑問は周囲へと波及する。
「確かにお主が魔王を倒せるほど強いようには見えんの。能ある鷹は爪を隠すというが、魔力の気配すらないとなれば難しそうだからの」
「それはそうね。マスター君が1人で倒したわけではないのでしょうけど」
「当たり前じゃない。こんなの1人に魔王が倒されるくらいなら誰でも倒せるわよ」
散々な言い様だった。
まあ、召喚のスキルがなければ勝てなかっただろうし、あながち間違ってはない。
でも、そう言われて黙っていられないやつがいるからな。
「マスターはすごいんですから! 魔王と1対1で戦って勝ちましたから!」
「魔王を1人でのお……」
「にわかに信じがたいわね……」
リリィの言葉は信じてもらえなかった。
へそを曲げている姿も可愛いとは思うが、あまり熱くなられても困るし、そろそろ話を変えるとしよう。
そう思ったのはいいが、何の話をしたらいいのだろうか?
そんなことを考えているうちに、リリィが更なる反論を続ける。
「マスターの良さが分からないなんて節穴です」
続けたのはいいが、もうそれはただの感情論でしかなかった。
うん。
もう少しなんかなかったんですかね……
「この際お主が強いのかどうかはどちらでもよい。問題はそこではないからの」
「いえ、大問題です!」
「いや、リリィは少し落ち着けよ……」
エリシュナクの言葉にいまだ興奮状態のリリィを宥める。
正直俺からしても俺が強いのかどうかなんて問題じゃない。
問題はエリシュナクが次に何を言うのかだ。
「先ほどお主は冒険者だと言った。そして魔王を倒したとも。──確かにお主は嘘を吐いている様子もないんじゃが、それが真実を語っておるとは思えんのだ」
「何が言いたい?」
エリシュナクと無言の睨み合いが続く。
互いに互いが核心に迫ることができず、膠着状態で時間だけが過ぎていく。
ここまで軽口を挟んでいたホーリィすらも無言を貫いていて、こうなってしまえばこの空気を壊すのは甚だ難しいだろう。
「──娘を嫁にやるなんて認めないぞ!」
うん。
空気が読めない奴が1人だけいたわ。
さっき殴られたばかりなのに学習しないのだろうか……
「貴方は黙っていてください!」
リプレイ映像を見ているかのような、拳骨からの気絶。
サレイドが不憫な気もするが、自業自得に過ぎない。
「はあ……まあ、よい。1つ聞いてもよいかの?」
「なんだ?」
「主が冒険者というなら、どうしてそこまで魔の臭いをまとっているのだ?」
魔の臭い。
そう言われて、とりあえず自分の臭いを確認してみる。
昨日は風呂には入れたからそんなに臭いはしないはずなんだけどな……
「くんくん。マスターはいい匂いですよ?魔の臭いなんてしないです」
「くんくん。マスター君は確かにいい匂いね。加齢臭が混ざり始めた誰かとは大違いだわ」
「なんで母さんまで匂いを嗅いでるんですか!?」
「いいじゃない。減るものじゃあるまいし」
「ダメです! マスターは私のものですから!」
なんかまた脱線してるわ……
てか、臭いは恥ずかしいから嗅がないでほしいんだが……
「2人ともいい加減にせんか!」
「「長老は黙っていてください!」」
本当に親子なんだなと感じる見事なハモりだった。
そしてこう暴走するところもそっくりでなんか嫌だな。
「お前らいい加減にしろ……」
「うぅっ……」
「はーい」
リリィはともかく、ホーリィも俺の言うことは素直に聞いてくれるのか。
この場の力関係がどんどん分からなくなってきたな……
「それで魔の臭いだっけ? ついこの前魔王と戦ったばかりだから身体はともかく服に残っていてもおかしくはないだろ?」
「昨日はそう思ったんだがな。今日になって臭いが増したことを考えるとおかしいとは思わぬか?」
臭いの元はヴァレリアか……
確かにあいつは殺気みたいなものを周囲に飛ばしまくっているからな……
「奪い取った魔族の城に泊まったからだろ」
「ふむ……そういう事にしておこう」
ふう。
何とかごまかしきったか……
「──などというとでも思っておるのか? 明らかにお主は今、安堵の表情を見せた。あれは明らかにこの場に相応しくないものであったぞ」
うわっ……やらかしたっぽいな。
さて、ここからどう巻き返すか……
「あの、マスター。もう無理に隠さなくてもいいんじゃないですか?」
「はぁ……リリィがそういうならもう正直に話すわ」
「ふむ。ようやく折れたか。それで何を隠しておったのじゃ?」
「実はだな──」
そして俺は魔王を倒してからの話をした。
これ以上の争いを避けるために自ら魔王になったこと。
結界が破れたことで竜族が攻めてきたこと。
そしてそれを食い止めるために結界を早く修復しなければならないこと。
そこまで話すと、エリシュナクは「ふむ」と1つ間をおいた。
「目的は結界の修復。そのためには余計な火種となる、自らが魔王であることを隠しておきたかったというわけか」
「概ねそういうところだな」
「結界が修復さえしてしまえば後はどうとでもなるという考えが悪いとは思わん。それがこちらに来てからいきなり敵対心を持たれたとあれば尚更のこと。──しかし、もう少し信頼をしてほしかったものじゃの」
「確かにそうですね。まあ、いきなり『俺は魔王だ。結界の修復に協力しろ!』なんて来られてもそれはそれで問題だと思いますが」
「それでエリシュナク。結界の修復については協力してもらえるのか?」
紆余曲折あってのようやく辿り着いた本題。
それにエリシュナクはまず笑顔で答えた。
「私は力を貸そう。恐らくホーリィも手伝ってくれるであろう」
その言葉にホーリィも首肯で参加の意を示す。
しかし、その後エリシュナクの表情が曇った。
「しかし、術士が3人必要なのであろう? もう1人、私達と同等の力を持っている者となると……ネスト家に協力を仰がねばならん」
ネスト家というのはさっき話に出ていた富豪のことだろう。
そしてここで表情が曇ったということは、そのネスト家に協力を仰ぐのは苦難の技だということも分かった。
最悪2人集まれば、後はリリィとフラン、そしてどうにかサシャを連れ出せればどうにかなるんだが……
とりあえずゼノウィリアと話をしてみるか。
「もしかしたら2人でどうにかなるかもしれないから少し待ってくれ」
俺はそう言ってエスシュリー(仮)を起動する。
そしてゼノに『コンタクトが取れるならかけてくれ』とメッセージを送った。
それから数秒後。
ゼノからコンタクトが入った。
「急にどうした? 結界の修復の宛でもついたのか?」
「ああ。2人は確保できた。そして後1人集めるのに手間がかかりそうだから、どうにかサシャを連れ出せないかと思ってな」
「そうか……」
ゼノはそれが可能かどうかを考えているのか、少し黙り込んだ。
そして再び数秒後。
答えが出たようである。
「どちらか1人ならばどうにかなるんだけどな」
「元々フランは正成に入れ替わってもらうつもりだったんだが」
「それならちびっこ1人を出すことは可能だ」
「そうか。それなら後で正成に月詠のローブを持たせてそっちに送る」
「分かった。後はあの痛女の時間停止で2人を連れ出すわ。そしたらメッセージを送るからそっちで回収してくれ」
「了解」
そしてゼノとの通話を終える。
もしゼノが味方についてくれなかったらと思うと危ないところだったな。
「それで話はついたのかの?」
「ああ、こっちで3人用意できる事になったから問題はない」
後は計画を実行に移すだけだ。




