第八章「真相の先にあるもの」1
それから5分後。
お茶を用意してきたホーリィとシャーリィが合流した。
「粗茶ですが」
そう食えない笑顔を浮かべているホーリィからお茶を受け取り、それをテーブルの上に置いた。
ここが実家であるという安心感もあってか、リリィは平然とそのお茶を飲んでいるが、俺はどうもそういう気にはなれなかった。
「警戒と焦燥。暢気な娘とは違い、マスター君は頭がきれるようね」
テーブルを挟んで向かい側に座るホーリィは観察するようにひとしきり俺を見た後にそう言った。
それに同意するようにエリシュナクも頷くと、お茶を飲み始めた。
「柳生三厳だ」
「うんうん。マスター君はリリィの旦那様なのよね?」
話が噛み合わない。
むしろ合わせようとしないというべきだろうか。
やはり、どうにも食えない人だった。
「はい! 私の自慢のマスターです!」
「そう……」
リリィがそう答えたところでホーリィの表情が一瞬だけ曇った。
「先に1つだけ言わせてもらってもいいかしら?」
「ああ、リリィをやらないっていう話じゃなければ聞く」
「ふふっ……」
俺からの先制攻撃にホーリィは蠱惑的な表情を浮かべた。
「やっぱり思った通りに頭がきれるようね。でも、母親としては簡単に娘を嫁に出すわけにはいかないのよ」
「混血は忌まれるものだから。後は……そうだな。憶測でしかないが、借金の関係か」
そう言ったところでホーリィの隣に座るエリシュナクが表情を崩した。
あくまでもポーカーフェイスを続けるホーリィには悪いが、それだけで憶測が確信に変わる。
「あの、マスター、急に何の話ですか?」
「後で説明する。まあ、俺が説明するまでもなく、エリシュナクから過去に何があったのか。──そしてそうなってしまった原因を聞けばはっきりとする話だけどな」
それだけ言ったところで、当事者であるはずのリリィは理解ができなかったようだ。
しかし、他の2人は理解できている。
唯一俯いたままのシャーリィだけはそれを読み取ることができないが、俺の推測が正しいのであれば彼女も知っているのだろう。
ただ1つ、記憶が欠如している可能性を除けば……だが。
「長老、貴方はどうするおつもりですか?」
「私はこの男を気に入っておる。全てを話し、あわよくばこの絡まりに絡まった問題を解いてもらうつもりだよ」
「そうですか」
ホーリィの表情はどこか寂しげだった。
そして決意をしたのか、もう一度口を開く。
「全てを狂わせた元凶。リリィがシャーリィの魔力の大半を奪い取って、魔力を暴走させた原因はシャーリィにあるわ」
「えっ!?」
ホーリィの言葉にリリィはただただ驚くだけだった。
そしてその言葉に続けるようにエリシュナクが説明を続ける。
「あの頃からリリィの魔力は高かったの。本人の内向的な性格もあってか、それが表舞台に現れることはなかったが、その器の大きさは姉であるシャーリィを凌駕していた」
「それに目をつけたのがネスト家。元々はシャーリィを嫁に迎えることで話が進んでいた婚約を彼らは破棄しようとしたわ。私達はそれに反対をしたけど、それに一番反対をしたかったのは他ならぬシャーリィだったの」
「それでシャーリィはリリィの魔力を奪い取ろうとした」
エリシュナク、ホーリィ、俺とバトンを渡すように昔何があったのかをつまびらかにしていく。
その話にシャーリィはただただうつむき、リリィは信じられないのか口をパクパクさせるだけだった。
「しかし、その計画は失敗に終わってしまった。それだけなら良かったのじゃが、不安定な術式だったこともあり、動こうとしていた魔力は器の大きなリリィの元へと逆流してしまった」
「その結果、あの日その逆流を抑えきれなかったリリィの魔力が暴走してしまったのよ」
リリィは今まで自分の意図せぬ形で姉の魔力を奪い取ってしまったと思っていた。
しかし、真実はそうではなかった。
むしろリリィは被害者。
それを今になって知った彼女がどう思うのか。
それはただ1つの感情に収束されるのだろう。
「リリィ、少し落ち着こうな」
俺は自らの隣でわなわなと震える彼女の身体をきつく抱き締める。
ここでリリィの魔力を暴走させてしまうのは誰も望まないことだろう。
「どうして……どうして今まで隠していたのですか?」
その瞳にいつものような明るさはない。
どこかいびつで、どこか不安定。
焦点があっているとは言いがたい。
そんな彼女から感じるものは危なげなものだけだった。
「言い訳に聞こえるかもしれないけど、私がその事実を知ったのは貴女がいなくなってからなの」
その言葉が真実かどうかは分からない。
ただ唯一分かることは、その言葉がリリィには響いていないということだけ。
「母さんには聞いていません!」
リリィが珍しく語調を荒らげる。
その鋭い眼光の先にいるのは今も俯いたままのシャーリィだった。
「あんたには私の気持ちなんて分からないでしょ?」
「分かりませんし、分かりたいとも思いません!」
「リリィ、それくらいにせんか」
「部外者は黙っていてください!」
シャーリィが油に火を注ぐと、さらにリリィは振り上げた拳を下ろせなくなった。
そうなってしまえば、諭そうとするエリシュナクの言葉も届くことはないだろう。
今のリリィに言葉を届けることができるとすれば、当事者であるシャーリィか、もしくは俺しかいなかった。
「リリィ」
「何ですか?」
「リリィは受け入れられないかもしれないけど、俺はそれでよかったと思ってるから」
「マスターまで……」
「そうじゃないと俺はリリィと出会えなかっただろ?」
その一言にリリィは言葉を失った。
天秤がそこにあるとすれば、今リリィの中でその両端に乗っているものは過去の出来事がなかった場合の未来と、俺たちと出会った現実。
後者に転ぶことはどこか願望めいたものもあったが、リリィの中ではそちらが重かったようだ。
「そうですね。マスターに免じてそういうことにしておきます」
「リリィは素直じゃないな」
「マスターほどではありません」
リリィはそういうと久方ぶりに笑った。
「さすがはマスター君かしら。でも、さっきも言ったけど、簡単には嫁に出すわけにはいかないのよ……」
2人の関係に水をさすホーリィの言葉ですぐにその笑顔は失われた。
「そこで次の問題、借金か……」
「そうね。不本意ではあるけど、その子が壊した集落を直すためのお金の形がその子自身なのよ」
「金額は?」
「3,000万ユヒト……とてもじゃないけど返せるような金額ではありませんわ」
ユヒト……
聞いたことがないお金の単位にその具体的な額がパッと浮かばない。
「リリィ、ユヒトってどれくらいだ?」
「キールに換算すると1,000万キールくらいです。ただ、換金ができるわけではないので──」
「よし、それならその借金はこちらで払おう」
「って、マスター話を聞いていましたか!?」
換金ができないなら換金できるものに変えればいいだけの話である。
金額は別に問題がないからな。
「そんな金額を簡単に払うなんて……」
「できる。一応個人的な資産が150億キール。単純計算で450億ユヒトはあるからな」
正直な話をすると魔王軍の国家予算なんだけどな。
まあ、そこ辺りは結界修復ができて、平和が訪れるとなれば安いものだろう。
後でベルちゃんとかバルハクルトに怒られるのは間違いないだろうけど。
「やはり、そうであったか」
しかし、そんなうまく物事が運んだと思っていたときに聞こえてきたのは、エリシュナクのどこか含みのある言葉であった。




