第七章「招かれざる」7
「そうは言ってもまずは名乗るのが先かの。私はエリシュナク。この集落の長老をしておる」
「柳生三厳。リリィの夫だ」
老エルフ、エリシュナクに対して簡単な自己紹介をする。
魔王であることを話すべきではないからリリィの夫だと説明することにした。
それにはリリィも嬉しそうに腕の中で照れている。
「三厳君か。先に1つ聞かせてもらうが、君は何故この集落に来た?」
「結界を修復するためだ。そのために高い魔力を持つエルフ族の協力を得たかった」
「…………なるほど。嘘を吐いているわけではなさそうだの。して、何故君がそれを行う必要がある?」
長老の協力を得られれば物事がうまく運ぶと思ったが、そう一筋縄にはいかないようだ。
あまり誉められた考え方ではないが、必要なのは結界を修復するまでの信頼関係。
必要以上の嘘を吐くべきではないだろう。
「ある種この世界の平静を保っていた結界を壊してしまったからだな」
「ふむ……」
エリシュナクは俺の瞳をグッと強く見据える。
俺はそれから目を離さなかった。
「壊れたのはどちらの結界かの?」
「かつての魔王が展開したとされる結界の方。もう1つの結界も老朽化が進んでいて、新たに強力な結界を作る必要がある」
「なるほど。あの魔王が破れる時が来るとはな」
エリシュナクは感慨深そうにそう呟く。
おそらく彼が言っているのはベルウィリアの事ではなく、結界を張って世界を分断させたとされる先代の魔王のことだろう。
まあ、そんなことは今のこの会話には必要な話ではないと思うが。
「話は分かった。しかし、現状では三厳君に力を貸すことはできない」
「どうしてですか!?」
ある程度俺には予想できていたことだったが、リリィにはそうでもなかったようだ。
身体を反転させてエリシュナクの方をきつい視線で見るも、彼の表情は変わらない。
そこには固い意思のようなものがあった。
「何かそれどころではない事情がある。さしあたっては目的は関係なくこの集落を半壊させたこと辺りが関わってきているというわけか」
俺がそういうとエリシュナクの眉がピクリと動いた。
鎌をかけたつもりだったが、どうやら図星のようである。
「半壊した集落を復興するには相応のお金がかかる。そのお金を出した富豪が今この集落では強い権力を持っていて、何かそこにわだかまりがあるわけか……」
「ど、どうしてそれが分かったのかの?」
「ただ予想してみただけだよ。表情の些細な変化を見ればある程度のことは絞れるからな」
「マスターすごいです!」
「そうだろ?」
完全なるあてずっぽうだったが、どうやら当たったようだ。
とりあえず純粋なリリィが信じてくれていることを利用して、ことの詳細を聞くことにしよう。
「問題はそのわだかまりをどうするかだが、もし、俺がそれを解決することができれば力を貸してもらえるか?」
「それは構わない。むしろ私としてはそれを望んでいるのかもしれない」
かもしれないって……
いや、ツッコんだら敗けな気がするから口には出さないけどな。
「さて、それなら情報を公開してもらわないとな」
「分かっておる。しかし、ここではなんだ。場所を写すとしよう──」
周囲が白い光に包まれる。
何度も経験しているこの感覚は間違いなくワーティ。
その予想通り光は数秒と経たずに消滅し、俺たちは一部が焼き焦がれた花畑から移動をした。
辿り着いたのは建物の中。
木材を主原料に作られた暖かみのある家の中だった。
「ここは…………私の実家ですね」
辺りを見渡してリリィがそう呟く。
何故その選択なのかと疑問に思いはするが、手をかけておいた刀を抜く必要性はどうやらないようだ。
「サレイド、サレイドはおるかの?」
エリシュナクは家の奥に声をかける。
すると足音が近付いてきた。
「長老、どうかしましたか?」
出てきたのは男のエルフ。
ここがリリィの家だということを考慮すると、おそらく彼がリリィの父親なのだろう。
うん。
なんか冷静に判断しているけど、何だかんだまずい状況なんじゃね?
心の準備なんてできてないし、エルフの世界でも『娘はやらん!』なんて言われるかもしれないんだよな。
「全てを話そうと思っての」
エリシュナクはリリィ、そしてまだ腰が抜けているのか玄関に座り込んでいるシャーリィの顔を見比べてそう呟く。
その視線につられるようにリリィの姿を認めたサレイドは目を見開いた。
「リリィ……リリィなのか!?」
「はい」
感動の再開。
シャーリィと再開したときとは違い今回はそういえるだろう。
──と思ったんだが、どうやらそうではないようだった。
感動の再開はどこ吹く風か。
サレイドの瞳はまっすぐ俺にのびている。
それはもう訝しげに。
「彼は?」
「私のマスターです」
リリィがそう答えた瞬間にサレイドの眉間に皺が寄った。
分かってはいたが、リリィはこういうところで空気の読めないやつなんだよな……
「こんなどこの馬の骨かも分からん奴に娘をやれるか!」
ほら、やっぱり。
てかもうそれは全世界共通なのね。
「マスターのことを悪くいうならば、父親であっても許しません!」
そして2人がいがみ合う。
なんというか、もう何度目か分からない修羅場だった。
「──あなたいい加減にしなさい!」
ないとは思うが、リリィが呪文を唱えようとしたときに備えておこうと思っていたところで、家の奥から更にもう1人女のエルフが出てきた。
リリィやシャーリィを更に大人にした感じの容姿。
間違いなくリリィたちの母親だろう。
「しかし、リリィが男を──しかも短命種を連れて帰ってきて冷静でいられるはずも──」
ドスン!
骨が凹むのではないかという鈍い音が鳴り響く。
何が起こったのかというと、母親であろうエルフがサレイドの頭に拳骨を落としたのである。
一撃必殺というにふさわしいそれで泡を吹いて気絶しているが、まあ、それは見なかったことにしよう。
「あのリリィが男を作って帰ってくるなんてね。夢にも思ってなかったわ」
その笑顔は怖いです。
狂気しか感じません。
「ホーリィ、話をするから少し部屋を借りてよいかの?」
「あっ、はい。お茶を用意するんで適当に客間を使っててくださいね」
そう言ってホーリィはシャーリィの身体を担ぎ上げると家の奥へと戻っていく。
そして俺たちはリリィに先導されるまま近くの客間へ入った。




