第七章「招かれざる」6
──交錯。
そして衝撃が地面に到達し、花畑の一部が一瞬にして灰塵と化した。
その塵芥の中でも、俺の身体が傷つくことはなかった。
ローブだけでは魔法による攻撃しか防ぐことはできなかったが、リリィのバリークシードのおかげで助かったと言える。
俺はこの状況を活用して気配を全て断つ。
そして数秒後。
リリィの魔法によって半強制的に煙幕代わりの砂塵が払われる。
その光景に世界の音が全て止まったような気がした。
ほくそ笑む姉と絶望する妹。
そしてシャーリィの攻撃の矛先は本来の標的であったリリィへと向かう。
「そんなに悲しまなくてもいいわよ。貴女もすぐに同じところに行かせてあげるから」
シャーリィは不敵な笑みを浮かべる。
それと相対するリリィの表情には生気がない。
敵を欺くにはまず味方から。
そう言いはするが、本当に騙されているリリィを見るととても申し訳ない気分になる。
さっさと俺は俺の役割をこなすことにしよう。
「全員、一斉放射っ!」
勝ちを確信しきったかのように、高らかな声が響き渡る。
攻撃に参加した人数は先ほどの半数程度。
しかし、前の攻撃から今までの間に呪文を詠唱していたのか威力は上がっている。
先ほどまでは2人を相手にしないといけなかったから無為に時間をかけられなかったのだろうが、それが1人になると事情は変わってくる。
指揮を執っているシャーリィはリリィの魔力の高さを知っている。
もちろんこんな攻撃では防御魔法を破ることができないことも。
だからこそ、攻撃を二手に分けることで詠唱の時間を作り、手数で勝負する作戦に出たのであろう。
俺はそれを悪くない戦術だと思った。
しかしそれには大きな欠点が存在することを、彼女たちはもちろん気付くはずもない。
「第2陣構え──」
彼女の口から発射の合図がかかることはなかった。
もちろんそれは俺が彼女の喉元にクナイを突き立てたからだ。
「──命が惜しいならもうやめてくれないか」
至近距離からの魔法攻撃を避けるためシャーリィに後ろからぴったりくっついて動きを封じている。
これならば迂闊に攻撃をすることはできないだろう。
そう思っていたんだが──
「構わない! そいつもろともあの男を焼き殺せ!」
次に聞こえてきたのは降伏の声ではなかった。
エルフの集団の中の1人。
若い男のエルフがシャーリィごと攻撃するように指示を出す。
その声に合わせて全てのエルフがこちらに向けて呪文を唱えた。
まずい。
そう思った俺は無意識に叫んでいた。
「──リリィ!」
「分かってます! ──バリークシード!」
その攻撃が俺とシャーリィに当たるギリギリのところで、リリィの防御魔法が展開される。
間一髪。
命からがら攻撃を防ぐことはできたが、まさかこんな手段を用いてくると思っていなかった分冷や汗が額を伝う。
「絶対に許しません……」
そしてそれ以上にまずい状況に陥っていた。
俺が狙われたからなのか。
それとも姉のシャーリィごと攻撃をしようとしたからなのか。
はたまたその両方か。
リリィの魔力が膨れ上がっているのが分かる。
それは魔力などのない俺の目にも鮮明に映るほどに。
リリィの足元は地割れが起きたかのようにひびが入っていき、空気も火にかけられたヤカンの内部みたいに熱を帯びていく。
魔力の暴走。
そう感じるには充分すぎるものであった。
「全員退却!」
先ほどの指示を出した男も事態の深刻さに気が付いたのか、一目散にその場を離れていく。
それに続くように他のエルフたちも踵を返したところで、俺は身の安全を守るべく叫んだ。
「リリィ! 魔力を抑えろ!」
「………………」
静寂。
嫌な暑さが消えていくのが分かる。
残されたのは俺たち3人だけになったが、ひとまずは一段落ついたのであろう。
「…………マスター」
「どうした?」
一段落ついたはずなのだが、いまだにリリィの声色は重い。
その原因はやはり怒りか。
今にもあいつらを全て消滅させてきていいか?
などと、聞いてきそうな表情でこちらへ近づいてくる。
「…………てください」
「えっ?」
「早く姉さんから離れてください!」
前言撤回。
リリィの怒りの矛先は俺がシャーリィに抱き付いていることだったようだ。
ここまでくると怒りというよりは嫉妬や焼きもちといった類いのものだが、さっきのあれを目の当たりにしては彼女をこれ以上怒らせるわけにもいかない。
俺はすぐさまシャーリィの拘束を解いた。
すると腰が抜けているのか、彼女の身体は重力に引き寄せられてペタンと地面に落ちる。
その時エスシュリー(仮)がひとりでに起動した。
どうやらメッセージが届いたようである。
『拙者は先ほどのエルフの尾行をするでござる。そちらが落ち着いたら合流してほしいでござる。尚、返信は不要ゆえ』
それは正成からのものだった。
なんというか、手間が省けていいんだが気持ち悪いなあいつ。
そんなことを思っていると、身体に衝撃が走った。
「マスターはそんなに他の女の子がいいんですか?」
メッセージに気を取られている隙に抱き付いてきたリリィの身体をなんとか受け止める。
別にシャーリィに抱き付きたかったわけではないんだが、今のリリィにそれを伝えたところであまり効果がないような気がした。
「リリィはそんなに俺に抱き付かれたかったの?」
「はい!」
「じゃあしばらくこうしておくからおとなしくしててな」
「はい! ──ってあれ?」
「それで問題はこの状況をどうするかだが、さっきの男が誰なのか分かるか?」
「いえ、私は分かりません。申し訳ないです」
リリィはこの展開に一瞬疑問を感じていたものの、即座に話を返るとその質問に答えてくれた。
後はこのままごまかすだけだな。
「それならシャーリィに聞くしかないな」
そう名前を呼ぶと、彼女はビクッと身体を震わせた。
「私は仲間を売ったりはしません!」
「殺されかけたのに?」
「それは……やっぱり仲間じゃないかも…………」
決意は簡単に揺らいでしまった。
いや、まあ、自分もろとも攻撃を受けるところだったんだから仕方ないんだけどな。
「なら教えてくれるか?」
「…………うぅっ……」
それでもやはり簡単には折れないようだ。
俺の胸部に顔を埋めているリリィを一瞥して下を向く。
どうやら俺に教えたくないというよりも、リリィとの確執の方が問題のようである。
「詳しい話は知らないが、リリィに魔力を奪われたことが原因ならここで魔力を返せば解決する話じゃないのか?」
「それができたら苦労はしてないです」
どうやらダメなようだ。
詳しい理由なんかは分からないが、ダメだということだけは分かった。
「それは──」
「──やはりまた来たの。詳しい話は私が教えよう」
俺の言葉は遮られる。
3人しかいないはずのこの場所に現れたのは、昨日俺らの仲裁に入った老エルフだった。




