第一章「帰還と脆弱な平穏」3
話を始める前に定位置である玉座に座り直す。
もちろん俺の膝の上には、当然ここが私の定位置だと言い出しそうなまでに寛いでいるサシャ。
いつものことなので気にすることなく頭を撫でると、猫のように目を細めて身体を預けてくる。
その内「ニャー」とか言い出しそうだ。
「お兄さん、言った方がいい?」
唐突にそう聞いてきたサシャに、俺は思わず頭を捻った。
いったい何を?
その疑問は脳のフィルターを通すことなく、ほぼ無意識のうちに言葉として体外に出ていた。
「何をだ?」
「にゃー」
サシャは身体をひねりながら、上目遣いで俺を見ると甘えたような声で鳴いた。
うん、あざとさは否めないが普通に可愛いな。
ドキッとするわけではないが、これは凄く和む。
「三厳、そろそろ話を始めてくれ……」
それに比べて、ゼノのほとほと呆れ果てた冷たい眼差しは心に刺さる。
サシャの可愛さの前に忘れていたが、そういえば話をするんだったな。
「──とりあえず斯々然々というわけなんだが」
「なるほど、拙者たちにそっくりな連続殺人犯でござるか……」
「それで街の人たちから白い目で見られていたのですね……」
「いや、お前ら2人はなんであんな説明で通じるんだよ……」
斯々然々と言っただけで正成とリリィへ話が通じてしまった現状に、ゼノは手で頭を押さえて溜め息を漏らした。
正直こんな説明とも言えない説明をしておいてなんだが、俺もどうして斯々然々で話が通じてしまっているのか分からない。
ホント謎過ぎるわ……
「既に離脱はした。もう私たちには関係のないことではないか」
「確かにベルウィリア様の言う通りです」
ベルちゃんとバルハクルトが言ったことは至極正論である。
俺もできることならば面倒なことには関わりたくない。
しかし、それは本当に俺たちがこの連続殺人事件に無関係であった場合の話である。
「サシャ、白か黒か教えてくれ」
「……………………」
サシャはコクコクと頷くと、5秒ほどの時間をかけて俺と自身を除く5人の顔をじっくりと見ていった。
そして彼女は少し口元を震わせながらこう言った。
「──リリィ……黒」
サシャの言葉に声にもならない声で震えたのはリリィだった。
弁明しようにも言葉が出てこないのだろうか、意味朦朧な声を出し続けている。
それは他の連中も同じ。
まさかリリィが犯人だったとは思いもしなかったのだろう、本来なら身柄を拘束すべき場面であっても正常な判断ができていない。
まあ、リリィが犯人だなんてあり得ないんだがな。
「あうぅ……」
少し口元を緩めて勝ち誇ったような表情をしていたサシャの頭を叩く。
さっきの声はその時にサシャの漏らした声だ。
そしてちゃんと説明しろと視線で訴えると、サシャはコクコクと頷き喋り始めた。
「リリィの下着は黒。勝負下着の際どいやつで──」
なるほど。
リリィの下着は黒か。
しかも勝負下着とは張り切ってるなぁ……
「うっ、え、あっ、ちょ、ちょっと、サシャさん!」
しかしそんな落ち着いているのは俺だけで、当事者であるリリィはよっぽど恥ずかしかったのだろう。
陶磁器みたいに白い肌は茹でダコのように紅潮し、これ以上余計なことを言われないようにと移動呪文を駆使してまでサシャの口を封じている。
ただそういう体勢になると、自然と俺とも至近距離で目が合うわけで。
悲しいかな、揺れ動く2つの塊に視線を奪われた俺は思わず、「黒か……」と声に出してしまう。
リリィの口から悲鳴が上がるのも仕方のない話だった。
「──も、もう、お嫁にいけません……」
「いや、リリィは既に俺の嫁だからな?」
「そうですが、これはあんまりです」
「リリィ、お兄さんは喜んでいるから大丈夫」
「えっ!? マスター……」
意味が分からん。
リリィはなんか急に喜び始めたし、サシャは縄張り争いに負けた猫みたいにゼノの膝に狙いを変えてるし……
もう本当に意味が分からん……
「三厳、そういうのは職務が終わってからにしてくれないか……」
「まったくでござる……」
ベルちゃんに正成、そしてバルハクルトまでもがうんうんと頷いている。
え、俺なの?
俺が悪かったの?
「この中には……犯人……いない」
「ということはやっぱり無関係なのか?」
「疑いたくはないが、まだあの4人の疑いがはれたわけではない」
「確かに……」
そして俺を放置したまま話は進んでいる。
脱線させたはずのサシャはのうのうと見過ごされてるし、俺の扱い酷くないですか!?
「マスター」
「どうした……リリィ?」
リリィはそんな俺の気持ちなど露知らず、猫なで声で俺にすりよってくる。
いつのまにかサシャの定位置を奪い取ってるし、なんか様子がおかしくね?
「大好きですっ」
そして真剣に話を進めている部下たちの傍らで俺は唇を奪われた。
やっぱり何かおかしい。
「おい、リリィ!」
そしてそのまま俺に倒れかかってきたリリィを揺する。
その身体は異常なまでに熱を帯びている。
『その娘を助けたければ始まりの街へ戻ってくるがよい』
その時突然起動したエスシュリー(仮)に表示されたメッセージ。
それは恐らく連続殺人犯からのもの。
「傍観すると決めたそばからこんなことになるとはな……三厳、お祓いでも行ってきたらどうだ?」
呆れたようにそう呟いたゼノ。
本来ならば祓われる立場であろう魔族からそんなことを言われるとは思っていなかったが、やはり何かがおかしいことは如実だった。
まあ、お祓いをしたところで解決するような問題ではないことも確かであるが。
「はぁ……仕方ないから編成をし直して始まりの街へ戻るぞ」
「しかし、サシャ殿がその状態では誰が移動呪文を唱えるでござるか?」
「えっ!? あぁ……」
おい、黒幕よ。
お前頭悪いだろ……
『すまない。それは失念していた』
いや、メッセージを使って謝るなよ……
もう何がなんだか分からねぇわ。
「いっそのこと俺抜きでどうにかしてくれ」
「確かに俺たちは召喚が解除されれば、おのずと始まりの街へ戻ることになるが……」
困惑するゼノ。
頼りなさそうな表情を浮かべる正成。
そして私は関係ないとそっぽを向いたサシャ。
本当にこれで大丈夫か?
「仕方がない。私が送り届けよう」
「しかしベルウィリア様!?」
「ベルちゃんも移動呪文を使えたんだっけか?」
「私のは自分しか移動できないがな。ただ始まりの街までなら2日もあれば──」
そういえばこいつは化け物だったな。
思い返せばベルちゃんの化け物っぷりのせいで、ライドラを仲間にする必要があったわけだし、仲間となった今は頼りになるんだけど。
「それは無理です。三厳様があの早さには耐えられないかと」
「あっ、そうか……」
ってダメじゃん。
全くどうするんだよ……
『1時間だけ呪いを解きます。なのでその間に来てください』
はぁ……
そう意味が分かんねぇわ。
てかこの話も筒抜けならお前らがこっちに来いよ……
来られたら来られたで困るけど。
「あの、私のせいですみません……」
呪いとやらが一時的に解除されて普通に戻ったリリィが申し訳なさそうにそう呟いた。
「はぁ……今度こそ編成を組み直すぞ」
俺は投げやりに指示を出していく。
相手の目的が分からない以上、どういう状況にも対応できそうなやつを連れていくしかないのか……