第七章「招かれざる」2
「あの……どうかしましたか?」
シャーリィ・エフ・シュリーンギア。
彼女の名前を聞いて思わず足が止まってしまった。
足だけではない。
思考回路も一時停止されている。
情報を整理しよう。
彼女の名前はシャーリィである。
発音的にリリィがリリーでなくリリィであるように、シャーリィもシャーリーでなくシャーリィなのだろう。
まあ、その違いは俺からすれば瑣末なことだ。
そして次。
父方のファミリーネームはエフである。
また、母方のファミリーネームはシュリーンギアである。
つまりはエフ家とシュリーンギア家の間に生まれた子どもだということは間違いないだろう。
ということは……
「──あの、本当にどうかしたんですか?」
「いや、聞き覚えのある言葉が聞こえた気がしてな」
「?」
あいにくシャーリィは俺の言葉の意味が分かっていないようだ。
いやまあ、偶然出会ったやつがまさか自分の身内の知り合いだったなんて普通は思わないよな。
それにしてもそうか。
出会った時からリリィに似ているエルフ娘だと思っていたが、そういうことなら納得がいく。
何だかんだ目を背けていたが、今まですれ違った他のエルフはここまで似ているなんてことはなかったからな。
てっきり外国人が同じ顔に見えるのと同じで、エルフも同じ顔に見えていると納得していたんだけどな……
「いや、こっちの話だ。それよりもシャーリィ、先を急ごうか」
「あっ、はい。──それにしてもあれだけ言っていて、いきなり名前で呼ぶんですね」
「父方か母方か。どっちで呼んだらいいのか分からないからな」
俺がそう言うと同時に、次はシャーリィの足が止まった。
「…………柳生さん。どうしてその事を知っているのですか?」
今までの明るかった表情とは一転、それは湯気に当てられた鏡のように曇っていた。
何かまずいことを言っただろうか?
いや、考えられることは1つしかないか……
「どうしてって言われてもな……」
「早く答えてください。──答え次第では貴方の命をいただきます」
カニバ──
いや、今はそんなふざけた事を考えている場合でもないな。
目の届く範囲には正成がいるし、そもそもエルフの魔法攻撃であれば月詠のローブでいなすことはできる。
しかしそれをやってしまうと、エルフ族全体を敵に回しかねない。
「前にエルフの冒険者から教えてもらったんだよ」
「そのエルフの名前は──」
「「リリィ・エフ・シュリーンギア」」
俺とシャーリィの声がハモる。
俺たち息ピッタリだな!
なんておどけた感じでこの場を治められるような空気ではない。
大っ嫌いな重たい沈黙。
しっかりとこちらを見据えているエメラルドグリーンの双眸に吸い込まれて、その視線を外すことができない。
渡りに船だと思っていたが、どうやら意気揚々と乗り込んだ船は泥船だったようだ。
「なるほど……合点はいきました。それで、妹は元気でしたか?」
「ああ、元気だった──」
そこまで言ったところで、俺の隣に強い光が走った。
別にシャーリィから攻撃を受けたわけではない。
ただ、すっかりと忘れていた約束。
とても献身的な彼女が気を利かせた結果が、事態をより複雑にしているだけ。
その光の中から現れたのは、俺のためにと暖かい食事を運んでくれた件の妹。
リリィだった。
「あれ? どうしてもう集落に……」
そしてリリィとシャーリィの視線が合う。
それは感動の再開というには歪すぎる沈黙。
殺し合いでも始まるのではないかという緊張感。
言うまでもなく修羅場の様相を示していた。
「リリィ、貴女はどの面下げて帰ってきたのかしら?」
「私はマスターの指示に従うだけですので」
2人の睨み合いは続く。
正直、指示に従うのであれば、この場には来ないで欲しかった。
いや、今さらそんな事を言ったところで後の祭りでしかないがな。
「ふーん。あんたのせいで私達は大変な目に合ったというのに、自分はのうのうと男を捕まえて幸せに暮らしていましたと言うのね。自分がやった事の重大さに気付いていないのかしら?」
「──はいはい。ストップ、ストップ」
このままだと本当に掴み合いや殴り合い。
それだけで済めばまだいいが、魔法を用いての姉妹喧嘩に発展しかねないと思い、とりあえず間に割って入ることにした。
しかしそれくらいでシャーリィの怒りが収まることはない。
「部外者は黙っていてくれませんか?」
心を刃でえぐられるような冷たい視線。
先ほどまでの長閑な雰囲気が嘘だったかのようだ。
そしてその異様な状況に、1人、また1人と野次馬のエルフが集まってくる。
どう考えても状況は悪化の一途を辿っていた。
「──シャーリィ。それくらいにしておきなさい」
その時1人の老エルフがシャーリィの肩を叩いた。
シャーリィは振り返りその存在を認めると、振り上げた怒りの矛先を失ってしまった。
「次私の前に現れたら容赦はしない。余所者はさっさとここから立ち去ることね」
吐き捨てるような言葉を残してシャーリィはその場を後にする。
いったい2人の間に何があったと言うのだろうか?
しかし、それを確かめようにも、頼みのリリィはただ下を向いて黙ってしまっている。
「旅人さんや」
「……はい」
「何故ここに来たのかは知らんが、今日のところはお引き取り願えぬかな。そろそろ陽が暮れる。ここに留まれぬ以上、早々に引き返すのが賢明な判断じゃ」
「分かりました。また後日来ます」
俺は老エルフの忠告を聞き入れることにした。
その発言が最もだったということもある。
しかしそれ以上に、こんな状態のリリィをほっとくことができなかった。
「リリィ、俺たちも1度帰るぞ」
「分かりました」
そしてリリィはワーティを唱える。
俺たちの身体は光に包まれ、気が付くと知らない城の中にいた。
恐らくここがリアの居城なのであろう。
「落ち着いたら後で説明してもらえるか?」
「…………はい」
リリィは蚊の鳴くような小さな声でそう返事をすると、近くにあった部屋の中へ消えていった。
視線すらも合わせてくれない彼女の背中を見送った俺は深く溜め息を吐く。
どうやら、すんなりと解決してくれない問題のようである。
リリィとリアのおかげで竜の危機はある程度防げているとはいえ、あまり長引かせるわけにもいかない。
さてここからどうするか……
何か喉元に骨が引っ掛かるような、大事な事を忘れているような感覚の中で、俺はリアと連絡を取ることにした。




