第六章「ほの暗い緑の匂い」4
目を覚ますと頭上には雲1つない青空が広がっていた。
そっか。
そういえば昨日は野宿だったのか。
と、そこまで思い出してふと我に返る。
「──正成!」
「朝からどうしたでござるか?」
「爆睡してた。本当にすまない」
「気にしなくてもいいでござる。拙者は忍び故、眠りながらでも周囲の警戒くらいは出来るでござる」
ホント、忍って何なんだろうな。
ここまで来ると実在した忍者というよりも、勝手なイメージで作り出された忍者って感じがしてくる。
いや、その何でもありな正成のおかげで俺はゆっくりと寝ることができたわけだが……
「そして重大報告でござる。先ほど周囲を見渡したところ、リリィ殿が言っていた泉らしきものを発見したでござる。距離はここから6バルユーレ程。また日中は歩き続けることになるでござる」
泉が発見できた。
それはとても嬉しいニュースである。
ただもう少し距離が短ければもっと嬉しかった。
連日の10キロ越えはこの歳になるとさすがにしんどい……
「後1日の辛抱でござる」
そんな感情が表情に出ていたのか、正成から窘められた。
こんな弱気じゃダメだな。
「よし、飯食ってぱっぱと泉へ向かうぞ」
「御意!」
そして2日目の朝が始まった。
朝食は昨日の夕食と同じ。
限りある食糧を遭難者の気分で大事にしながらエネルギーに変えていく。
リリィとリアは大丈夫にしても捕まっている残りの仲間たちはしっかりと食事が与えられているのだろうか。
ゼノが残っているからそこ辺りの心配はいらないのかもしれないが、どうしても気になってしまう。
まあ、どちらにしても早く戻ることを考えないといけないことに変わりはないか。
そういう結論に至ると、俺たちはまだ気温の上がりきらない朝の森を進んでいくことにした。
「行くぞ」
「案内は任せるでござる」
正成は魔除けの笛を鳴らしながら先陣を切って深い森の中を進んでいく。
その足取りは軽やか。
充分な睡眠が取れていないはずなのにとても頼もしかった。
「ところで術士が集まったとして、それから先はどうするでござるか?」
「結界の修復をする」
「それは分かっているでござる。フラン殿が捕まっている現状で誰がその指揮を取るのかと聞きたかったのでござる」
言われて気づく。
確かに正成の言う通りだった。
最終手段としてフランを召喚で呼び出す事もできるが、そうしてしまうとディルに俺が帰ってきた事がバレてしまう。
出来ることなら本来の帰省期日までの残り6日間の内はそれを気取られたくないのも本音。
さて、どうしようか……
「正成は変装とかできないのか?」
「ある程度はできるでござるが、それがどうかしたでござるか?」
「正成がフランに変装して代わりに人質になれないかなって思って」
「扱いが酷いでござる……」
パッと浮かんだ案を言ってみたが、やっぱりこの方法はダメだったようだ。
でも扱いが酷いと言われても、正成は使い勝手がよすぎるからな。
困ったら正成。
なんだかんだこの考え方が俺の中では正解になってきているのも事実だった。
「ただエルフの説得が終了した後、拙者は何の力にもなれないからそれもありだとは思うでござる」
「不本意だけど?」
「確かに不本意でござるが、何の役に立たないよりはましでござる」
それなら正成とフランの入れ替え作戦はありかもしれないな。
正成ならば召喚を解除すれば城内に戻れるし、気配を消していれば見つかることなく自由に行動ができる。
後はゼノに協力してもらえば計画は完成だろう。
「そうなると必要な術士が2人から3人に増えるわけか」
「そうでござるな」
「ちなみに分身してサシャの身代わりにもなれたりしないのか?」
忍者と言えば分身なんていうのもできそうな気がする。
あれ、でもそれは影分身だっけ?
「分身はさすがに人間業ではないでござる。仮に分身ができたとしても、サシャ殿は小さすぎる故、変装ができないでござる」
そうだよな。
さすがに忍法で小さくなることは無理だよな。
「となればエルフ3人を味方に引き入れないといけないわけか」
「そうなるでござる。先に言っておくとそういった交渉の類いは不得意故、拙者を宛にしないでほしいでござる」
「正成は交渉は苦手っと」
「急になんでござるか!?」
「いや、大事なことだから記憶しておかないとと思ってな」
「それは記憶しなくていいでござる!」
そんな話をしている内に周りの風景がどことなく変わってきた。
いや、変わったのは風景だけではない。
なんというか、緑の匂いが濃くなったというか、妙に気温が下がったというか。
「三厳殿、気を付けるでござる」
「ああ。ところでこれは何が起こってるんだ?」
「拙者にも分からないでござる。ただ、空気が変わったでござる。何かが起こってもおかしくないでござる」
正成にも分からないのか……
てか、その台詞はフラグじゃね?
敵襲フラグか何かがバッキバキに立ってね?
うん。
俺知ってるよ。
こういう良くない予感は高確率で当たるって。
「とりあえず今は進むしかないでござる。念のため足音を殺して歩くでござる」
抜き足。
差し足。
忍び足。
何かのテレビで聞いたことのあるその作法に習って音を立てないように歩く。
その上周囲も気にしなければいけない。
このまま何事のない可能性も残ってはいるが、それに賭けるわけにもいかず、俺たちのスピードは次第に落ちていった。
それから昨日よりも木が密集し始めた森の中を無言で進むこと30分ほど。
ふと、正成の足が止まった。
「囲まれたでござる!」
正成が口に加えていた笛を話すとそう叫んだ。
それとほぼ同時に他方から真っ黒な狼のような獣が飛びかかってくる。
「雷光一閃!」
俺は前方を正成に任せて踵を返すと後方の敵と対峙する。
抜いたのはライドラの鱗で作った黒い刀。
魔法が使えないエリアで魔石の効果が機能するかどうかは賭けのようなものだったが、使わないことには判断の使用はない。
そしてその賭けは吉と出た。
剣先から放たれた稲妻は魔物の足を止める。
止まりきれなかった魔物は雷に焼かれ黒焦げになった。
元々黒いから焦げているかどうかは分からないが……
しかしその選択はホントは凶だったようだ。
「あっ……」
敵は逃げていった。
しかし次の敵は燃え上がる炎だった。
「三厳殿、さっさと火を消すでござる!」
「どうやって消したらいいんだろうか?」
「それは……分からないでござる」
手詰まりだった。
雷をきっかけに起こった山火事は既に人力で止められる規模ではなくなっている。
自分でまいた種ではあるが、どうしようもない状況に陥ってしまっていた。
「こうなったらダメ元だ──召喚!」
「──魔王様どう…………」
呼び出されたリアは「どうなさいましたか」と聞くまでもなく状況を理解したようである。
そして何の躊躇もなく火の海へと飛び込んでいく。
「──任務完了です」
そして涼しい顔をして戻ってきた彼女の後ろには灰になりかけた木と、彼女の剣技によって薙ぎ払われた無数の木々が残っていた。




