第六章「ほの暗い緑の匂い」3
思っていたよりも森の日暮れは早かった。
光が射し込まないこともあってか、より体感的にそう思うのかもしれない。
まだ正成の見つけた拓けた土地に着いていないと言うのに、足元すらおぼつかないほどに暗い。
目の前を歩く正成をしっかり追っていないと確実に迷子になってしまうだろう。
唯一の救いは彼のおかげで魔物に遭遇しないこと。
頻繁にエンカウントしようものならいつまで経ってもたどり着ける気がしなかったな。
「三厳殿。そろそろ到着でござる」
「そうか」
正成の言葉に自然と笑みがこぼれる。
身体は既に疲れきっているというのに、その言葉だけで足取りが軽くなったように思えた。
そして草を掻き分け進むこと5分。
ようやく本日の目的地である拓けた土地に到着した。
「不自然なほどに拓けた土地だな」
「そうでござるな。人の手が加わっていることは間違いないでござる」
何か薬でもまいて、草木の侵入を防いでいるかのようにその一帯だけ草が生えていない。
広さは10畳程度と想像以上に狭いが、2人で過ごすには問題ないだろう。
それにしても10キロ先から見つけた。
その正成の視力は尋常ではないな。
そして俺は疲れた身体を休ませるために、固い地面に腰を下ろす。
すると、その間に正成はまた木に登っていった。
「ふう……」
周囲に他の生き物の気配がないことを確認して、そのまま倒れこむ。
見上げた空には星。
日本にいた頃はあまり気にすることもなかったが、空気が澄んでいるのかとても綺麗に見える。
天体観測をしたことがあったならば、どの星が何座だとか分かるのだろう。
しかし、俺にはそんなことさっぱり分からない。
いや、知ってたとしてもここが地球ではない以上、射手座だとか、蠍座だとか、北斗七星のような星を見つけることはできないだろうな。
そんなことを考えていたら、正成が大量の枝を持って木から降りてきた。
「どうしたんだ、それ?」
「焚き火をしようと思ったでござる」
焚き火か……
確かに陽が沈んだことでグッと気温が下がっている。
夜は交代交代で眠るとしても、魔物を避けるために火を焚いておくのは得策だろう。
そして正成は集めてきた木々を綺麗に並べると、木材をクナイで切り火起こし用の板を作り出す。
火の起こし方は定番のあれ。
棒を板の上でグルグル回して摩擦熱で火種を起こすやつだ。
しかしいつまで経っても火は着かなかった。
「湿度で木が湿っていて火種ができないでござる……」
「それなのにずっとグルグルやってたの?」
「拙者が火を着けないと三厳殿が火起こしをできるとは思えないでござる」
何とも失礼な発言だ。
こうなったら俺の本気を見せてやろう。
「正成、少し目をつぶってろ」
「……了解でござる」
正成が目を閉じたのを確認して、エスシュリー(仮)からライターを取り出す。
後は近くにあった草を集め火を着けると、そのまま焚き火ように組んである枝の中に入れ込んだ。
「もういいぞ」
「──火が着いているでござる……信じられないでござる」
本当に失礼なやつだ。
まあ、これも俺の力というよりライターの力だから否定はできないけどな。
「どうにしろこれで火は確保できたわけだし、明日に備えて飯でも食うか」
「そうでござるな」
そして俺はエスシュリー(仮)からアマゾネスで買っておいたパンのような物を取り出す。
てか、いつまでエスシュリー(仮)なんだろうな。
無事に帰れたらフランから正式名称を聞くことにしよう。
「そういえば正成はいつも何を食ってるんだ?」
「これでござるか?」
これってそれしかないだろ……
その石ころみたいな謎の物体のことだよ。
「これは忍者に伝わる非常食でござる。いろいろな栄養がこれ一粒に詰まっているでござる」
問題は栄養どうこうじゃなくね?
その量で腹が満たされるかどうかの方が重要だろ。
まあ、本人がそれで満足しているならそれでいいけどな。
決して俺は食べたいとは思わないけど。
「それにしてもみんなは大丈夫でござろうか?」
「城で捕まっている連中は問題ないだろう。ゼノが残っている以上殺されることとか、餓死することはないだろうからな」
「問題は竜と戦っている方でござる」
「正直まだ襲撃が断続的に続いているならディル達があんなに悠長に城の警備を固めておけないと思う。だからうまいこといけば、襲撃が1度もなく結界を強化できるだろうな」
「そうなると良いのでござるが……」
正成はそれでも心配なようだ。
なんだかんだみんなからござるござるといじられ続けても、こいつは仲間のことを第1に考えているからな。
優しいやつなんだよ。
その優しさが仇にならないか心配なくらいの。
「それよりも俺たちは自分の心配をしないとな。エルフの集落がどこにあるか分からない以上、無事に帰れる保証もない」
「それならリリィ殿に聞いたらいいでござる」
そうは言ってもな。
まあ、いい。
ダメ元で聞くだけ聞いてみるか。
「コンタクト──リリィ」
『はい。マスター、どうかしましたか?』
「そのだな……」
そこまで言って言葉に詰まる。
そういえばリリィにはエルフの集落に向かうことを伝えていない。
むしろ伝えたくなかった。
いや、伝えてもいいんだが、伝えたら伝えたで面倒なことになりそうだからな……
『もしかして竜退治の専門化が見つからないのですか? それならばこちらはまだまだ大丈夫ですよ』
明るく振る舞う彼女の声に罪悪感が積もっていく。
それに加えて正成がジト目でこちらを見てくるから尚更だ。
「いや、今エルフの集落に向かっているんだ」
『えっ!?』
「竜退治の専門化どうこうっていうのは嘘なんだ」
『はい。それは分かっています』
「えっ!?」
何故バレている。
少なくとも俺の知っているリリィとかいう女賢者様はそういうところが抜けている残念なやつなんだが。
『ヴァレリアさんが言っていました。おそらくマスターなら竜を退治することよりも、そもそも寄せ付けない選択肢を選ぶだろうと』
犯人はリアか……
いや、それなら合点がいくわ。
『それで今は森の中にいるのですよね?』
「ああ」
『それならばまずは泉を探してください。そこから先はエルフしか入り方が分からない仕掛けが施されているのですが、少なくともそこ辺りからは魔法が使えるようになります』
「泉か……」
10キロ先を見渡せる正成であっても今のところ泉らしきものは発見できていない。
むしろ木の上から見るのであれば木の影に隠れて見えない恐れもある。
そうなってくるとそれだけしか情報がないのは不安でしかない。
『ただ、私はそれ以上のことは知りません。そこから先は魔獣が出るからと止められていましたので』
うん。
手詰まりじゃね?
「泉のある方角は分かるでござるか?」
『多分南の方角だったと思います』
「了解したでござる。明日からはその方角を中心的に探すでござる」
そう思っていたら正成が助け船を出してくれた。
太陽らしきものの登る方角とかで方角はわかる。
RPGでも東から登って西に沈んでいくからな。
「リリィ、助かったよ」
『はい。それなら良かったです。──ただ、マスター。どうして私に内緒でそんなことをしているのですか? 先に教えてくれても良かったですよね!?』
「だって伝えたら危険だから着いていくとか言い出しそうだったし」
『言います。そして今からでも着いていきたいです』
ほらやっぱり。
でもせめて魔法が使えるようになるまでは居てほしくないんだよな。
『でも、マスターの気持ちも分かりますよ。やはり魔法が使えないエリアが広がっている以上、魔法が使えない状態の私がいても邪魔でしかないですもんね……』
そこまでは言ってない。
どちらかというと、心配の方だから。
と、伝えようとしたところで事態は急変した。
『──リリィさん、襲撃です。準備をしてください!』
エスシュリー(仮)越しに聞こえてくるリアの声。
どうやら竜族のお出ましのようだ。
『敵襲があるみたいなので切りますね。また時間ができたら連絡します』
そう言ってリリィがコンタクトを解除した。
余談だが、竜が襲ってきているというのに、リアがすごく楽しそうな声をしていたのは気のせいだと思っておこう。




