第六章「ほの暗い緑の匂い」2
「お待ちしていましたの。これから結界を一時的に開けますの」
あれからちょうど1時間後。
護衛の女に促されるまま、向かった先で女王が待ち構えていた。
何というか、あれだけ嫌がりながらもわざわざ来る辺り嫌い嫌いも好きの内とか言うやつなのかもしれない。
そうだったところでこっちがノーセンキューなんだけどな。
「話を聞いていますの?」
「多分」
「多分って何ですの!? これは大事な話だからしっかりと聞いていて欲しいですの」
仕方ないから話を聞くことにしよう。
でも急いでるからなるべく手短にして欲しいものだ。
「この先に進むには街中のすべての結界を一時的に解除しなければいけませんの。そうなると街の防衛機能が一気に低下してしまいますの。だから結界解除後は速やかに結界の外に出てほしいですの」
始まりの街の様に結界内に自由に出入りができる扉は存在しないようだ。
まあ、他の種族の領域にわざわざ行く必要もないのだから当然と言えば当然なのか。
問題はそこじゃない気がするけどな。
「帰りはどうしたらいいんだ?」
「そこまでは知りませんの。そちらでエルフの集落から移動呪文で帰るなり、最悪こちらに残っている仲間に連絡をしてこちらから開けてもらうなりすればいいんですの」
何とも投げやりである。
てか、これ下手したら孤立無援で死ぬ可能性もあるな……
魔法が使えない状況下でも召喚はできるから、エスシュリー(仮)で外部と連絡を取りつつ進んでいけばどうにかなるが、もうそこまで行くと俺にしかできない芸当である。
こんな事態になっていなかったら他の連中に行かせて、俺は高みの見物をする予定だったが、それは元から不可能だったってことか……
「分かった。それじゃあ開けてくれ」
「了解ですの。5秒後に開きますの」
5、4、3、2、1、0。
俺と正成は他の住民に迷惑をかけないように結界の外へと飛び出す。
その途端、周囲がほの暗い緑に包まれた。
後ろを振り返ってみる。
即座に張り直された結界の効果なのか、先ほどまでいたはずの街並みはない。
あるのは延々と続く森と、それが偽物であることを証明する見えない壁。
「本当に結界なんてあるんだな」
「これは中々に興味深いでござる」
俺と正成は急がないといけないことも忘れ、しばし結界を叩く奇行に走る。
しかし、1分も持たずして飽きてしまった。
「そろそろ行くか」
「了解でござる」
そして俺たちは昼間だというのに暗い森の中をとりあえず結界とは反対方向に進んでいく。
目的地であるエルフの集落がどこにあるのかすら分からない。
それどころか、あの壁がなければ方向すらも分からないだろう。
見たこともない鬱蒼とした木々。
木漏れ日の1つすらも見つけられない様なその覆い繁った葉っぱ。
足元には道という道はなく、脛くらいまで雑草が生えている。
それを掻き分ける様に進んでみたものの、やはり同じような景色が続くだけだった。
「正成」
「仰せのままにでござる」
その状況を打開するために、こういう場面で役に立ちそうな正成に声をかけた。
すると、俺が何を言おうとしていたのかが分かったのか、すぐさま近くにある木をよじ登っていった。
お前は猿かと思わずツッコミを入れたくなるような、見事な木登りだった。
「ここから10時の方角に拓けた土地を見つけたでござる」
「距離は?」
「およそ5バルユーレ先でござる」
約10キロ先か……
この足場の悪い中歩いていくには少し遠すぎる距離ではある。
「他には?」
「見渡す限り何もなかったでござる。少し遠いでござるが、そこを目指すしかないと判断したでござる」
そうか。
それならば陽が暮れる前にそこにいかないとだな。
そもそも光があまり入ってきていないから陽が暮れるとか関係ないのかもしれないが。
「よし、それならそこを目指すぞ。案内は任せた」
「御意でござる」
再出発。
正成が先頭に立ち、じめじめした道なき道を進んでいく。
念のために魔物がいつ襲撃してきても言いようにと手足を揃えて歩いているが、歩きにくいことこの上ない。
それに加えて高温多湿。
身体にかかる負荷は想像以上であった。
「そろそろ休憩するでござるか?」
「今どれくらい進んだんだ?」
質問に質問で返す。
休むといっても距離を稼がないといけない今、その答えによっては休むこともままならない。
普段とは異なる条件で、同じような景色の中を進んできただけはあり、俺の体内時計ならぬ体内物差しはあてにならないものとなっていた。
「ようやく半分を過ぎたところでござる。日暮れまでは後2時間。まだ休む余裕はあるでござる」
「そうか。なら少し休みたい」
「了解でござる」
正成はそういうと、近くにあった木の元へ歩いていく。
そしてそれにすごい勢いでクナイを突き刺した。
木が多すぎることもあってか大きな音はならない。
しかし、見事な断面で木は切り落とされ、大きな切り株ができあがった。
「三厳殿はここで休むといいでござる」
そう促されるまま、俺は切り株の上に登る。
さすがに草だらけの地面に座り込むわけにもいかなかったから、こういう配慮はとても助かる。
切り株に腰掛け見上げた頭上には、一点だけ青空が見える。
その当たり前の景色が見れただけでも、自然と疲れが抜けたように感じられた。
「なあ、正成」
「どうしたでござるか?」
「正成はそれで休めているのか?」
それ。
木の枝に足をかけ、ぶら下がるようにしてこちらを見ている正成に尋ねてみる。
俺からすれば頭に血がのぼりそうだし、余計に疲れそうな気がする。
しかし、本人にとってはそうでもなかったようだ。
「拙者は忍びでござる。こういった回復方法も忍の専売特許でござる」
正成はそういうと笛のような物を口に加える。
そして力を込めてそれに息を吹きかけた。
……あれ?
吹きかけたはずなのに音がなっていない。
「これは人間には聞こえないでござる。魔獣が嫌う高さの音が出ているでござる」
なるほど。
通りで魔物に遭遇しなかったわけか。
やっぱり正成を連れてきたのは成功だったようだ。
「忍者ってやっぱりすごいよな」
「それほどでもないでござる。拙者は力不足ゆえ、こういう手段を使わないことには魔物の群れに狙われた時に対処のしようがないでござる。リリィ殿のような魔法が使えないからこそ身に付けなければならなかっただけの話でござる」
確かにその通りだった。
しかし、魔法が使えない現状においては正成が1番役にたつことも事実である。
いや、1番は言い過ぎか……
どこぞの剣聖様なら華麗な剣技で木を全て薙ぎ払ってでも道を作りそうだからな。
「まあ、でも正成がいてくれてすごい助かるわ」
「当然のことでござる。拙者の役目は主人である三厳殿を守ること。もしそれができないならばリリィ殿やサシャ殿、ミリス殿たちに顔向けができないでござる」
当然のこと……か。
いつ俺が正成の主人になったのかは分からないが、リリィのマスターになったつもりもなかったわけだしもう好きにさせておこう。
「よし、それじゃそろそろ移動するか」
「待つでござる。この気候の中では水分消費が激しいゆえ、今のうちに水を飲んでおくべきでござる」
さっき買ったとはいえ、水は無限にあるわけではない。
しかし、パフォーマンスを落として正成の足を引っ張るわけにもいかないから、その忠告を聞き入れることにした。
とても冷えているとは言えない水。
それでも疲れきった身体に染み渡っていく。
そして俺たちは休憩を終えると、また拓けた土地を目指して歩き始めるのであった。




