第一章「帰還と脆弱な平穏」2
俺とベルウィリアはなぜか衛兵たちから白い目で見られながらも、王宮の玉座の間までやってきた。
犯人だのなんだのと思い当たる節のないレッテルをはられていて、どこか腹立たしい気分になる。
さすがに俺が魔王であることとか、横にいるベルちゃんが元魔王であることなどは知られていないはずだし、ホントに解せぬ。
「国王様、召喚士をお連れしました」
「召喚士か……久しいな」
クソロリコンチキン国王は俺たちを──というよりも俺の顔を見てげっそりとした顔をしていた。
そのおかしな状況にベルちゃんは「お前何かしたのか?」と小声で聞いてくる。
さて、ここは何と答えるのが正解のだろうか?
当時の魔王であったベルちゃんを堅牢石の牢獄から逃がしたこと?
雪山の黒龍──ライドラのこと?
それともリリィと共謀してこの城を破壊しようとしたことか?
身に覚えがありすぎてどれを言っていいのか困るな……
「それで此度は何の用だ?」
考えがまとまりきらないうちに話は次に進んでしまった。
まあ、別にいっか。
「魔王討伐についての報告をしとこうと思ってな」
「何!? 魔王を討伐したと言うか! それはで──」
「それと新しく魔王に就任したことの挨拶もしとかないといけないし」
「はっ?」
俺は何事のないかのようにクソロリコンチキン国王の言葉を遮り、魔王になった事実をさらっと伝える。
元々アホみたいな面をしているが、今の表情は最高にアホっぽくなってるな。
開いた口が塞がらないとはこういうことを言うらしい。
そしてクソロリコンチキン国王の表情が次第に青ざめたところで俺は耳を塞いだ。
「いったい何を考えておるのだあああ!」
予想通り、耳障りな叫び声が広い室内に響き渡る。
こいついつも叫んでいるけど、血圧とか大丈夫か?
まあ、早死にしたところで俺は悲しむわけでもないしどうでもいいことだけどな。
「ちなみに隣のこいつが元魔王のベルウィリア」
そのカミングアウトに再びクソロリコンチキン国王は無様な形相で何を言っているのかまったく理解できない声をあげる。
ホントうるせぇな……
「なんか可哀想に思えてきたぞ……」
耳を塞いだベルちゃんは先ほどの表情の意味が分かったのか、憐憫の眼差しをあいつに向けつつそう呟いた。
「──これで合点がいった! 間違いなく犯人はこいつらだ! 皆のもの、引っ捕らえよ!」
またわけの分からない犯人という言葉とともに、城の衛兵が全て集まって来たのではないかと思うほどの人数が大挙として押しかけてくる。
「これどうするんだ?」
「適当にあしらって……」
「はぁ……」
2対100くらいの人数差の中、俺たちは溜め息ながらに会話をする。
戦争の定石は数がどうこうなんて話を聞いたことがある。
しかしそれはあくまで個体に圧倒的な戦力差がない場合の話で、レベル85,000と精々レベル100程度の雑兵100人では結果は語るまでもないだろう。
「なんということだ……」
「これは相手が悪かったようじゃの」
顔面蒼白で今にも失神してしまいそうなクソロリコンチキン国王と、こうなることが分かっていたように苦笑いを浮かべる爺さん。
さて、そろそろ説明をしてもらおうか。
「で、爺さん。さっきから犯人、犯人ってなんのことだよ?」
「ふむ、簡単に説明すると、最近この街で無差別殺人が行われておるのだ。その犯人の特徴が仮面をつけた剣士や、エルフの娘、ローブのフードを深く被った術士2人などの8人組と言われているのじゃ」
「まるで私たちのことをさしてるみたいだな」
「そんなの偶然だろ……」
偶然にしても条件が揃いすぎている。
まるで俺たちが犯人にしたてあげられているように。
しかしそうだとしたらいったい誰が新生魔王軍の人員を──そして俺が魔族を引き連れてこの街に来ることを分かっているのだろうか?
なんて考えたところで真犯人は分かりきっているのだがな。
「それが偶然ではないから儂も困っておるのじゃ。儂としてはお主が魔王になったとしてもそんなチンケなことをするとは思えないからの」
誉められてるのか。
貶されてるのか。
そんなことはどうでもいい。
俺から言えるのはただひとつだけだからな。
「そうか。色々と大変なんだな」
「何を他人事のように言っておるのじゃ」
「だって他人事だし」
俺はベルちゃんに、「なっ?」と同意を求める。
「確かに関与をしていない以上私たちにすれば他人事だからな」
「まったくお主らには困っている人を助けようという心はないのか……」
「だって俺は魔王だし」
「私も魔族だし」
うん。
そもそも俺らに助けを求めたのが間違いなんだよな。
「──これだけの衛兵を倒しておいてそんなことを言うのか!」
「黙れよ、クソロリコンチキン」
100人強の衛兵が負傷してしまったのは明らかにそっちの落ち度だろ。
俺たちはただ正当防衛をしただけだ。
そんなことを魔族側の俺に思われるなんて相当だぞ……
まあ、それよりも今はもうひとつの問題がどうなったかだな。
最悪の場合、距離と時間を考慮するとそろそろ来るはずなんだが。
「──マスター、大変です!」
ほら、やっぱり。
「どうした? ──なんて聞かないけど、やっぱり登録ができなかったか」
「えっ!? はい、そうですけど……」
リリィはどうしてその事を知っていると訝しむように、エメラルドグリーンの瞳を細めている。
そんな表情もやっぱり可愛い。
「話は後でするが、今はいったん退却だ。城へ戻るぞ」
「えっ!? は、はい。分かりました──」
そして俺たちは来たときと同じように光に包まれる。
その間爺さんが何か言っていたような気がするが、まあ、そんなのは瑣末な問題だろう。
──無事離脱成功。
俺たち8人はゼノとサシャの待つ新魔王城へと戻ってきた。
「色々とトラブルがあったみたいで、冒険者登録の話は白紙に戻すことにした。すまなかったな」
「いえ、魔王様が頭を下げることでは……」
俺が頭を下げたことによって、バルハクルトが慌てふためいた。
そこまで忠義的にならなくてもと思うが、それがあいつの中核をなす部分なのだろう。
「リリィ、とりあえずエルトハルム、ウレーヌス、ヴァレリア、エイルの4人を元いた場所に戻してきてくれ」
「はい」
これからどうするかを考えるにも、邪魔になりそうなこいつらを先に始末しておこう。
ヴァレリアは残ってくれても構わないんだが、いつまでもここにとどめておいたらアークが拗ねそうだしな。
「──いったい何があったんだ?」
「関わりたくないめんどくさそうなこと」
「いくら暇でも首を突っ込みたくないような案件か……」
ゼノはあれだけの説明で理解をしたようだ。
さすがは俺の嫁。
以心伝心もお手のものだ。
「私もお兄さんと以心伝心っ!」
そう言ってサシャが俺に抱きついてくる。
サシャと俺は以心伝心というよりも一方通行なんだけどな。
なんて思っていたら、「お兄さん……いじわる」とサシャの機嫌を損ねてしまった。
でもそうやって頬をふくらませて拗ねるサシャも嫌いじゃないよ。
うん。
「マスター、任務完了です」
リリィも戻ってきたことだし、本題に移るとするか。
っと、その前に──
「正成!」
「はっ! ここにいるでござる」
「とりあえずお前も参加な」
「御意。ミリス殿とエリス殿は呼ばなくてもいいでござるか?」
そういえばミリエリ姉妹のことを忘れてたな……
でも、今はまだ本格的に動くと決めたわけでもないし、アホっ子2人がいないところで問題はないだろう。
「後から拗ねられても私は知らない……」
なんかサシャが不吉なとこを言った気もするが、俺はそんなことを気にする男ではない。
そういうわけでこのまま7人で、状況説明もかねた、今後どうするかの話し合いをすることにした。