第五章「束の間の休息」5
蝉が合唱していた。
夏の風物詩とも言える蝉時雨。
しかし、ここまで息吐く間もなく鳴きまくっていれば、それはもはや時雨ではないだろう。
言うなれば蝉豪雨。
それもゲリラ豪雨クラスの極地的なやつ。
何を言いたいかといえば、単に五月蝿いってだけなんだが、ストレスが溜まった時によりストレスを感じるようなことはやめて欲しいというか、なんというか……
ここが日本でなければリリィに『燃やせ。全て焼き尽くせ』などと命令していたかもしれない。
まあ、そのストレスが溜まる元凶になっているのは言うまでもなく、隣を歩いているエルフ娘なんだけどな。
「──リリィ、あのランプが赤く光っている間は大人しくしていてくれ……」
なんて考えている間にも、御年30の賢者様は赤信号の道路を平然と渡ろうとしていた。
ついさっきまでは初めて見た自動車を敵だと勘違いしてたというのに、敵じゃないと教えるや否やこれだもんな。
その前には高い建物に気をとられて電柱に頭をぶつけていたし、目を離したらふらふら気の向くままに興味を示した物の方へ歩いていくし……
比喩でもなんでもなく、5才児の子守りをしているような状況に疲れないというのは無理があるだろ。
しかもその相手が俺よりも歳上ときたらなおさら。
うん。
子守りじゃなくて介護だな。
せめてロリリリィなら可愛げもあったんだろう。
いや、それじゃ金髪幼女を誘拐している怪しい奴として通報されかねないから望ましい状況ではないが。
「マスター! 赤いランプが消えました」
信号が青に変わったこともあり、リリィは袖を引っ張って催促する。
その仕草が可愛くないとは言わないが、むしろすごく可愛いのだが、やっぱり子どもみたいでなんか複雑な気持ちになった。
「また赤になる前にさっさと渡るか」
「はい!」
そして横断歩道を渡る。
その最中もリリィは目新しいものを気にして往来のど真ん中で止まるものだから腕を取って無理やり歩道まで連れていった。
そのまま嬉しそうに腕を組んでいるのはいいんだが、通勤通学中の人々から痛いものを見るような目で注目を浴びていて辛い。
さっさと目的地へ向かうことにしよう。
そして歩くこと10分。
本来なら3分ほどで到着できる距離を賢者様が誘惑に耐えながら歩くこと10分。
俺たちは近くにあるファミレスに到着した。
「何名様でしょうか?」
「2人。禁煙席でお願いします」
「はい。それではこちらのお好きな席にどうぞ」
閑古鳥の鳴いている店内の奥へと足を進める。
若者は仕事や学校に行っているのだから当たり前と言えば当たり前なんだが、それなりにゆっくりできそうだ。
前言撤回。
やはり俺には休息などないようだ。
「なあ、リリィさん」
「はい? マスター、どうかしましたか?」
「なんで隣に座ってるの?」
テーブルを2人がけ用のソファーで挟んだオーソドックスな席だというのに、なぜかリリィは俺の横にぴったりとくっついて座っている。
4人で来ているならともかく、2人でこの座り方は少しおかしい。
もしかしたらカップルの間では普通な事なのかもしれないが、俺はそんなの知らないし、第一リリィが知ってるわけもない。
つまりこの状況はおかしいとしかいいようがなかった。
「ダメですか?」
などと言いつつも上目遣いで聞いてくるリリィを前に何も言い返す事ができなかった。
我ながら情けないな……
「もう好きにしてくれ……それよりも何を注文するか決めるぞ」
「はい! マスターのオススメは何ですか?」
「オススメなあ……」
オススメを聞かれてとりあえず考え込んでみたのはいいが、そういえばこのファミレス1度も来たことなかったな。
てか普段は自炊してたから外食自体が珍しいのか。
就職でこっち来て行った店なんて元上司に無理やり連れていかれてた居酒屋くらいだし。
つまりあれだ。
何がオススメなのかすらわからないわけだ。
「分からん」
「えっ!?」
「とりあえずメニュー見て決めよう」
そして壁側に立てかけてあるメニューをリリィにも見えるように開く。
するとリリィから歓声が上がった。
「これすごいです! 文字だけじゃなくて絵までついてますよ!」
うん。
言いたいことは分かるよ。
むしろ俺からすればRPGで文字──それも読めないミミズみたいなやつしか書かれてないメニューを見た時は絶望しそうになったし。
そのせいで唯一読めたカツ丼を朝から頼んだこともあったくらいだからな。
「ほら、他のお客さんに迷惑がかかるから少し静かにしなさい」
「えっ……あっ、はい。すみませんでした」
リリィは物珍しそうにこちらを見ていた老夫婦に頭を下げる。
そこまでしろなんて言ってないし、むしろ目立つ行動はやめてほしいが、もうツッコむのも面倒になっていた。
「俺はもう決まったけどリリィはどうするんだ?」
「もうですか!? えっと……これも気になりますし、こっちも食べてみたいですし……」
そうリリィは12品ほどを指差して迷いまくっている。
全部頼めばいいじゃん。
なんて言えるほどにお腹が空いているわけでもないし、ダメ妹が貯蓄をだいぶ崩してしまっていてお金にも余裕がないからせめて2つくらいには絞ってもらおう。
そんなこんなでリリィが悩み続けること10分。
途中で注文を取りに来た店員さんにはとりあえずドリンクバーとシーザーサラダだけを頼んでのんびり待っていた。
「──決まりました! これにします」
そして結局リリィが選んだのは店の一番人気メニュー。
ハンバーグのセットだった。
てか、よく朝からそんなものを食べられるな……
冷製パスタを頼んだ俺には考えられないヘビーなメニューだぞ……
「どんな味かするのか楽しみです」
注文を終え、料理が出来上がるまでの時間は他愛もない話をして過ごす。
話というかリリィが一方的に話しかけてきて、俺がそれに適当に答えるという構図だったが、まあ、リリィが楽しんでいるみたいだったし問題ないだろう。
余談ではあるが、やはり朝食からハンバーグは重かったらしく半分くらい食べたところでリリィの顔が悲壮感を醸し出していた。
それでも食後のデザートを注文して笑顔で食べているあたり、別腹っていうのはすごいなと思いながら俺たちは店を出るのであった。
「──こっちの世界の料理恐るべしです」
「そりゃ朝からあんなもの食べたらそうなるわな」
「分かっていたならどうして止めてくれなかったんですか!?」
「だってあれだけ楽しみだって顔をされたらな……」
そんな他愛のない話をしながら本格的に暑くなりだした街中を歩く。
時刻は午前9時。
このまま家に帰るよりかはどこかに遊びに連れていくべきだろう。
「それでこれからどこか行くか?」
「はい!」
即答だった。
それにしてもどこに連れていけばいいのだろうか?
よくよく考えてみたら何の目的もなしにリリィと街をぶらぶらするなんて初めてなんだよな。
出会ってすぐに魔王討伐がどうこうって騒ぎになって遊ぶ暇なんてなかったから当然なのだろうが、リリィがどんなものを喜ぶのかが全く分からん。
「それで次はどこに行くのですか?」
「とりあえずは服だな」
やはり子どものように目を輝かしている黒いTシャツとデニム姿の賢者様を見てそう呟く。
元々の素材がいいからそんなラフな格好でも問題なく着こなしてくれてはいるが、せっかくのデートだしまともな服装をさせないとだろう。
正直女性向けの服が売ってる店とかそういうのに詳しくないからスマホで調べることになるが。
そう思ってスマホを取り出すと、リリィの興味はそれに向いたようだ。
「マスター、それはなんですか?」
「これはスマートフォンっていって──まあ、とにかく便利なものだ」
我ながら適当すぎる説明である。
いや、これでも説明しようと努力はしたんだ。
ただ科学文明の発達していないRPGの住民に電話だとかネットだとかを一から説明するだけの気力と語彙力を持っていないだけだった。
しかしリリィはそんな説明でも良かったのか、店を検索している画面を食い入るように見つめている。
距離があまりにも近くて端から見たらバカップルにしか見えないんだろうな。
そしてそんなこんなで次の目的地は決定した。




