第五章「束の間の休息」1
結局街の外へと脱走し、迎えのリリィに連れられて城へ戻った頃には既に日が沈む直前になっていた。
わずか数十分の距離のはずが1時間以上もかかってしまった。
その原因は主に俺と正成の慢心が招いたものだったが、思い出したくもないので割愛することにしよう。
そんなこんなで城に戻ったのが遅かったせいか、出迎えるため待っていたミリエリ姉妹は夕食の支度に向かったらしい。
それはそれで静かでいいんだけどな。
「それにしても疲れた……」
玉座の背もたれに体重を預けてぐったりする。
まだまだやるべきことはあるのだが、少しくらいは休んでも構わないだろう。
「お兄さん……お疲れ様」
そんな俺の膝の上にはいつものようにサシャが乗ってくる。
いつもと違って向き合うような形になっているが、もう疲れたからそんなこと気にしなくていいや。
「少しは気にしてほしい。化粧とか落とさないといけないから」
あー、化粧。
そんなことしてたな。
「じっとしてて」
力なく閉じた瞳の上からサシャの手の温もりを感じる。
そして何よりもこそばゆい。
「あの、マスター。私が代わりにやりましょうか?」
慣れない感覚にどこか居心地が悪そうに身体を動かしていると、リリィの少し弾んだ声が聞こえてきた。
これはイエスと言ったら何をされるか分からないやつだろうから無視することにしよう。
「お兄さんがリリィは嫌だって」
「マスターがそんなこと言うわけありません! 勝手に捏造しないでください!」
あながち間違っていないサシャの言葉にリリィが語調を強める。
そこまでムキになることか?
と、疑問に思いはするが、この場合沈黙は金だろう。
やっぱり言葉って難しいな。
「リリィさん、魔王様もだいぶお疲れですから」
「はい……」
「疲れた原因は柳生三厳にあるん──」
フランが途中で言葉につまる。
言うまでもなくリアに睨まれたのだろう。
神なのにヒエラルキーが正成と同格だなんて可哀想なやつだ。
「主に原因はお兄さん」
どっちがだよ。
「両方。──そして化粧落ちた」
作業が終わりサシャは膝の上で身体を反転させる。
目を開くと少し不機嫌そうなリリィの顔が見えたので、とりあえず何も見なかった事にして再び目を閉じることにした。
「──ああ、よかった。三厳帰ってきてる」
「エリス……どうかした?」
「いや、ご飯できたんだけど……なんかすごく重症みたいだね」
ご飯か。
そういえばお腹すいたな……
「食べるって」
「そう。なら食堂で待ってるね」
サシャの代返を聞いた料理長エリスは最後の仕上げでも残しているのか、結構強めの足音を残して食堂へ引き上げていった。
しかし、よし立ち上がろうと思ったものの身体が思うように動かない。
どうやら体力の限界。
そして油が切れてしまっているようだ。
「リリィ、ワーティ」
「もう、マスターは仕方がないですね……」
そんなことを言いながらリリィの表情はとても明るい。
多分これが俺をダメ人間にさせる原因なんだろうな。
「リリィさんは魔王様に甘過ぎます」
「そうだね。それくらいは自分でやらせないと」
「…………」
非難囂々。
今くらいは許してほしい。
「お前ら俺のことが好きだからってそんなに嫉妬するなよ」
「僕は嫉妬よりも呆然としてるよ」
「そ、そうです。サシャさんならともかく、いち配下が嫉妬するなんてあり得ません!」
「ヴァレリア、嫉妬してる」
「まさかの裏切り!?」
「いつでもお兄さんの味方」
リアは意外と可愛かった。
そしてサシャが味方だと分かったところで俺はリリィに目配せする。
光に包まれること1秒足らず、俺たちは食堂に到着した。
「──もうすぐ用意ができるから少し待っててねー」
そんな俺たちに気が付いたのか、厨房からエリスの声が響く。
うん。
やっぱり料理のできる女っていいな。
「料理がんばる」
「…………私もがんばります!」
「いや、お前らはセンスがないから厨房には立たないでくれ」
サシャと、それに遅れるようにしてリリィが料理に対する意気込みを語ってくれたところで、俺はそれを一蹴する。
そしてこれ以上この話は引っ張りたくないから話題を転換することにした。
「そういやフラン」
「なんだい?」
「結界どれくらいかかる?」
「少なくとも3日かな? あれだけ大がかりとなるとそれなりに時間がかかると思う」
3日か。
結界なんて分からないから何とも言えないが、3日もかかるとかその間暇だな……
「よし、1日でやれ」
「ちょ!? それはあまりにも無理があるから」
「3日も待つとか暇すぎて死んでしまうだろ」
「子どもじゃないんだからそれくらいは待とうよ……」
フランはすごい勢いで溜め息を吐いた。
それに追い討ちをかけるようにリアの切っ先が喉元をとらえる。
「──ああ、埃が舞うから静かにしてて」
「すまない」
しかしそれはエリスの一言によって収まった。
「とりあえず結界の調査にはリアとサシャを貸し出すからできるだけ早く終わらしてくれ」
「まあ、やれるだけやってみるけど……」
フランの表情はもちろん暗い。
それは俺が無茶を言っているからというのもあるが、明日からもリアと行動を共にしないといけないからだろう。
でもリア以外に護衛の適任者がいないなら仕方ないよな。
ミリエリ姉妹は槍だけだと少し心配だし、エイルは臆病すぎて護衛なんて柄じゃないし。
「お兄さん、私も?」
「魔力に詳しいやつがもう1人いた方が便利だろうと思ってな。なんだったらリリィもつけるが」
「私もですか!?」
「いや、サシャちゃんだけでいいかな。──それより柳生三厳の暇を潰すいい提案があるけど」
フランは時代劇に出てくる悪代官のような顔で笑っている。
嫌な予感しかしないが、とりあえず話だけは聞いてやろう。
「なんだ? くだらないことを言ったら飯抜きで牢獄行きだからな」
「ひどっ!? いや、まあ、たまには元の世界──地球に帰ってみてはどうかなって。ついでに私の力を使えばリリィも一緒に帰省できるけど」
「──行きます!」
俺よりも先に返事をしたのはリリィだった。
「まったく……何が狙いだよ」
「えっ、なんか面白いかなって」
「面白くはあるが、リリィを日本に連れていこうものなら大変なことになるから却下だ」
こっちの世界では気にするやつなんていないかもしれないが、流石にエルフのあの尖った耳はコスプレですなんていってもうきまくるだろうからな。
「耳ならこっちでどうにかするよ。流石に髪の毛はそのままだけど、まあ、外人だと思えばおかしくはないだろうし」
だが断る。
そう言いたいところだったが、すごく目を輝かして楽しみにしているリリィの顔を見ているとそうも言い切れない。
はあ、もうなるようになれだな。
「分かった。そうさせてもらう」
「…………リリィだけズルい」
「サシャの別の機会でな」
「うん」
そんなこんなでリリィと共に日本へ帰ることとなった。
エリスのもう少し待っててがもう少し早く終わってくれればこんなことにはならなかったんだけどな。
てか、まだ料理はできないの?
「──ごめん、お待たせ」
って今かよ!
タイミング悪いな……いや、ある意味ベストタイミングだけど。
「それじゃ飯食うか」
そしていつもより少し遅い晩餐が始まるのであった。




