第一章「帰還と脆弱な平穏」1
「到着です」
眩い光に包まれることわずか数秒。
俺たちはリリィの唱えた移動呪文『ワーティ』により、新魔王城から始まりの街へと場所を移していた。
直線距離にして24万バルユーレ。
1ユーレが元の世界でいう2メートルに値するから、その距離の遠さは語るまでもないだろう。
それを高々1秒足らずで移動できてしまうのだから魔法というのは本当に便利なものだ。
「──今日はこの街を滅ぼすのか。腕がなるぜ」
「エルトハルム、少しはおとなしくしていないか」
腕捲りをしながら、いかにも血の気の多そうな悪人面をより悪どくしているエルトハルムを、まるで子どもを躾ける親のようにバルハクルトが窘める。
そこに何かおかしいことがあるとすれば、その2人とも、身長が1ユーレ弱あること。
そして2人とも顔が怖いことの2点だろう。
こいつらを束ねる魔王になった俺が言うのもなんだが、できれば関わり合いになりたくないようなやつらである。
「リリィ、説明はしていなかったのか?」
「えっ、あの、すみません……」
リリィは長いブロンズの髪を揺らし、申し訳なさそうに頭を下げた。
まあ、あんなに短時間で5人も集めてきたのだからそんな時間はなかっただろうと薄々感じてはいたのだが、1から説明をしないといけないとなるとめんどくさくてしょうがない。
いいや、説明は後でリリィにやらせるとしよう。
「それじゃ行くぞ」
それは今日も平和な街の中を先導するように歩いていく。
俺の左右にはヴァレリアとベルウィリア。
2列目にリリィとエイル。
そして最後尾にエルトハルム、バルハクルト、ウレーヌスの並び。
自然とそうなってしまったのだが、まあ、端から見ればああいう反応になるのは当然のことだろう。
「ちっ、何ジロジロ見てやがるんだ」
「エルトハルム、それは自意識過剰だ。俺があまりに美しすぎるから視線が集まるのは当然なことだろ」
周囲の視線が痛い。
それ以上にウレーヌスのナルシストっぷりが痛い。
確かに銀髪の美青年だとは思うが、それは他人が評価することであり、自分から美しいとか言い出すのはそれこそ自意識過剰だろ。
まあ、どうしてこんなに視線が集まるかといえば、理由は至極簡単。
俺たち8人が明らかに怪しく見えるからだろう。
前を歩く俺とベルちゃんはローブのフードを深く被り顔が見えない状態。
ヴァレリアはヴァレリアで普段通りに全身黒装束に黒い仮面をつけている。
後ろの3人もウレーヌスの痛さは置いておくにしてもあれだし、唯一まともに見える中の2人も外からでは姿が見えにくくなっていることだろう。
街人100人にアンケートを取ろうものなら、間違いなく90人は不審者の集団だと答えるだろうな。
通報されても文句は言えない。
「──お前たち、止まれ!」
そんな悪い予感は見事に的中した。
まったく嬉しくないがな……
「何の用でしょうか?」
俺とヴァレリアの間から顔を出したリリィが、俺たちを取り囲んでいる衛兵に向かって事情を聞く。
もちろん返ってきたのは、俺たちが不審者として通報されたという事実だった。
「この俺が不審者? 殺すぞたわけどもがぁ!」
「お前とはあまり馬が合わないと思っていたが、今回ばかりは同意だ。血祭りにあげてやる!」
「いい加減にしないか!」
不審者扱いどころか、暴力団や犯罪者扱いをされてもおかしくないアホ2人にバルハクルトがゲンコツを落として黙らせる。
いくら半分以下の大きさになっているとはいえ、すごく痛いんだろうな……
自業自得だからしょうがないが。
「少し血気盛んなやつもいるが、別に不審者というわけではない。──ほら、冒険者だ、冒険者」
俺はなかば投げやりに左手を出してエスシュリー(仮)を提示する。
しかし効果はなかったようだ。
「冒険者であれば余計に見過ごすわけにはいかないな。──黒い仮面をつけた剣士に、エルフの娘。そしてローブを羽織った術士も2人。──間違いなくこいつらが犯人だ!」
「ちっ、意味が分からないが全員戦闘体勢! ただし気絶させるくらいにしろよ!」
そうして意味が分からないまま衛兵数十人との戦闘が開始され、すぐに終息した。
「僕が剣を抜くまでもなかったね」
「お前らに好き勝手されたら損害が甚大になるからな」
「まったくだ」
ベルちゃんとバルハクルトの強者2人にかかれば、この程度の衛兵を一斉に気絶させることくらい造作もないことだった。
戦闘に目を光らせていたヴァレリアや、後ろの2人はすっかり毒気を抜かれてしまっているが、こいつらが手を出したら半殺しでは済まない気もするしこれでよかったんだろう。
よかったんだよな?
「──まったく、いつものことながら無茶をするやつじゃの……」
聞き覚えのある声がした。
倒れた衛兵を避けながらこちらに歩いてくるのは真っ白なアゴヒゲを生やした老人。
俺にこの月詠のローブをくれた老師とか呼ばれてる爺さんだった。
「老師、お久しぶりです」
「うむ、女賢者も一緒か。他の面子は見覚えがないが……」
「新しい仲間たちだ」
「ふむ、なにやら物騒なやつらを連れて歩くようになるとは……お主の考えはやはり分からんものじゃの」
よく分からない犯人扱いから一転、爺さんは相変わらずまったりとしたペースで話を続けている。
どうやら衛兵をやっつけたことは正当防衛として認められたようだ。
「それで犯人だのなんだのってなんのことだよ?」
「ここで立ち話もなんじゃ。せっかく召喚士が戻った来たのじゃし王宮で話すとせんか?」
「ああ、ただここには他の用もあって来ているから俺とこいつしかついていかないぞ」
俺はベルちゃんを指さす。
元々俺は王宮に向かうつもりだったが、残りの連中はエスシュリー(仮)を手に入れさせるために連れてきたようなものだからな。
本来ならリリィを同行させるべきなのだろうが、ここで別行動を取るならば地の利のあるリリィをつけてやるべきだろう。
まあ、それも正成 あたりを召喚すれば事足りる話だが、状況が読めない今は無為に戦力を削るわけにはいかないしな。
「もう片方にも女賢者がつくのであれば問題はないじゃろう。ついて参れ」
そして爺さんは王宮に向けて元来た道を歩いていく。
俺もリリィに「そっちは頼んだ」と面倒な説明を含んだ役割を押し付けると、ベルちゃんとともにその後ろ姿を追う。
「なにやら予定が変わったようだがよかったのか?」
「別に構わないだろ。あっちにもリリィとバルハクルトがいればどうにかなると思うし、エイルはともかくとしてあの馬鹿2人が何かやらかしたなら正成の拷問が待っているだけだからな」
「相変わらずの鬼畜だな……」
ベルちゃんは眉を下げて、溜め息を吐いていた。
元魔王のこいつにまで鬼畜と言われるのは心外だが、まあ、元々はなんだかんだ俺の方が悪役みたいだったからな。
仕方ないから受け入れるとしよう。