第三章「闇より黒く」7
食堂に入った俺を待ち構えていたのはエプロン姿の嫁だった。
このRPGでは珍しいショートカットの黒髪。
屈託のない笑顔と凹凸のない胸部が特徴の痩身麗人。
名はエリス・シュレイザー。
俺と同じく異世界からこの世界に転移してきていて、人間に近い姿をしているがシェイル族と呼ばれる種族らしい。
などとどうしてこんな説明めいたことをしているのかと言えば理由は1つ。
長々と続く説教めいたものに嫌気がさしたからに他ならない。
「──ちょっと! 三厳、ちゃんと聞いてる!?」
「聞いてる、聞いてる。ホントどうやったら胸が大きくなるんだろうな?」
「いや、そんな話してないから! 確かに少し知りたいことではあるけど」
「俺は大きさなんて気にしないけどな」
「いや、私は気になるの! ──ってだからそうじゃないの!」
ふむ、誤魔化しきれなかったか。
そもそもこんな手で誤魔化しきれるだなんて1毛すらも思ってはなかったが。
「なあ、エリス」
「次は何?」
「意外と魔王って忙しいんだぞ?」
「それは分かってるけど……」
「だからこういうときは『お疲れ様』って一言でいいから癒しが欲しいんだよ」
少し俯いたエリスに気付かれないよう気配を絶って近付き、その耳元で囁く。
とても分かりやすくエリスの頬が紅潮していくのが分かった。
こういう手段が身に付いてしまっている自分に少し嫌気がさしたが、こうやって配下の求心力を高めるのも王としての役割だろう。
「──はぁ……エリスはそんな見え透いた手に引っ掛かりすぎよ」
そう思えたのは一瞬だけだった。
「俺たちがいい雰囲気だからって嫉妬でもしたか?」
「そ、そんなんじゃないわよ!」
慌てて否定をした乱入者の名はミリス・シュレイザー。
エリスの姉にして、彼女と同じく嫁の1人である。
ただ、姉といっても異母姉妹の為あまり似ていない部分もある。
そもそも髪の色が大きく異なり、ミリスは色素の薄い青色をしている。
そして何より胸がでかい。
偽乳だと疑いたくなるほどに胸がでかい。
大事なことなので2回言っておこう。
「──ちょっと! さっきからどこ見てるのよ!?」
あっ、視線がバレた。
「やっぱり大きい方がいいんだ……」
さてどうごまかそうかと考えていると、次はエリスがそう呟いた。
2人同時とかもう手に終えないわ。
なんて思っていると、俺の危機を察してか有能な胃袋が悲鳴のごとき声をあげた。
「お腹空いた……」
柳生三厳28歳。
恥も外聞もなく三大欲求の1つを呟く。
それでもなお何か言ってくるほど、彼女たちは子どもではなかったようだ。
「今から暖めなおすから少し待っててね」
エリスはそう言い残すと早足で厨房へと向かう。
そんな妹の姿を見た姉は「まったく、エリスは甘いんだから……」といいながらも怒りは抑えてくれたようだった。
「そういえばミリス」
「何よ」
「料理の腕は上達したのか?」
普通に質問したつもりだったのだが、ミリスは余計に不機嫌になってしまった。
ここで『そんなに怒るとシワが増えるぞ』などと軽口を叩こうものなら命の危機に瀕してしまうのは必定だろう。
やっぱり女って怖いわ……
「誰かさんがそれ以外の仕事を与えないから、おかげさまで、料理の腕が上達したわよ」
誰かさんとは誰だろうか?
いや、考えるまでもなく俺なのだが。
「そうか。それは良かった」
「良くないわよ! 争いたいってわけじゃないけど、これじゃ家政婦みたいじゃない!」
家政婦って……
いや、確かに家政婦だわ。
ついでに掃除と洗濯を任せれば完璧な家政婦の完成。
……いや、嫁なんだし家政婦というよりかは専業主婦か。
「そこまで言うならさっきの言葉を後悔するなよ?」
「何よ、急に……」
「詳しい話はよるにするが、どうもきな臭い状況に陥っているみたいでな」
争うことなく事態の収拾を図れるのであればそれに越したことはないが、いざという時には間違いなくミリスの──いや、ミリエリ姉妹の力が必要になる時も来るだろう。
「ご飯用意してきたよ──って、あれ? どうして三厳も姉さんもそんな神妙な顔してるの?」
「夜に何か良くない報告があるらしいわ」
「ほえー、そうなの? ──って、もうご飯に夢中になってるし……」
エリスがそうなの?
なんて聞いてきているが、今は喋れる状態ではなかった。
喋ってもいいけど、口一杯に飯を入れ込んだ状態で喋るのはマナーが悪いからな。
俺、マナーは守る男だし。
何より説明するのがめんどくさいし。
「はぁ……やっぱりエリスは甘いわね」
「えっ!? 夫婦なんだからこれくらいは普通だと思うけどなぁ。それよりも姉さんの方が素っ気なさ過ぎるんだよ」
「いや、私の方が普通なのよ。リリィとかサシャが普段からベタベタしているせいで感覚がおかしくなっているんじゃないの?」
「確かに……でも間を取って私が普通でいいんじゃないかな」
「何の間よ!」
「デレ順? デレデレなのがリリィとサシャで、デレデレしてないのが姉さんとゼノ。つまり私が平均なんだよ。多分。」
「多分って……」
こんな何とも実のない話をしているミリエリ姉妹の声をBGMに、俺は静かに食事を済ませることにした。
願わくばどちらが正しいかなんて不毛な質問がされませんように。




