第三章「闇より黒く」5
「決まった──って顔をしてるけど、まったく竜騎士感のない戦いだったな」
控え室に戻るなり、ゼノがかけてきた言葉は労いではなく不評なものだった。
言われるまでもなく、自分でも騎士感がないのは分かっている。
前にもこんな会話をしたような既視感ならあるんだけどな。
「仕方なくね? そもそも俺は騎士じゃないんだし」
「そうは言ってもやれ飛び道具だの、やれ煙幕だのっていうのはな。もはやござると変わらねぇじゃねぇか……」
「だってああいう技術を教えてくれたのは正成だしな」
「知能的、戦略的と言えば聞こえはいいが、やってることは卑怯者のそれだからな。……こんなのが魔王だなんて魔族の面汚しだ」
えっ!?
そこまで言う?
「──全くだよ。人の腕を負傷させておいて勝手に帰っちゃうし、柳生三厳はもう少し王としての自覚を持った方がいいよ」
なんでクズ女が俺の控え室に何食わぬ顔でいるんだよ……
てかめんどくさいから混ざってくるなよ……
「神なんだったら傷くらいは自分で治せよ……」
「神だからって全知全能だなんて思うなよっ!」
何格好悪い台詞を格好良く決め顔で言ってるんですかね?
てかそんなこともできないなんてがっかりだわ……
「神は死んだ」
「いや、まだ生きてるから!」
「俺の中での神は全知全能なんだ。現実がそうでないのならもはや信仰する意味もない」
「えっ!? 元から信仰なんてしてなかったよね!?」
こうやってくだらないことを言っている間にも、クズ女の腕からは血が流れ続けている。
人間と同じ真っ赤な血。
血液。
ああ、ダメだ。
見てるだけで頭が痛くなってきた。
とりあえず止血の仕方くらいは知っているが、ここには処置を施すための道具がないから専門家を呼ぶことにしよう。
まったく、世話のかかる神だな。
俺はエスシュリー(仮)を操作してサシャにメッセージを送る。
こんなことなら最初からこっちに連れてきていれば良かったのだが、やっぱり交渉事においては一番適任だからな。
喋らないけど。
「いや、黙らないでよ! ねぇ、僕の話聞いてる!?」
こっちは喋りすぎだな。
もう少し適度な奴はいないのか……
「はいはい、聞いてる聞いてる」
サシャから返信が来たのでおざなりに返事をしておいたが、それが気にくわなかったのか、クズ女はむすっとしている。
だからといって対応を変えるような俺ではないけどな。
そんなことよりもサシャがこっちに来れるようだから早く呼んでしまうことにしよう。
「召喚っと」
やる気のない召喚の声とともに、サシャが現れる。
現れた瞬間は俺を見ていつものようにはにかんでいたが、その表情は幻だったかのように霞んでしまった。
「…………お兄さん……」
「ん? どうした?」
「…………なんでもない……」
なんでもないと言った彼女の表情は明らかになんでもない時のそれではない。
何が原因なのかが分からないわけではない。
むしろ分かりすぎて嫌になるくらい。
まあ、それをここで解消するわけにもいかないから今は置いておくことにしよう。
「それならそいつの傷を治してやってくれ」
「…………」
サシャはこくこくと頷き、クズ女の腕の傷を治し始める。
何度見てもどういう原理で傷が塞がっていくのかは分からない。
可能性としては物質そのものが過去の状況に戻るのか。
もしくは未来の治りきった状況に進むのか。
この2つだとさすがに矛盾点が多すぎる。
ということは自然治癒力が恐ろしいまでに早くなる。
それならば以前サシャの言っていた『血液までは戻らない』の言葉もしっくりする。
まあ、俺の頭でどれだけ考えたところで答えなんて出ないんだけどな。
1つ言えることがあるとしたら、サシャを元の世界へ連れて帰れたら大金持ちになること間違いないってくらいか。
「お兄さん、終わった」
そんなくだらないことを考えているうちにクズ女の治療は終わったようだ。
とりあえずサシャの機嫌を取るためにも頭を撫でておくことにしよう。
「お兄さん、感情が駄々漏れだからね?」
「ん? サシャは何を言っているんだ?」
とりあえず。
機嫌を取る。
これらの言葉は明らかな失言だっただろう。
てか、口に出してもないのに失言だなんておかしな話なんだけどな。
まあ、でもこんなとこで関係にヒビが入るような関係じゃないもんな。
「…………」
俺の想いにサシャは嬉しそうな顔をして小さく頷いた。
この状況は端から見れば何をしているのかも分からないバカップルのように見えることは間違いないだろう。
現に呆れを通り越したのかゼノなんて冷ややかな目でこっちを見ているからな。
「サシャ、続きはまた後でな」
「…………分かった……」
少し名残惜しそうなサシャの召喚を解除して、本来の仕事に戻ってもらう。
こっちもこっちでやるべきことをするために城へ戻るとしよう。
「ゼノ、そろそろ城に戻るぞ」
「ああ。それでこの女はどうするんだ?」
「捕虜として拷問をするから一応連れていってくれ」
「はいよ──」
そしてゼノが移動呪文を唱える。
気がつけばそこはようやく見慣れてきた俺の居城だった。




