第三章「闇より黒く」4
「行くぞ、ライドラ!」
「ああ!」
開始の合図と同時に俺はライドラに飛び乗った。
そして強い羽ばたきとともに、ライドラの身体が宙に浮くとそれだけで観客からは歓声があがる。
高度は3ユーレにも満たないが、まあ、それは建物の構造上仕方がない。
本気で命の取り合いをするならば圧倒的に不利な状態になるが、今はそうじゃないからな。
「それではこちらから仕掛けるとしようか!」
ライドラが意気揚々と吼える。
そして高熱源の火球が放出された。
交錯。
衝撃に耐えきれなかったステージの破片が辺りに飛び散る。
しかしそれが客席まで達することはない。
そしてもちろん、クレーターのように穴の空いたステージの上には涼しい顔をしたクズ女が立っている。
筋書き通りのシナリオに客席の半分が沸いた。
もう半分は死を覚悟したのか青ざめたまま動かない。
さて、デモンストレーションはこれくらいでいいだろう。
「ライドラ、下に降りてくれ」
「ふう、これで終わりとはつまらんな」
「まあ、そういうなよ。個人的にやり合いたいなら別の機会を作ればいいんだから」
不完全燃焼で少し不機嫌なライドラを宥めて地上へと降りる。
その無防備な状態が狙われることもない安全な着陸。
そして俺がライドラの背から降りきったところでクズ女が口を開いた。
「えっと、今のを見てもらったら分かると思うけど、これ以上戦ったらお客さんの命に関わりかねないので派手な戦いはこれで終了します」
用意周到というか、その手にはマイクが握られていて、パフォーマンスをするようにマイクを回しながら話している。
なんというか器用だな。
ムダに。
「ただ、これだけじゃ満足できないと思う。だから第2ラウンドと行こう!」
ライブでボーカルが客を煽るようにクズ女は会場のボルテージを上げていく。
怒号のような歓声が気持ち良くないとは言わない。
しかし、まだ戦わないといけないなんて考えたくもない。
まあ、そもそもの計画的にはこれで終わってしまっては本末転倒なのだが、それでも掌の上で泳がされているようでいい気分はしないんだよな。
「さあ、近接戦を始めようか、柳生三厳」
「はいはい。やりゃいいんだろ……」
俺はエスシュリー(仮)を操作して戦闘用に装備を整える。
月詠のローブにライドラの鱗で作った2本の魔刀。
そして左腰に装備した3本目の刀。
師範代に見られようものならぶちギレられそうな邪道過ぎるいつもの装備に、その他諸々の飛び道具を仕込み戦闘に向けて腰を落とす。
そんな俺の様子をはにかみながら見届けると、クズ女も得物を取り出した。
それは意外にもリリィが使っているものよりも小ぶりの剣。
どちらかと言えばナイフといった方がいいのではないかというそれはあまりこの場にふさわしくないのではないかと思えてくる。
「ははは、やっぱりそういう表情になるよね。僕はこういう武器の扱いに慣れていなくてね。それでも少しくらいは楽しませられる自信はあるよ」
苦笑ながらの言葉に合点がいった。
そういえばこのクズ女は自称時間停止の魔法以外に取り柄のないやつなのだ。
まあ、油断して足元を掬われるのはごめんだから真面目に戦うがな。
「行くよ──」
「篩水流抜刀術三乃型──五月雨!」
ノンステップで踏み込んできたナイフの攻撃を右腰に挿した短い方の刀でいなす。
交錯した切っ先は激しい火花を上げて、腕力に勝る分クズ女の身体を宙に浮かせる。
否、力を逃がすように自ら後方に飛んで俺の間合いから逃げていった。
間合いを詰めるスピード。
一撃の重み。
そして卓越したセンスの良さ。
どれを取っても、取り柄がないなんて真っ赤な嘘だった。
「はぁ……あの一撃で決められないのは参ったな」
クズ女の顔には言葉通りの焦りはない。
むしろこの戦闘を楽しんでいるように見える。
こりゃ、出し惜しみなんてしてられねぇわ。
「でも、もういっちょ!」
「篩水流抜刀術四乃型──天泣!」
再びクズ女はノンステップで踏み込んでくる。
しかし今回は交錯する直前で細かいステップを踏みこちらの攻撃をかわしてきた。
「──えっ!?」
攻撃をかわしきったと思い、懐に突っ込んできたクズ女の身体は2本目の刀に捕まった。
篩水流抜刀術四乃型──天泣。
予期せぬ雨に準えたその技の真髄は1本目の攻撃を囮にした多段攻撃。
それをギリギリのところで防いだ反応の早さは流石としか言いようがない。
それでも多段攻撃は2発だけであるとは限らなかった。
「ははは……これは痛いなあ……」
2発目──
小さい刀での攻撃の反動で死地から脱出したクズ女は3発目の攻撃をかわすことはできなかった。
正成直伝のクナイ術。
流石に左手1本で3つの武器を同時に操るだけあってその命中率の低さは悲惨なものだが、今回、この大一番で見事に成功した。
利き腕に刺さったクナイはその腕力を奪い、手に持つ得物を地面へと落とす。
ここまでする必要があったのかどうかは不明だが、まあ、こればかりは行き当たりばったりだから俺の知ったことではない。
「どうする? 怪我を押してまで戦う必要もないし、これで幕引きにするか?」
「いやいや。これだけ楽しい戦いなんだ。もっと楽しまないと損じゃないか!」
ああ……
こりゃ、言うこと聞いてくれないわ。
てか、また突っ込んできてるしな……
俺は最後の仕上げをすべく地面に筒状の武器を投げつける。
正成直伝の煙幕。
煙で一時的に視界を奪ってしまえば、後は気配を絶って完全なフィニッシュへもっていける。
「くっ、どこだ!? どこに行った?」
煙幕の避けた後、クズ女は周囲を見渡す。
しかしその視界に俺の姿が映ることはない。
「──契約!」
俺は無防備な背後からクズ女に近付くと、耳元でそう囁いた。
そして刀を首元に当て、気配を現す。
これで勝負は決した。
「──うおお! 何が起こったのか分からないが、決着がついたようです! 勝者は竜騎士──柳生三厳! 我々の常識を越えた異次元の強さを見せつけてくれました!」
クズ女が敗けを認めて戦意を喪失したと同時に、今まで言葉を発しきれなかった実況が堰を切ったように捲し立てた。
それに続くように歓声があがる。
俺は刀を収め、それに応えるように手を上げるとライドラの元へと向かう。
「さて、帰るか」
「ああ。それにしてもこれだけの戦いができるならあの時にしてくれれば良かったものを……」
あの時と言うのは恐らく旧魔王──ベルウィリアと戦った時のことだろう。
まあ、言いたいことは分かるが、今とあの時じゃ状況が違うからな……
「相手が魔法を使ってくる状況じゃ無理」
「役に立つのか立たないのか分からないな……」
うるせぇよ。
そんなの自分が一番知ってるわい!
「はいはい。解除」
俺はライドラの召喚を解除して花道を戻っていく。
控え室に戻ってもなお、沸き上がる歓声が止むことはなかった。




