プロローグ
魔王討伐から1週間。
言いかえるなら、俺が魔王見習いになってから1週間。
魔族を総動員して作らせた新たな魔王城が完成し、ムダに広すぎて不便だった生活にも終止符が打たれた。
まあ、その際も俺はゼノ、ベル、バルハクルトの3人に様々な知識を埋め込まれていたわけだが……
うん。
こんな生活続けるくらいなら逃亡も選択の1つにするべきかもしれないな。
「お兄さん、早くも魔王に飽きた?」
玉座に腰かけた俺の膝の上に座っているサシャがそう聞いてきた。
サシャは他人の心を読めるから黙っていたって考えてることがバレちゃうんだよな。
「んー、飽きたというよりも面倒だったかな」
「お兄さんらしい」
いつものように頭を撫でながらそう答えると、サシャは抑揚のついた声でそう笑った。
サシャはあれから俺の前ではだいぶ表情を変えるようになった。
今顔を見ることはできないが、可愛らしく微笑んでいることだろう。
「それにしても本妻が横にいるというのに、お前は側室の方とイチャつくんだな」
「どうした? 妬いてるのか?」
「そんなんじゃねぇよ」
隣に座ったゼノの言葉遣いは男装をやめた今も相変わらずだ。
ただ格好だけは少し女っぽく見えるように、ゼノなりの努力をしているみたいだし、深くはツッコまないでおこう。
「…………ゼノ……素直じゃない……」
「ほ、ホントに違うから!」
こうやってサシャにいじられるゼノを見るのも新鮮でいいな。
なんかうまくゼノの可愛らしい一面をサシャが引き出してくれているし。
「──それにしても暇だな……」
「それはほら、三厳が進攻も何もしないって決めたからだろ?」
「だって魔王になったからって冒険者を滅ぼすわけないだろ。そもそもそれを止めるために魔王になったわけだし」
それにしてもホントに暇だ。
今日は新生魔王城の完成祝いとして、勉強は休みということにしてもらったが、逆に何もすることがなくなってしまった。
夜になれば慰労の意味もかねて盛大なパーティーを開くことになっているが、まだ昼前だからな。
それまで時間がありすぎる。
「──あの、マスター」
その時ブロンズの髪を揺らしてリリィが部屋に入っていた。
「どうした?」
「お暇なのであれば付き合ってほしい場所があるのですが」
「暇だけどどこに行くの?」
「始まりの街です。──一応魔王討伐は果たしたという報告とかをしなければいけませんので」
報告ってことはあのクソロリコンチキン国王のところか。
別にあいつに報告をしてやる義理はないが、それはそれで面白くできそうだから採用しよう。
「分かった。──とりあえずベルちゃんに確認を取るから待っててくれ」
「はいっ!」
確認せずに言ってもいいけど、何かあったらどうするんだと後から小言を言われるのも面倒だからな。
俺は「召喚!」といつものように唱えてベルちゃんを呼び出すことにした。
「魔王様、何の用でしょうか?」
「ベルちゃんの敬語は違和感しかないから部下がいない時は普通に喋ってくれって言わなかったか?」
「それは三厳が急に呼び出すからだ。もし意識していなくて周りに部下がいたらどうする?」
ああ、それもそうか。
やっぱり急に呼び出すことになるのも不便だな……
「それで今回は何の用だ?」
新生魔王城の大きさは俺たちを基準に作ってあるから、おのずと元魔王のベルウィリアなどは人の形をして生活することを強いられている。
そんな小さくなった──といっても俺よりは大きいんだが、まあ、そんなベルちゃんは跪いた体勢を解除して自然体になった。
さて、本題に入るとしよう。
「今から始まりの街へ行く」
「ああ、確かに聞いたから好きにしたらいい」
「ベルちゃんにも同行してもらうからな?」
「はっ?」
「それと貴族の5人も一緒に連れていく」
「はっ?」
壊れたロボットのようにベルちゃんは同じことしか言わなくなってしまった。
やっぱり100年以上も生きていると頭にガタがくるのだろう。
「そんなに大人数で行ってどうするんだよ……それこそ攻め入るわけじゃあるまいし」
「お前みたいにあいつらにも冒険者として登録してもらおうと思ってな」
「なるほど。なんだかんだでエスシュリーがあると便利ですからね」
さすがはリリィ。
理解が早くて助かる。
「そういうことだったか。しかしバルハクルトはともかくとして残りの4人──特にヴァレリアを招集するのには時間がかかるぞ……」
「それは──」
「私がどうにかできます。少し待っていてください」
そういってリリィはワーティの詠唱を唱え始める。
消えては現れを繰り返すこと5回。
玉座の間には魔族の幹部が勢揃いした。
「マスター、準備が整いました」
「よし、それじゃ行くか!」
「はっ!」
息の揃った声を合図に俺たちは8人で始まりの街へと向かう。
そんな俺を見てゼノが呆れた顔をしていた気がしたが、たぶん気のせいだろう。
この時の俺は、今の選択が新たな火種を生むなんてまったく思いもしていなかった──