第三章「闇より黒く」3
「聞こえるでしょうか、この歓声! こんな雑魚相手では役不足だと言わんばかりに刀を抜くことすらしなかった漆黒の竜騎士がいよいよそのベールを脱ぎます。相対するは昨日の影を操っていた謎の美女! お互いにその強さは未知数ですが、白熱した戦いになることは間違いないでしょう!」
実況の煽りに会場中から歓喜の声が上がる。
一晩経ったというのにこれだけの熱気が冷めないとのはいささか予想外ではあったが、暇をもて余した街人にとっては祭りにも似た一大イベントのようなものなのだろう。
その中心にいるのが俺でなければ大いに構わないんだがな。
「そんなに嫌そうな顔をするなよ、漆黒の竜騎士様」
傍観者だからと余裕そうな顔をして茶化してくるゼノの言動に、より渋い顔になっていくのがわかる。
しかしそんな俺の心労などは我関せず。
ゼノは憫笑を浮かべるだけ。
「ゼノ、代わりに出てくれよ」
「断る。そもそも俺じゃあの黒龍に乗ったまま戦うなんて芸当はできないから無理だ」
「それなら全てをライドラに任せるとするか……」
「ここまで他力本願が極まるとかえって清々しいな」
「だろ?」
「いや、誉めてねえから」
開戦まで残りわずかばかりの時間を控え室でくだらない話をして過ごしていると、ついにその時はやってきた。
「お待たせしました! それでは両選手の入場です。まずは今回の主役──漆黒の竜騎士!」
「はぁ……んじゃちょっくら行ってくるわ」
前日同様に控え室から花道を通り闘技場へと足を踏み入れる。
声からある程度は察していたが、会場は満員御礼。
これだけの人数から脚光を浴びることなど今までなかったせいか、すごく恥ずかしさを覚える。
「対するは本試合の主催者であり、実力未知数な謎の美女! 名前すら明かされていないその正体も気になるところです」
そして自称神族のクズ女も舞台に上がる。
その背後からは「こんな小娘が相手で大丈夫なのか!?」などとその実力を疑う声が飛びかっているが、彼女はそんなことを気にとめることはなく、ただ笑顔で観衆に手を降っていた。
正直、そんな対応ができる神経の図太さが羨ましくはある。
「やあ、柳生三厳。さっきはよくもこの僕をスルーしてくれたね」
「そんなことはどうでもいいだろ……さっさと始めるぞ」
俺はその言葉を再びスルーして戦闘開始を促す。
それに苦笑いを浮かべつつも、彼女が戦闘態勢に入ろうとしたところで、突然邪魔が入った。
「──その勝負待ったー!」
そう割り込んできたのは頭のおかしそうな少女。
そもそもここに割り込んできている時点で頭がおかしいのだが、言いたいことはそうではない。
頭がおかしそうな容姿の少女。
服装が奇抜で、それこそ一部のマニアにしか人気のなさそうな地下アイドル──
あれ、なんかどこかで見たような気がするような……
「この勇者であるルーズフェルトちゃんを差し置いて魔王を討伐しちゃうなんてどういうつもりなのよ! それにそれを理由にそこのおにーさんと戦うのならそこのおばさんじゃなくてルーズフェルトちゃんが適任でしょ!」
あー、思い出した。
正成と出会った日に絡まれた頭の痛い奴だ……
てか、こいつが勇者?
なんかの間違いだろ?
まあ、その真偽に関してはクズ女に確認すればいいだけの話か。
そう思って彼女の方を見る。
「お、おば……」
おばさん扱いをされたことがそんなにショックだったのか、絶対に話しかけてはいけない雰囲気を醸し出していた。
何こいつら、すごくめんどくさいんですけど……
「そういうわけでルーズフェルトちゃんと勝負しなさい!」
痛女は剣を抜いて俺の方へ突き付けてくる。
どうやら説得するだけ無駄な気がする。
だから強制イベントみたいなものだと思って、めんどくさいが先に相手をすることにしよう。
「武士に刀を抜いた以上、決着は死あるのみ──」
別に俺は武士じゃないし、別に殺すつもりもないけど、なんか適当に気分でもあげていないとやっていられないので、1度言ってみたかった言葉を口にする。
「い、い、いいじゃない。ルーズフェルトちゃんの強さを前に吠え面かいたって知らないんだからね!」
明らかに死という言葉に怖じ気づいているが、まあ、気にせずしばきあげることにしよう。
「来い! ライドラ!」
左手を宙に掲げてライドラを召喚する。
「ふむ、出番か」
ライドラは強い羽ばたきの後、威圧感たっぷりに地面へ降りてくる。
そして何を思ってか1度咆哮をあげた。
「──ちょ、ちょっと待って! 2対1なんて卑怯じゃない!」
その光景に再び抗議の声があがった。
痛女の声は明らかに震えている。
まあ、これだけデカいドラゴンを目の当たりにしては当然の反応なのかもしれないが、喧嘩を売ってきたわりには骨がなさすぎた。
そのへっぴり腰を前にしてライドラが思わず声を漏らす。
「なんだ、この明らかに弱そうな女は……」
「招かれざる客だよ」
「身の程知らずか……」
ライドラはやる気をなくしたのか臨戦態勢を解除して地に伏せる。
気持ちは分からなくもないが、いや、完全にわかりすぎて困るな……
「ねぇ、戦う気がないならさっさとここから離れてくれないかな?」
痛女を邪険にするようにクズ女が肩を叩き声をかけた。
明らかに実力が釣り合わなすぎるこの状況ではクズ女の助言を受け入れるべきなのだが、痛女にはその判断をできるだけの頭もなかったようだ。
「戦うから!」
痛女は剣を構えたままこちらへ向かってくる。
その動きは目を覆いたくなるほどに隙だらけだった。
「篩水流抜刀術二乃型──時雨!」
勝負は一瞬にして決した。
無論俺が負ける番狂わせが起こるわけもなく。
「これが君と本気を出してすらいない彼との実力差ってやつだよ。いい加減に現実を認めなよ」
猪突猛進し、カウンターの居合いで剣だけを弾き飛ばされてしまった痛女は目を潤ませて走り去っていった。
とどめをさしたクズ女もクズ女だが、これでは俺が悪者みたいだからやめてほしいものだ。
いや、魔王だから俺の中では俺は悪者なんだけどな。
「それじゃ気を取り直して僕と戦ってくれるかな?」
「もうさっき戦ったから断る」
「えっ!?」
そもそも今回の目的は俺の戦っている姿を始まりの街の住民に見せることである。
そう考えると、ライドラを呼び出したことで竜騎士であることは証明できたし、勇者である痛女を完膚なきまでに倒したことで戦っている姿も見せたことになるからな。
俺が竜騎士ではないとか。
痛女が本当に勇者なのかとか。
まあ、様々な問題の影があちらこちらに見えているが。
「柳生三厳! それでは折角集まってくれた観衆が納得しない……」
「それは主催者であるお前の責任だろ。俺に擦り付けるなよ……」
「君は鬼か!? それとも悪魔か!?」
いいえ、ケフ──魔王です。
そんなこと口が避けても良民の前では言えないけどな。
「そんな悠長なことを言っていられないかもしれないがな」
「確かに。観客様がしびれを切らしてきてるからな」
まあいい。
どうせこいつの身柄を確保しないといけないわけだし、それなりに場を盛り上げるだけ盛り上げてさっさと終わらせることにしよう。
「じゃ、さっさと始めてくれ」
俺の言葉に呼応する様にライドラが臨戦態勢に入る。
それと同時にクズ女が実況に合図を送った。
「お待たせしました! それでは本日のメインイベント──試合開始!」




