第三章「闇より黒く」2
始まりの街。
中央広場召喚地点。
昼下がりの街は多くの人で溢れかえっていた。
それにも関わらずこの地点だけは他に人の姿がない。
昼夜問わず……いや、夜はさすがにないのだろうが、毎日のように新たな冒険者がここから冒険をスタートするだけはあって人が通らないのだ。
初めて来た時は周囲の景色などを眺めている余裕などなかったが、今改めて見てみると気付くことも多い。
しかし、そんな感慨すらも吹き飛ばしてしまうのは時間を忘れていたことによる空腹感に他ならなかった。
「腹減ったな……」
「時間がないんだ。さっさと行くぞ……」
俺の口から思わず漏れた一言に、ゼノは呆れた声でそう言った。
そして少し歩き出して足を止める。
「おい、お前しか道を知らないんだからさっさとしろよ……」
ゼノは不機嫌そうな声を出す。
不機嫌そうなだけであって、実際は不機嫌ではない。
ただこれ以上駄々をこねようものなら本当に不機嫌になって置き去りにされそうだからさっさと会場に向かうことにしよう。
「それで、どうして時間がないって思っているんだ?」
「どうしても何も昨日のあの女と戦うんだろ? それとも今日はただ買い物に来ただけとかごまかすつもりか?」
あ、バレていたのね……
まあ、ゼノにバレていたところで特に困るわけでもないからいいんだが、今朝の感じだとバレてないと思っていたんだがな。
「いや、別にごまかすつもりはないけどさ」
「まあ、今朝話を聞いた段階ではあのエルフにプレゼントでも買うんだろうなって思っていたが、よくよく考えればその程度のことなら俺に頼まなくなってどうにでもなるからな」
ゼノは名探偵ばりの推理からこの結論に至ったらしい。
そのよくよく考えればの部分が一番大事なところではないのか?
そう思いはするが、こいつの勘とか状況を察する能力は他の連中より明らかに優れているからな。
まあ、サシャがあまりにも飛び抜けているせいであまり目立ちはしないんだが。
「さっすがゼノ! 俺の正妻なだけはあるわ」
「気持ち悪いから正直に言うが、戦うって情報はあのチビッ子から聞いた。別に俺はお前の考えていることなんて分からないし、分かりたいとも思わない」
と思ってみたが、実際はサシャが教えていただけだったのか……
てか、ゼノさん以前よりも俺のこと嫌いになってませんか?
いや、これはあれか!
以心伝心を何となく実践してみたかったけど、俺にその事を言われて恥ずかしくなっているだけか。
そうだよな。
うん。
ゼノはミリスに劣らずツンデレさんだからな。
心の平定を保つためにそんなことを考えているとゼノに足蹴にされた。
「なんか気持ち悪いこと考えている顔だったからとりあえず蹴った。反省も後悔もしてない」
「清々しいまでに言い切ったな……」
「当たり前だろ……」
「当たり前なのか……」
闘技場までの道すがら、意味もない会話を惰性のみで続けていたが、やはり空腹がはれることはない。
少しくらいはごまかされてくれてもいいのもではないのか。
そう思いはするが、そう思えばそう思うほどに空腹感が脳内を支配していく。
心頭滅却すれば火もまた涼しとはいうが、そんな精神論で三大欲求の1つを誤魔化しきれるほどに悟りは開けていない。
むしろ心頭滅却中に周りが火の海になってもその人は気付くこともなく焼け死ぬんだろうな。
なんてくだらないことを考えては虚しい気持ちになってくる。
「さっきから何独りでニヤニヤしてるんだよ……気持ち悪いのが余計気持ち悪く見えるぞ?」
「いや、さっきから気持ち悪い、気持ち悪いって言い過ぎじゃね?」
「思ったことを口にしたまでだ」
「俺何かしたか? 末代まで気持ち悪いと言われねばならんようなことをしたか!?」
「いや、そこまでではないけど普通に気持ち悪い」
気持ち悪いと連呼されるくらいならヒモと言われていた方がましだったなと思う。
まだ婚約してから1ヶ月も経たないというのに熟年離婚寸前の夫婦くらいに溝があるとか……
もう心が折れそうです。
「まあ、常に真面目にしておけってことだよ」
「真面目な魔王とか俺のイメージと違う」
「……はぁ、ホントお前は魔族にどんな偏見を持っているんだよ」
ゼノは頭に手を当てて溜め息を吐く。
カルチャーショックというか、なんというか。
そもそもが元の世界では存在しない魔族に勝手なイメージを持っていたからこんなことになっているのだが、それでもやはり真面目で心優しい魔族──ひいては魔王なんておかしい。
これはあれだ。
ロールプレイングゲームで勇者が魔王を倒しに行ったはずのに、いざ魔王城に着いてみたら盛大に歓迎されてお茶でも飲んでそのまま帰ってハッピーエンドみたいなものだ。
それで世界が平和になるのであればそれに越したことはないのかもしれないが、物語としては破綻しすぎている。
いや、そもそも物語が破綻しないようにと作られたフィクションのイメージが先行しているからおかしいのだろうか?
もうわけがわからなくなってきた。
そしてそんなことよりもお腹が空いた。
「何か手軽に食べられるものはないのか」
ゼノとの会話など上の空で周囲を見渡す。
都合よく食べ物屋でもあればいいのだが、既に裏路地に入ってしまっているせいもあってかそれらしい姿はない。
「こんな路地深くに入ってしまったらないだろうな。そんなに我慢できないなら何か適当に買ってくるから先に会場に行ってろ」
「おう、それは助かる。空メッセージでも飛ばしてくれればいつでも合流できるようにしとくわ」
何だかんだいって優しいゼノのおかげで空腹のまま戦うという事態は免れたようだ。
これで食い過ぎて戦うのが辛いとかなったらそれはそれで面白いような気もするが、人前に立つ以上恥でしかないので自重するとしよう。
そしてゼノと別れて歩くこと数分。
目的の闘技場へと到着した。
時刻は開演の30分前。
来るのが少し早すぎた気もするが、人が入り始めて混雑し出してから会場入りするのもなんだからこれくらいの時間がちょうどいいのだろう。
「──やあ、来たね。柳生三厳。コンディションはどうだい?」
「最悪だ」
「そうか、最悪か。それは良かった──って全く良くないじゃないか!?」
待っていたぞ。
そう言いたげなどや顔で俺を待ち受けていた自称神族のクズ女は華麗なノリツッコミを繰り出した。
しかしその声は虚しく響いた。
「って、ちょっと待ちなよ! どうして僕のことを完全にスルーしちゃってるんだ!?」
何かとうるさいやつである。
いや、まあ、こういうノリ嫌いじゃないけどな。
それでもこれから戦う相手と馴れ合うというのも何か違う気がする。
そして何より空腹過ぎてこんな面倒なのに付き合ってられるだけの体力がない。
「はいはい、分かったから。また試合でな」
俺は振り抜くこともなく後ろ向きに手を降りそのまま控え室へと逃げ込んだ。
その最中クズ女が何かまたノリツッコミをしていたような気がするが、まあ、放っといてもいいだろう。




