第二章「それは走馬灯のように」7
覚醒しきらない意識の中、寝返りを打つようにして身体を動かすと何かにぶつかった。
それは暖かく。
そして柔らかい。
半開きの視界に映るものは銀色の髪と白い肌。
別のベッドで寝ているはずのゼノの姿がそこにはあった。
どうしてこんな状況になっているのか?
考えられる答えは2つ。
俺が寝ている間にゼノのベッドに潜り込んだ。
またはその逆でゼノが俺のベッドに潜り込んできた。
どちらにしろ別に大した問題ではないのだが、何となくこの場を離脱しよう。
そう思い、身体を動かしたところでゼノが目を覚ました。
「ん? ……あれ? 召喚士何してんだよ!?」
ゼノの覚醒しきっていなかった虚ろな目が瞬時に瞳孔を広げ、身体は反射的に俺から距離を取る。
ここまでオーバーな拒絶をされてしまうと少しショックだ。
「俺は何もしてないから……ここ、俺のベッド。ゼノが寝ぼけて入ってきたんじゃないのか?」
無実の罪を裁かれるなんてごめんなのでとりあえず冷静に無実を証明する。
まあ、ともかく反射的に殴られなかっただけよかった。
そういうことにしておこう。
「あ? ホントだ。てっきり召喚士に寝込みを襲われたのかと思ってたわ」
「そんなことしないから」
「昨日の今日でそんなこと言われてもな……」
そう言われてしまうと言い返す言葉もない。
ここは話を変えるのが得策だろう。
「それでゼノ。お前も移動魔法を使えたよな?」
「はっ? なんのことだ?」
ゼノは白々しい態度で答えた。
この質問自体が予期せぬものだったのか、全く動揺を隠しきれていない。
やっぱり隠しておきたいことだったのか。
「はぁ……なんでその事を知っているんだよ……」
「だって前に使ってたし」
「あれ? そうだっけ?」
ゼノは使ったことすらも忘れていたようで、頭に疑問符を浮かべている。
この反応的にはゼノが移動魔法を使えることが確定しているが、自分自身の記憶を疑いたくなるくらいに素の覚えていない表情をしていた。
「まあ、使えることには使えるが、俺に頼まなくなってあのエルフに頼んだらいいじゃないか」
疑問符から一転、ゼノはめんどくさそうにそう言った。
実際面倒なのだろう。
それでもできることならばリリィの手を借りたくない場面だから頼み込むことにしよう。
「リリィには内緒で行動をしたいんだ。理由は……ほら、察してくれ」
「なるほど、そういうことか。それなら仕方ないな」
おそらくゼノが考えている理由と俺が考えている理由は大きく解離しているだろう。
何だかんだ察しのいいあいつのことだからリリィにプレゼントでもするから。
とか、そんなことを考えているに違いない。
実際はリリィに説明をするのが面倒だからだなんて口が避けても言えないな……
「それで時間と行き先は?」
「13時過ぎ、始まりの街」
「はいはい。その時間になったら呼び出してくれ」
ゼノは少しまだ眠たいのか、目を擦りながら浴室へと入っていく。
その途中で、「覗くなよ」とフリのような言葉を発していたが、フリと捉えて突入しようものなら殺されかねないから実行に移すのはやめておこう。
「とりあえず玉座の間に上がっておくか」
特に仕事をするわけではないが、王としてあの椅子に座っておくことも仕事みたいなものだからな。
そう自堕落な自分に言い訳をするように独り言を言って、階段を上がっていく。
朝早いというのに、既にバルハクルトとサシャが何やら話をしていた。
「それで、彼は何を考えているのですか?」
「…………知らない……」
「はは、知らない……ですか」
玉座の向こうでの会話のため、その表情を見ることはできないが、バルハクルトの表情が苦虫を噛み潰したようになっているのは間違いないだろう。
サシャが俺の気持ちを汲んでか、嘘をついているのは明白だからな。
人の心が読めるというのはこういう弊害もあるんだな……
てかなんで俺は気配まで消して玉座の影に隠れているのだろうか?
噂をすれば──
なんて言うくらいだから別に出ていっても問題はない。
何か問題があるとしても、説明をしないといけないくらい。
そうか、俺の本能はそれが面倒だと言っているのか!
よし、しばらく身を隠しておこう。
うん。
それがいい。
「──貴女がその姿勢を崩さないのであれば、こちらも考えを改めなくてはなりません。謀叛だと後で祭り上げられようと、私が大事にすべきは王の意思よりも、その下で勤める民の命ですから」
「それは誰も望まない。このピンチを救えるのはお兄さんだけ。──でも私はそれを望んでいない」
確かにこれから先のことを考えると俺が必要なのは明白である。
まあ、俺というよりも、俺の能力といった方が正しいのは少し情けない話ではあるのだが。
ただ、それだけの意味ではないことをサシャは知っているだろう。
それをバルハクルトをはじめとした仲間全員に隠しているべきなのかどうかは今も不明なまま。
いつかは話さなければいけないことなのは確か。
しかし、それが今なのか?
そう聞かれると違うと思う。
これは俺のエゴでしかないんだがな……
「貴女は何を言って──」
「──おはよう。サシャもバルハクルトも早いな……」
俺は追求するバルハクルトの言葉を遮るように、何食わぬ顔で玉座の影から姿を現した。
「お兄さん、おはようございます」
サシャは俺を認めるといつものように抱き付いてくる。
それを空中で受け止めると、両手で抱えたまま玉座に座るところまでが日課となりつつあるが、これはいつまで続くのだろうか?
もとい、いつまで続けられるのであろうか?
「重い?」
「少しずつサシャも大きくなってきてるからな」
身長に関してもそうだが、二次成長期を迎えたのか色々な成長が著しい。
当然なことなのだが、いや、これ以上はやめておこう。
「バルハクルトもおはよう。なんで朝からそんな怪訝そうな顔をしているんだよ……ほら、スマイル、スマイル」
疑問の所在が遥か彼方で霞んでしまったような時のような表情で固まってしまっているバルハクルトに声をかける。
バルハクルトは「いえ、なんでもありません」と表情を正すが、やはりそこには一抹の陰りの色が見えた。
「はぁ……とりあえず今日の夜までは待ってくれ。俺は暗い顔と闘いが何よりも嫌いなんだ」
「はい。それで魔王様はいつから──」
「さあ、何のことだか……それよりも今日の予定は?」
おどけるような仕草をしながら俺は話を変える。
それにバルハクルトは少し呆れながらも予定を報告してくれた。
「特に大きな動きはなく、通常の政務がほとんどです」
「仕事の量は?」
「昨日ベルウィリア様がほとんど終わらせてくださっているのでそう多くないかと」
「そっか。なら朝食を取ったら政務に入るわ」
「分かりました。では今日も私たちが代理を──って、えっ!?」
えっ?
なんでこんなに驚かれているの?
そんなに俺が仕事をしたらいけないのか?
よもや昔みたいにニート扱いでもされているのか?
「魔王様がついに政務を……」
「いや、これしきで泣くなよ……魔王になったんだからしないといけない仕事くらいはするから。特に今日は昼から外せない予定があるからそれまでに終わらせておきたいしな」
「予定ですか?」
「ああ、今後の展望を開くための大事な用だ。別に俺は政務が嫌で逃げているわけじゃないからな……」
むしろ突飛なアクションを起こさないといけないことよりも、政務のような単純作業をしている方が好きだからな。
「まあ、時間も限られているから飯食ってくるわ。ほら、サシャ行くぞ」
「…………」
コクコクと頷くと、サシャは何も言わずに俺の後をついてきた。
食堂までのわずかばかりの道中。
俺の頭の中を駆け巡っていたのは、走馬灯のような過去の記憶だった。




