第二章「それは走馬灯のように」5
「マスター、話も聞かずに帰ってきちゃって良かったんですか?」
リリィの唱えた移動呪文ワーティによって魔王城に帰還した俺を待ち受けていたのは、説明のめんどくさい質問。
時間が止まっていただのと言おうものなら、明日の決闘すらも危険だからと止められてしまいかねない。
かといって、ごまかす手段もないし……
さて、どうしようか。
思考を巡らせようとしたところで、サシャがいつものように裾を引っ張ってきた。
代わりに名案を教えてくれるのかな?
「お兄さん、ヴァレリア、いない」
「えっ!?」
始まりの街へ向かったのは10人。
うち1人、エルトハルムは途中で帰った。
だけどヴァレリアは控え室で観戦していて……
もちろんこの場には8人しかいなかった。
その事にようやく気づいたのは俺だけではなく、リリィも完全に忘れていたとリアクションを取っている。
「リリィ、すまないがヴァレリアを救出してきてくれ」
「はい。至急行ってきますっ!」
リリィが呪文を詠唱しヴァレリアの元へ向かう。
その時ゼノが呆れながら口を開いた。
「わざわざエルフに行かせなくたって、召喚士が召喚すればよかったんじゃないか?」
「……確かに」
完全に忘れていた。
これはもしかして若年性アルツハイマーではないのか?
最近妙に忘れっぽいというか、集中力が足りていない。
「──ただいま戻りました」
俺が頭を抱えそうになったところでリリィとヴァレリアが帰ってきた。
ヴァレリアは……怒っていないな。
仮面越しでよく分からないが、多分怒っていないだろう。
怒っていたら逆ギレしてやる。
「まさか置き去りにされるとは思っていなかったよ」
声色は穏やかだ。
どちらかというと呆れを通り越した笑いみたいなものが感じられる。
心配は徒労に終わったようだ。
「あの、話を戻しても良いでしょうか?」
「ダメ。時間がない」
質問を一蹴されたリリィは「えっ!?」と漏らした。
その表情は面食らったように固まっている。
苦肉の策だがとりあえず押しきることにしよう。
「総員に指示を出す! リリィはヴァレリアとバルハクルトの2名を連れて始まりの街へ行ってくれ。目的は2人を冒険者として登録すること。おそらく先日の規制は解除されているだろう」
リリィとヴァレリアはなぜこのタイミングで、しかも2人だけなのかと頭にクエスチョンマークを浮かべている。
しかし、俺は深く考える暇を与えないように更に言葉を続けた。
「登録が済んだら3人でしばらく素材集めをしてもらいたい。必要なものは後でメッセージを贈る」
「……分かりました」
しぶしぶながらもリリィは指示に従い、バルハクルトの元へと向かっていった。
さて、必要な素材なんてないんだが、何を集めてもらうか後で考えないとだな……
「ゼノはバルハクルトの代わりにベルウィリアの補佐に回ってもらう」
「はいはい」
ゼノも統治の仕事くらいは自分でやれよと言いたそうな目をしながらも部屋から出て持ち場へ向かった。
これで後は5人か……
よし。
「アークと正成はミリスとエリスの2人に特訓をつけてくれ。こいつら2人はやることがないからといって自堕落な生活を送っているから厳しめにしごいてほしい」
「ちょ!? 私は自堕落な生活なんてしてないわよ!」
「そうだよ! やることがないのは三厳のせいでもあるじゃん」
お約束のようにミリエリ姉妹は文句を言ってきた。
しかし、今の俺にはそんな言葉は通用しない!
「アーク、正成、連れていけ」
「あい分かった」
「御意!」
半ば強引に連行され、玉座の間には俺とサシャの2人になる。
「お兄さん、そんなに2人っきりになりたかったの?」
「違ぇよ……それはサシャの願望だろ」
「……お兄さん、いつの間に心を読めるように……」
冗談混じりにサシャが言う。
今はそれどころじゃないから、そういうのはできればやめてほしい。
「ごめんなさい。それで、ドラゴンのところに行くの?」
「ああ、まずはライドラに話をつけないとだからな」
分かった。
そう答えるようにサシャはコクコクと頷く。
最近は普通に喋るようになったものの、ここだけは昔のまんまなんだよな。
「癖、抜けない」
「別に不快に思ってるわけではないから」
そして俺とサシャはライドラとレイドラが塒としている城のてっぺんへ向かう。
その途中、サシャがわけの分からないことを言ってきた。
「ソールドレニンの皮とエトピーアンの牙」
ソールドレニン?
エトピーアン?
モンスターの名前だというのは分かるが、それがどうかしたのだろうか?
「リリィたちに集めてもらう素材。2つとも稀少な上に汎用性が高い。そしてレベル上げにも持ってこい」
なるほど。
さすがは俺の考えていることが分かっているだけあって、頼りになる。
俺は忘れないうちにエスシュリー(仮)を起動させてその2つの素材の名前をリリィにメッセージで送った。
その最中、サシャが「んっ」と頭を突き出して来たので、歩きながら撫で回しておく。
これで機嫌が取れるのだから、女心はよく分からないものである。
そしてしばらくしてリリィから返信が来た。
内容は『了解しました。それと無事に登録の手続きは進んでいます』といたってシンプルなもの。
やはり、前回登録ができなかったのはあの自称神族のクズ女が根回しをしていたからだろう。
もしくは連続殺人犯の疑いがかかっていたからか。
どちらにしろ悪いのはあいつである。
「──こんなところまで三厳が来るとは珍しいな」
ちょうど屋根まで上るため、屋外に出たところで空から降りてきたライドラに声をかけられる。
なんというかナイスタイミングである。
「お前に用があってな」
「どこかに行くのか?」
「明日の話だけど、まあそんなもんだな。久しぶりに俺を乗せて戦ってほしい」
「相手は?」
ライドラは戦いという言葉に怪訝な顔をする。
俺たちが今日戦ったことは知っているものの、それが日を跨ぐものだとは思ってないだろうから当然だろう。
俺は侵攻をするようなタイプでもないしな。
「自称神族」
「は?」
ライドラが間抜けな声を出す。
まあ、自称とはいえ、神と戦うなんて何がどうなればそうなるのか分からないような話だからな……
「まあ、戦うと言っても殺し合いじゃない。よく言えばエキシビションマッチ。悪く言えば魔王を倒した俺が晒し者になるだけの話だ」
「なるほど。漆黒の竜騎士様も大変なんだな」
「だから漆黒の竜騎士ってなんだよ……」
てかなんでライドラまでそんな異名を知ってるんだよ……
あれか?
お前らがグルになって広めたのか?
「昔モンスターのせいで大雨が降ったことがあっただろ? その時に俺たちの姿を目撃したやつがいたらしく、巷では有名な話になっているぞ」
だからって漆黒の竜騎士って……
「カッコいいと思うよ?」
なんでサシャは疑問形なんだ。
いや、皆まで言うな。
自分でつけたものではないといえ、恥ずかしいから聞きたくない。
「まあ、話は分かった。呼んでくれたらその期待に応えよう」
さて、ライドラとも話はついた。
後はリリィたちの動きを待ちつつ調べものを終わらせてしまうだけだな。




