異変
朝が来る。
時間的にはすでに昼下がりだが、起きたばかりの千秋にとっては今この瞬間が朝なのだ。
いつものことだが、朝は食欲はない。朝食をとる習慣がないからだろうか。
トイレにだけ行って、そのままベッドに――正しくはログアウトの世界に、潜り込んだ。
千秋が目覚めて数分、ギエナの目覚めの時間だった。
ギエナが目覚めてからさらに数時間、ギエナは自らの氷鍵剣を見つめていた。
「行くぜ……!!」
目ぼしい狩場についてからというもの、ギエナの頬は緩みっぱなしだった。
何せ、BOSSさえ凍らせる氷鍵剣は、雑魚狩りにおいて無類の強さを誇ったのだ。
まず、モンスターが闊歩するフィールドをひたすら走り回る。ある程度モンスタートレインが完成したら、あらかじめ魔力を注ぎ込んでいた氷鍵剣を解放、手当り次第に零奏刃を飛ばし、敵を凍らせる。
トレイン全部凍らせたら、あとはギエナの最強魔法、インスピレーションメテオをだらだら詠唱して叩き込む。
氷漬けになって無理やり氷属性を付与されているモンスターは、火属性のメテオで笑えるくらいのダメージをその頭の上に何度も表示しながら霧散していくのだ。
ここ数日間、飽きることなくこれを繰り返し、ギエナはとてつもない速度でレベルを上げていた。ちなみに、誰かに目撃されたらお尋ね者になってもおかしくないほど他人にとって迷惑な狩り方であることは言うまでもない。
もちろん、システム手帳で逐一、マップ内に自分以外のプレイヤーがいないか確認しているからそんな下手はしていないと思うが。
というのも、鍵剣の隠しスキルを誰かに知られると鍵剣シリーズの相場が跳ね上がりかねないので、イリスが全シリーズを揃えるまで誰にも見られるなとうるさいのだ。
いや、ただで鍵剣シリーズを揃えてくれるというのだから決して異論はない。……まぁ、ただより高い物はないという言葉だけが今は恐ろしい気もする。
「ふぅ。今日はこれくらいにしとくかな」
そんなことを言いながら、当初に決めていた目標レベルはとうに超えていた。……というか、こんな無茶な狩り方を思いついた初日に目標レベルは突破していたのだ。
ただ、無双となって今まで倒せなかっただろうモンスターの束をちぎっては投げちぎっては投げするのに夢中になっていた部分が多分にあることは否めない。 おかげでイリスからのメールがたまりっぱなしだった。
数日前から視界の隅の隅、意識して見なければ気付かないほど遠慮がちに新着メール有りのアイコンが点滅している。ギエナはここ数日間抜け目なくフレンドリストで自分の状態をオフラインに設定しており、ウィスパーチャットは全て遮断しているため、すでにアイコンの上に着いている数字は二桁になって久しい。 レベル上げ二日目からは開けてみるのも恐ろしく、現実逃避がてら無視し続けていたのだ。
「それを今!!開く!!」
気合を入れなければメールボックスを開けることもままならない。
世知辛いことだ。と、
「ん?」
イリスの名前ばかりが羅列されているおぞましいメールボックスを予想していたのだが、予想に反して三通に一通程度の割合でエルトナの名前が入っていた。
「なんでこんなことになってんだ?」
イリスはともかく、返事もないのにエルトナが一方的に連絡をよこすなんて珍しい。ギエナは優先してエルトナのメールから開けていった。
「ギエナ!?今どこ!?大丈夫!?」
「いや、何したんだよギエナ!?」
「いい加減オフラインやめなって!イリス怖いんだけど!?」
イリス、と名前が出てきたところで反射的にメールボックスを消し飛ばした。
「さ、て?」
うまく状況が理解できなかった。
何故エルトナが焦っているのか。
何故オフライン偽装をしているとばれているのか……は、まぁエルトナだからわかるとして、何故イリスだけでなくエルトナまでもが連続でメールを送りつけてくるのか。
おそらく、ギエナの与り知らないところで何かが起こっている。
こんな時は、あれだ。
「久々に、あそこでもいくかぁ」
こんな時こそクールキャラよろしく落ち着く必要性がある。
とりあえずギエナはじっくり考え込むべく、心の落ち着く場所に移動することにした。