謎のダンジョン5
俺ののどこが、クールキャラだ!
絶対に勝てるわけがない!?だから、なんだというのだ。
負けてギエナが消えるのは嫌だ。正直怖い。
でも、今剣を投げ出したら、その瞬間にギエナはどこにもいなくなる。
どうしようもないことなどなかったのだ。バカなギエナには、バカなギエナとして華々しく散っていくという選択肢があったのだ。
「爆蹴」
スキル名を詠唱がわりとするスキルは、急加速してギエナを天井ギリギリまで押し上げた。剣を拾う暇はなかった。先ほどまでギエナがいたところが火球によって焦げ付いた。
ギエナは急上昇した後、山なりに放物線を描くようにして熊へと軌道をとる。
「さ、て?」
武器はない。
ついでにイベントリを覗いて悠長に武器を探している暇もない。ならば。
「ギエナミサァイィル!」
ギエナはそのまま熊に突っ込んだ。
熊の脳天に着地と同時、再び爆蹴を発動させる。自らは弧を描くような宙返りで勢いを流し、熊の頭を地面に叩きつけた。
ギエナはそれで満足せず、着地と共に剣のもとへ駆けた。走りながら掬うように縫い針の剣を拾い上げて魔力を解放する。通常、杖以外の武器に魔力を込めることはできない。魔力を注入したところでその武器が壊れるだけだ。
「魔法剣秘奥義」
誰が見つけたのかはわからない。
しかし、武器に無理やり魔力を込め、破滅させるその瞬間に斬撃ダメージを発生させられたとき、通常ダメージを遥かに越えるダメージが発生する。
「鉛刀一割」
魔法剣士専用の、スキルポイントを必要としない、隠しスキルだ。
硬いガラスが割れるような高い音が鼓膜を震わせた。スキル成功の、荒々しい祝福の音だ。武器とMPの大半を犠牲に、今までで最大のダメージを叩き出した。それでも、敵の残りHPの三割も削れないのだが。
「ってギエナ!?だからって武器壊してどうすんの!?」
散れと言ったその口で、エルトナはギエナに武器がなくなって焦ったようなことを言っていた。
「スペアは!?」
鋭い声はイリスだ。
「お前ら……ねぇよ」
全然諦めてないじゃないか。
その言葉を必死に飲み込んで現状だけを伝える。
なぜだろうか、絶望的な状況はさっきと一ミリも変わっていないのに、今は頬が弛んでしまいそうになるのをこらえるので精一杯だった。
「こっちに来て!ギリギリまで近づいたらトレード申請なら届くかも知れない!!」
恐らく、内野の自分よりも外野の二人の方が必死なせいだとギエナは思った。
「大丈夫だ。俺にはこいつがある」
なら、せめてこの二人に報いてやりたいとギエナは思った。
そしてそれには、ギエナ自身がやりたいことをやるしかないのだろうと考えた。
「ってギエナ、それ氷鍵剣!!!」
「バカ!?あんたなに考えてんのよ!?早くこっちに――」
「いいから。見ててくれ」
ついに、隠しきれなかった笑みが顔に零れ出た。
氷鍵剣を手に取ったのは、何も目先のチャンスにつられて考えなしに武器を失ってしまったからだけではない。
これが最後なのだとしたら、せっかく手に入れた氷鍵剣を使う機会は二度とないと思ったからだ。キャラクターが消えれば、そのキャラクターが所持しているアイテムも全て消える。
ゲームの引退のリスクを薄めるためか、倉庫に預けているアイテムとお金だけは残るが、何故か引退を後押しするように、今覚えているスキルの中からランダムで一つ、覚える権利を永久に奪われる。
つまり、一度キャラが消えてしまえば、全く同じキャラには二度となれないのだ。
それはギエナがこの後もゲームを続けたとしても、魔法剣士にはなれない可能性があることを意味している。
鍵剣は、ギエナがゲームを始めて、初めて心の底から憧れた武器だった。
下手をすれば、ゲーム内に一つしか存在しないという聖剣エクスかリバーよりもその存在は大きいかもしれない。
ギエナは、死ぬのは初めてではない。
今魔法剣士の道を断たれたら、二度と剣を握ることはできないかもしれない。
だからこそ、例え氷属性の弱点が火属性で、火属性の敵に氷属性の武器で挑むのは最大の愚行だという事実を無視してでも氷鍵剣を持ちたかった。
「いくぜ……!」
氷鍵剣を持ったギエナは踊るように前に出た。
まずい味のポーションでMHPはほぼ全快だ。
遠距離攻撃からすぐさま近距離攻撃にきりかえた熊は、炎を纏わせた爪を振り上げる。構わず駆け、熊の手前で足を揃えた。
避けられないなら迎え撃つ!
「爆蹴サマーソルト!」
ギエナは、戦闘に爆蹴を応用することが相当気に入ったらしい。爆発的に不安定な技にもかかわらず多用していた。
しかし、その全てがこの戦闘においてはぴたりとはまっていた。
熊の右手が大きくはじかれ、その巨体さえも右手の行く方向に流れた。
間違いなく攻撃のチャンスのその時、ギエナは自ら生み出した勢いをどうにもできず、地面と熱い抱擁を余儀なくされていた。
爆蹴はあくまで移動スキルだ。蹴り単体で与えられるダメージはさほど大きくない。むしろ今のは地面に猛スピードで激突したギエナの方が圧倒的にダメージをくらっていた。
「だから何やってんだよ!?」
「防げた!」
エルトナの訴えを一声で退けながら、ギエナは転がるように低く立ち上がり剣を振り抜いた。熊が完全に立ち上がる直前にギエナの剣が熊の足をとらえた。
手ごたえは――ない。
与えられたダメージは、火属性のファイアーボールよりさらに低いものだった。その結果は氷属性の武器では火属性の熊に対抗できないことを物語っていた。
火属性レベルでいうと4というところだろう。最高位の5ならば氷属性の剣でダメージは発生しないだろうが、少なくとも今は氷鍵剣でもダメージは確かに発生しているのだ。
ならば、今のギエナにそんなことは関係がなかった!
地を蹴る。勢いをつけ、熊が爪を振り上げるよりも早く剣をその体に突き刺す。すぐさま爆蹴で熊の腹を蹴り飛ばし剣を引き抜き距離を取りながら、勢いそのまま、後ろにあった柱に着地、柱を破壊するほどの威力で蹴り飛ばして再び熊に切り込む。
いつ失敗してもおかしくない、無茶苦茶なヒットアンドウェイ。
そんなことを繰り返していく内に、ギエナさえも予想だにしない事態が起きた。何度目か、熊に氷鍵剣で切り込んだ時だった。
泉に張った分厚い氷を踏み割るような乾いた音がギエナの耳にだけ届いた。
考えるよりも先に跳び退いていた。
「ギエナ、どうしたの!?」
エルトナの声にも応答しないどころか、HPゲージが反動ダメージだけで半分以下の黄色になっていることも気にせず、ギエナはただ一点を見つめ驚愕していた。
BOSSモンスターであるはずの熊の腹――さきほどギエナが切った個所が、氷りついていた。
「なっ!?BOSS属性モンスターは状態異常にならないはずじゃ……!!」
情報屋であるはずのイリスさえ驚いていた。当たり前だ。毒や火傷といったダメージが持続する類の状態異常にかかるBOSSはいる。が、下手をすれば行動不能になるような氷結や石化といった、著しくプレイヤーに有利になるような状態異常にはかからないのがBOSSであるという常識はログアウトだけではなく、ほぼ全てのゲームにおいて常識だったはずだ。
それを今、ギエナの氷鍵剣があざ笑うかのように覆していた。
ギエナは目の錯覚かと思った。
「そんな……!」
実際に目の前で起こっているにも関わらず、にわかには信じがたかった。
ならば。
「ファイアーボルト!」
攻撃個所を視線で固定できる、少し眺めの詠唱を唱えてファイヤーボルトを放った。ギエナの火の矢が性格に熊の凍りついた部分をとらえる。結果――先程とは段違いの、むしろ熊が火属性になる前のダメージよりも遥かに大きなダメージが発生していた。
氷属性は、火属性に弱い。
ファイアーボルトが当たりダメージが発生した後、凍りついていた傷口は元通り炎を揺らしていたが、間違いない。熊は、傷口のみという部分的にではあるが確かに氷結状態になり、その部分を氷属性にしていたのだ。
「まさか……性能が微妙なのに凝ったデザイン、あまつさえシリーズ化されているなんて、何かあると思ってたけど、BOSSさえも凍らせてしまう。それが鍵剣だったってわけ……?」
「いや」
それだけではないことを、ギエナは知っていた。イリスにもらうよりも少し前、ギエナはすでにこの氷鍵剣を手に入れていたのだ。そして、偶然、氷鍵剣の隠しスキルを見つけ出していた。
「どういう……?」
「これは剣じゃない。魔法剣なんだよ」
超が付くほどのレア装備にも劣らないスキルを氷鍵剣は持っている。しかしギエナは、凍結状態になるはずのないBOSSには使いようがないと思っていた。
今この瞬間までは。
今ならば、もう一つの、おそらく本来の能力の方も通じると確信していた。
「魔力解放!」
本来なら杖にしかない、魔力蓄積能力を持つ氷鍵剣には戦闘前に限界まで魔力を込めている。魔力を解放し続けなければスキルは発動しない。
時間は、もって三分だった。
「零奏刃!」
ギエナは叫びながら剣を振った。
動作は、初級剣技のそれだ。だが、ただの初級剣技ではない。ギエナが剣を振った直後、青白い光を伴った斬撃が、その軌道にいくつもの氷柱を産みながら熊へと走った。
「そ、そんな事もできるのか!?」
先走ったエルトナが驚嘆するが、エルトナが驚く氷柱すら氷鍵剣のスキルの副産物だ。「零」と名付けたそのスキルは、直撃した雑魚モンスターならばそのまま凍結させることができるが、この場合――。
「ビンゴ♪」
ギエナの読み通り、奏刃でできた傷口は、氷鍵剣の「零」によって凍結していた。すぐさま横にずれ、もう一撃、同じくして一撃と零奏刃を叩き込んでいく。何度か繰り返して、ギエナの目の前には、必然的に氷柱畑が広がった。
「絶景だな」
「お前それがやりたかっただけだろ!?」
一通り零を打ち終わって満足した瞬間、零奏刃が止む隙を窺っていたかのように熊が動いた。熊は体の炎を燃やし、氷柱を踏み砕き、地味にダメージを受けながら猛スピードでこちらへとむかってくる。ギエナは咄嗟にプラントエクスプロージョンを起き、数歩だけ下がった。
これは、一種の賭けだ。
熊のいくつもの傷痕は今確かに氷属性を持っている。だが、熊自身は火属性だ。ダメージは通るだろうが……。
果たして、プラントエクスプロージョンが爆ぜた。期待は叶った。
ダメージによる反動で熊の動きが止まり隙を見せていた。
すぐさま数歩の距離を殺し、熊の懐へ跳躍した。
角度、良し。
頭の中で確認する。
「爆蹴!!!」
スキルを発動させるのと熊の爪がギエナに届くのはほぼ同時だった。期待よりもわずかに反動によるディレイ時間が短かったのだ。
「がはっ……!!!」
ただ腹を撫でていった程度の爪だが、ギエナの飛行角度を変えるには十分過ぎた。予期せぬ反撃に、何もなせないまま勢い良く地面を転がった。
「ギエナ、ヒールヒール!!」
勢いが終息した頃には、ギエナのHPゲージはレッドゾーンに突入していた。
ポシェットを漁る。が、ギエナの手は他の何に触れることなくポシェットの底を撫でた。
ヒールを使おうか……?
逡巡が、熊の雄叫びに掻き消された。燃え盛る炎が白にも近くなり、いっそう輝きを増した。向こうのHPゲージもいよいよ少なくなり、最終形態に入ったらしい。
ああなれば、最高位の火属性に入ったことは想像に難くない。
つまり、氷属性をそもそも無効化してしまい、氷鍵剣ではかすり傷さえつけられない。火属性は吸収され、ファイアーボルトでは無効化どころか向こうにヒールをかける結果になるだろう。
予想はしていた。
ギエナの残りMPは、本当にヒール一回分程度だ。
ヒールをかけたところで通常攻撃だけでどうにかできるのか、と悩みそうになって、そもそも武器が氷鍵剣しかない今、通常攻撃による悪あがきすらできないことに気付く。
「ギエナ!?他に、他に武器はないの!?」
ここまできたのに。
そんなことが、イリスのぐしゃぐしゃの顔に書いてあった。
そうだよ。ここまで来たんだよ。もう、良いだろう?俺、頑張っただろ?
「何でもいいから!ないならこっちに来てよ!!」
イリスの言っていることはすでにただの駄々だ。
ギエナが地を転がりたどり着いた先は最奥部、祭壇の麓だ。
イリスのいるところは熊を挟んで遥かに向こうなのだ。
ギエナのHPゲージは、すでに一回爆蹴の反動に耐えられるかどうか。
イリスのところへたどり着けるはずもなく、たどり着いたところでアイテムを受け渡す時間は到底ない。
今度こそ、諦めるしかない。せめて最後は、と考えてから気付いた。
「そうだよ……!ある、もう一本、剣があるじゃねーか!」
気付き、叫びつつギエナは階段を一番上まで上がった。上がり、熊の方に目をやると、奴はまた口で大きな火球を溜めていた。
おそらくパワーアップしているそれは、完全に放てるようになるまであと数秒は時間があった。ギエナは垣間見えた一縷の希望に懸け、祭壇の一番上に倒れるように座り込んだ。
「ギエナ!?」
「もう一本の剣って!?」
「……これだ」
ギエナは右手に今まで使っていた氷鍵剣を持ち、左手で新たにアイテムイベントリから剣を取り出した。……氷鍵剣を。
「おいぃ!!なんでここにきて氷鍵剣なんだよ!!?」
氷鍵剣では、もはやあの火の熊に傷一つつけられない。いかに氷鍵剣がBOSSをも凍らせる能力をもっていようとも、傷をつけられなければ意味がない。
「聞け。こっちの氷鍵剣はMPを完璧に込めてある」
「いや何言ってんだよ!?」
言ってから、エルトナたちには氷鍵剣の性能を詳しく説明していないことに気付く。しかし、意味のわからない事実はともかく、エルトナはすぐにギエナの意図に気付いたようだった。
「鉛刀一割か……!」
鉛刀一割ならば、どんな武器で使おうとも強制的に無属性攻撃となる。
さらに、あれはシステム上スキルに分類されていない。つまり、スキル使用後に一定時間発生するスキル使用不可時間、ディレイを受けている最中にも使用することが可能なのだ。
やりとりができたのはそこまでだった。熊の火球がついに放たれたのだ。
座り込んでいたおかげでギエナのHPバーは0,5%の自然回復に成功している。今ならば、爆蹴を使っても1か2くらいHPが残るだろう。
転がるように階段を降り、ギエナは最後の咆哮をあげた。
「爆蹴ぁぁぁあああ!!!」
階段が、ギエナの足が爆ぜた。瞬く暇すらなく、火球の下を高速で潜り抜け、ギエナは熊めがけ弾丸のように飛んでいく。同時、氷鍵剣の許容量を超えて、残りのMPの全てを氷鍵剣に注ぎ込んだ。熊の懐に着くころには、氷鍵剣が帯びる光も最高潮へ達していた。
「これで終わりだあぁぁぁぁあああ!!」
そしてギエナの剣は、熊の腹を貫いた。




