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ログアウト  作者: 羽入流
夜車道編
4/20

謎のダンジョン4

何やら先に5話を投稿してしまったみたいです。

申し訳ありませぬ。

連続投稿は気をつけなければ。


――怖い。


 圧勝ムードの中、頭で自分の声が聞こえていた。ギエナは聞こえなかったふりをして、ヒールをしてから頭を振って勝つための思考を無理やり広げた。


 傷はヒールで回復すれば済むことではあるが、ギエナのMPは無限ではない。 加えて、ギエナはヒーラーではない。ソロ効率のために無理やりスキル構成にヒールを放り込んでいるだけだ。乱用すればMPはすぐに枯渇するだろう。


 奴のHPは残り半分となったが、手持ちの回復アイテムの分も含めてすべて攻撃スキルにMPを充てたとしても仕留めきれないのが現状だ。

 これ以上のヒールは得策ではない。


 気持ちを切り替えようと立ち上がったところで、不意に不穏な揺らめきが視界の隅に入った。そちらを振り返ると赤い光と共に熱気がギエナの顔を叩いた。


 熊が、天を仰ぎながら口で火球を溜めていた。


 熊と目が合った……気がした。火球が最大の大きさに達するためか、火球を溜める熊の口が一層大きく開かれる。口の間から鋭利な歯が見え、一瞬熊が笑んだようにも見えた。



 メキドフレイム。


 直線状に大きな火球を放つ、火属性の上級魔法だ。そう分析し終わる頃には、すでに火球がギエナへと向かっていた。


「爆蹴!」


 咄嗟に叫び、体勢も整わない内からスキルを発動させた。

 爆発的な加速と衝撃を受け、直撃は免れたが、避けるのが遅すぎた。

 火球が体を掠める。ついでに、咄嗟の発動のためにバランスを崩し、大量のHPをまき散らしつつ床の石畳を何度もバウンドしながら転がった。


「ギエナ、ヒールヒール!」


「HP残り7って!!!もう一度くらったら即死あるよ!?気を付けて!」


 違う。このHPはメキドフレイムが当たったからじゃなくて、爆蹴のせいだ。

 そう訂正するのも面倒で、


「外野は黙ってろ!」


わめくと、


「外野って内野はギエナしかいないじゃない!」


的確な反論をいただいた。


「こいつ、残りHPで属性、行動パターンを変える類のやつか……」


 落ち着くためにも、わざわざ煮えたぎったコーヒーのような味のポーションをあおる。口の中で一気に不快な苦味がひろがり、HPバーも回復した。


 先ほどのメキドフレイムの射程距離はおよそ30セル。

 ギエナの一番射程距離の長い魔法はファイアーボルトの14セルだ。


 魔法合戦をするにしても絶望的な差だ。ならば、近接戦闘以外に選択肢はない。ギエナは再び火球を生み出そうとする熊目掛けて一気に駆けた。


 こちらに気付いた熊が詠唱代わりのモーションをキャンセルして右前足を斜め上に構えた。その構えが先ほどのものと寸分たがわない様から、ギエナは攻撃の軌道も同じだろうと確信して熊の懐に飛び込んだ。瞬間、斜め上から降り下ろされてくる右前足を、ギリギリのところで屈んでよける。熊の爪がギエナの髪を数本掬っていった。

 ゾクリとするようなスリルが頭上を過ぎ去り―――ギエナは撥ね飛ばされた。



 何故。



 再び石畳と無様に戯れながらただそれだけを思っていた。


 ギエナの読み通り、軌道に変化はなかった。そして、熊の爪は事実、避けていた。にもかかわらず、爪を避けた直後、衝撃が体を貫いた。かろうじて吹き飛びながら体勢を立て直すと、視界の端にちらつくものがあった。火傷状態を表すアイコンが点滅していたのだ。


「炎を纏う爪か……!」


 武器に炎を纏わせ、攻撃範囲を広げるスキルがある。燃え盛る闇に包まれていたはずの熊はすでに全身を赤々と揺らめく炎に染めている。


 嫌な汗が身体中から吹き出た。 


 まさか、と確信に近い疑いかわいた。確かめるため、半ば無意識に詠唱を唱えた。火球を溜める熊に向かって駆け、距離を潰す。


 ギエナのファイアーボルトは発動、確かに熊をとらえた。が、熊は身動ぎすらしなかった。

 ダメージが、十分の一以下になっていた。

 ログアウトの常識だ。火属性モンスターに、火属性魔法はきかない。


「そんな……」


 事態を察知したのだろう、エルトナが嘆いていた。


 魔法剣士は魔法と剣の両方を使うため、スキル構成が完成するのは高レベルになってからだ。それまでの戦闘力は、同レベルの他職よりも圧倒的に劣る。それこそ、60レベルの魔法剣士など、30レベル――どれだけ良く見積もっても40レベル程度の魔法使いと剣士がパーティーを組んでいる程度の力しかない。


 そして、スキル構成が未完成な今、ギエナは火属性魔法しか覚えていない。


 ギエナは、魔法を重ねて隙を作り、そこから剣技、魔法剣技へと繋げていくのが本来のスタイルだ。一番威力を持つのはもちろん魔法剣技だが、少なくとも一対一の戦闘でそれ単体を当て続けることは不可能に近い。かといって通常攻撃が届く距離まで詰めれば、炎を纏う爪は絶対不可避といえよう。


 つまるところ、万事休すという状況だった。


「なんとか、なんとかしなさいよ!?」


 今にも泣き出しそうな声が、もうどうにもならないことを一番物語っていた。


 カラン、と、やけに渇いた金属音がギエナの耳に届いた。

 ギエナ自身の手から、大きな縫い針の剣がこぼれ落ちた音だった。


 ――――何故。


 何故、大きな縫い針の剣が落ちているのか。

 わからず、ギエナは思わず自分の右手を見た。

 空っぽの手が、震えていた。


 その事実すら意味がわからず、視線を前に戻すと、燃え盛る獣がギエナを嘲笑っていた。


 あぁ、これは、死ぬ。


 その獣を見た瞬間、ギエナは悟った。一度事実を認めてしまうと、もう無理だった。


 ――怖い。


 薄っぺらい希望で塗り固めて隠していた恐怖が頭をもたげる。

 反射的に逃げようとしたが、足さえ震えて動かなかった。


「ははっ。無理だろ、これ……」


 空虚な笑いがホールに響く。


「……俺は――」


 こんなにも弱かったのか。


 現実の自分を隠して、理想の自分を作り上げたつもりでいた。

 できないことなんて何もない、孤高の天才。

 斜に構えたクールキャラを演んじていた。


 本当に、薄っぺらい。


 いざ、どうしようもない敵が現れると、戦うことすら諦めてしまう。

 怖いから。


 斜に構えた自分が、本当に物事と向き合った時、きっと浅い底が露呈してしまうのが怖いから。

 完璧だと思っていた理想が、それを作り上げた自分ごと否定されてしまうのが怖いから。

 真剣になって、本気で足掻いて、それでもどうしようもない事があるって事実を、知るのが怖いから。


 逃げ出したいと、心から思った。


 逃げられないと、確信していた。

 

 勝てない敵への、そして薄っぺらい自分への、絶望が空虚な胸を満たす。


 だったらもう――――


 ギエナは瞳すら閉じてしまおうと思った。


「なにやってんだよ!?」


 だが、親友の厳しい叱責が、ギエナの耳を叩いた。


「何やってんだよ!?」


 お前、PTチャットにしてるんだから、どれだけ離れてたって、しかも二回も叫ばなくたって聞こえるだろ。


 そう言おうと思ったが、視界の隅の火球があまりに空気を焦がして息がしづらかったのでやめておいた。


「何がソロの方が動きやすいだ!?全然動いてないじゃないか!何だよその顔!?見ててつまんねぇんだよ!!そんなの全然ギエナじゃないじゃないか!!」


 めちゃくちゃなことを言われていた。


 そういえば、エルトナがこんなに怒っているのは、いつぶりだろうかと考えてから、すぐに初めてだという結論に至った。

 

 そもそも、俺が全然ギエナじゃないってどういうことだよ。


「じゃあ……ギエナならどうすんだよ」


 久しぶりに聞いた気がした自身の声は、思っていた以上に沈み、拗ねていた。


 絶対に勝てるわけがない。どうしようもあるわけがない。

 だったら、こうするのが一番じゃないか。

 

 剣を投げ出して、戦いから逃げ出して。

 諦める以外、選択肢はないじゃないか。


 しかし、次のエルトナの声は、その確信を打ち砕いた。


「華々しく散れよ」


 鈍器で後ろから殴られた気分だった。


「それでこそギエナだろ。無理でも無茶でもやってのけて、成功しても失敗しても笑ってるのがギエナだろ!言っとくけど、ギエナがクールキャラだなんて思ってるの、お前だけだからな!?ギエナなんてただのめちゃくちゃな奴なんだからな!だから僕は、僕らはギエナのところに集まるんだよ!わかったらとっとと華々しく散ってみろよ!」


 鈍器で後ろから殴られたかと思った。

 そのついでに、余波で目の前にあった壁が壊されたかのようだった。


 怖い?勝てない物はないみたいな顔してた自分が、勝てそうにない敵に向かうのが?ゲームの中の敵が?

 

 本気を出して、その本気が通用しないのが?


 数瞬目を閉じ、自分の中の感情を整理する。


 バカを言え。お前は何様なんだよ。


 目を開ける。大きな縫い針の剣が目に入る。決して、良装備とは言えない、むしろ5000GくらいでNPCからいくらでも買える量産品。――でも、気に入っている。

 視界の端に、悪魔のくるくるしっぽがじゃれついた。もはや何狙いかもわからない。――大した効果もないのに、手に入れてから外したことはない。

 ふと頭を掻こうとすると、大きなバンビ耳が優しい手触りだった。


 現実のつまらない自分からログアウトするために、ギエナを作りだしたつもりだった。


 クールで、何でもできて、孤高の存在。中二病満載なそのキャラを完璧に演じているつもりで、現実の自分と別人になったつもりで、その実、こんなにも現実の自分の悪趣味がギエナの見た目で表されていた。


 こんな馬鹿なことはない。


 いつから自分がクールキャラだと、何でもできると錯覚していた?


 ――そう、俺は、根っからただのバカだったんだよ!


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