龍の目覚め
「どっちにしろ、一人じゃどうしようもないでしょう?私も、あんたも」
ハルトが言った言葉を反芻する。
アウストラに掴まれる直前、上空から、少しだけ見えた。
穴の周辺には、何体ものボスが配置されていた。おそらく、アウストラと同じく、穴を守るために。
穴をあける原因をを作ったのは他でもない、ギエナだ。
ギエナは、あれをなんとかしなくてはならない。
ボスだけじゃない。街の中には、こうしてあいる間にも普通のモンスターがわき続けている。それを、スキルなしで、全て片付けなければ首都プレアデスは奪還できない。
はっきり言おう。一人では無理だ。
ならば、諦めるか?
うっかり穴をあける手伝いをしておいて、手に負えないから知らん顔するか?
否、そんな選択肢はギエナにはない。
うっかりで街を一つ落としてなるものか。そんな黒歴史、ギエナのプレイヤー歴に決して追加してはならない。
だとしたら、ギエナが取るべき行動は限られてくる。
「と、とにかく大変なんです!」
ハルトが去ってからしばし、どこぞの一般プレイヤーナナフジはしばらくギエ
ナを訝しげな目線で見ていたが、自分たちの手に余ることを早く誰かしらに投げたかったのだろう。ちょうどギエナの考えがまとまったところで自分から話し出してくれた。
「ゲートが破壊されてからフレンドからウィスパーがあって!どうやらプレアデス内で死んだら、復活できなくなってしまっているらしいんです!」
「はぁ!?」
と、普通に驚いた反応をすると、いつの間にか再び周囲に集まってきていた一般プレイヤーの皆さんに敵意を集中砲火されていた。
ゲートを破壊した張本人がこんな反応をするんだから当然である。
「……そうか、復活地点はゲートだからか。一旦エルストレイからログアウトしてしまうにしても、インした時には他の街に送られてしまうだろうしな……。誰もがそうしてしまえば、プレアデス奪還がさらに遅れることになる、か……」
「ねぇ……」
「あれ賞金首だったはずだよな……?」
「でもなんで賞金首がハルトさんと友録を?」
反応をやりなおしてみたが、効果はたいしてなかった。
決して温かくはない空気に包まれながらギエナは心の中だけで舌打ちをした。
本来ならばこんな空気の場所、一刻も早く逃げ出してしまいたい。しかし、ハルトにそれは止められているし、何よりこの問題を解決するには、このプレイヤーたちの協力は必須だ。だからこそ、ギエナは声を張り上げた。
「今は、俺が誰かなんてことはどうだっていいだろう!?俺はハルトから、パクスの炎から一旦この場を任された!頼む、みんな、聞くだけでも聞いてくれ!」
「賞金首のいう事を信じられるか!」
「でも、ハルト様と友録してたよ?……信じていいんじゃ」
「そ、そうだよな。なぁ、し、信じてみないか?こいつをじゃなくて、ハルトさ
んを」
「みんな、騙されるな!こいつはゲートを壊しやがったんだぞ!?城壁を壊したのもこいつに決まってる!」
……図星だ。
図星なだけに、そこには触れられないし言い返せない。
だが、迷ってくれている人もいる。もうひと押しだ。
使えるものはなんでも使う。
どんな手段を使ってでも、ギエナはプレアデスを奪還しなければならないのだ。出し惜しみしている余裕はなかった。
ギエナは、今まで非公開に設定していた自らのプレイヤー情報を、公開した。
「ハッ!聞いておけば愚民どもが!てめぇら誰に口をきいてやがるつもりだ?あぁ!?賞金首だと?勘違いも甚だしいわ!よーく見やがれ!かのハルトと並び立つパクスの炎が双璧、このギエナとはこの俺のことだ!!」
ざわついていたプレイヤー達が水を打ったように静まった。
おそらくギエナのプレイヤー情報を閲覧しているのだろう。
そして、見たのだ。
パクスの炎のサブマスターという、ギエナには到底不釣り合いな称号を持っていることを。
プレイヤー達は、一斉に息を飲んだ。
ここを逃す手はない。
「ゲートを破壊してしまったのはすまなかった!わざとじゃないんだ。破壊された城壁に近づくにはアウストラをどうにかするしかなかったんだ!」
パクスの炎のサブマスター。アウストラと強力な単語を出すことでプレイヤーたちの気を引き、一度顔を見渡した。
戦闘スキルが使用できない状況にも関わらずアウストラを氷漬けにし、ゲートを破壊してのけた人物が、実は誰も知らない間にパクスの炎のサブマスターに君臨していた。
プレイヤー達の中のギエナの評価が得体の知れない方向へと振り切れたのだろう。驚愕に染まったプレイヤー達がギエナから一歩退いた。
今は、話を聞いてくれるなら恐怖でも何でもいい。
「みんな、聞いてくれ。今、ゲートが破壊されたことで、モンスターにやられるとゲートに戻ってくることすらできなくなっているんだ!」
誰のせいだよ、という視線までは消せなかったが、さすがはパクスの炎の威光、ギエナに真っ向から犯行してくる輩はもう出てこなかった。
「状況ははっきり言って最悪だ。だがしかし!パクスの炎は決して首都プレアデスを放棄したりしない!もうじきアレイス達も参戦するはずだ!」
「パクスの炎が……?」
「おぉ、これで助かるぞ!」
「よかった……」
三大リングの参戦。それは、多くのプレイヤーたちの希望になる。しかし、ギエナはただプレイヤー達を安心させるためにこの名前を出したわけじゃない。
「安心するのはまだ早い!」
声を上げ、お互いに顔を合わせて喜びあっていたプレイヤー達の視線が再びギエナに集中した。
「パクスの炎の連中も、所詮は一、プレイヤーに過ぎない!!!」
さりげに爆弾発言。しかし、ここで止まるわけにもいかない。
「これはもう、パクスの炎だけでどうにかできる問題ではないだろ!?」
ギエナは臆することなく周囲のプレイヤーに現実を叩きつける。
「ちょっと待てよ!俺たちは攻撃スキルも何も使えないんだぞ!?」
「パクスの炎の奴らだって同じだろ!あんたらがどんだけ神格化してんのか知ら
ないけど、スキルを封じられていたら奴らにも限界はある!」
歓喜の雰囲気は微塵も残らず、静寂が隅々にまでいきわたった。
遠くでモンスターの咆哮が上がったのが耳に届く。
時間は、はっきりいって無い。
「じゃあ俺たちにどうしろっていうんだよ……」
「戦えるわけが……」
「なんでスキルが使えないんだよ!くそっ!!」
皆、口ぐちに文句を言い、現状を嘆きだす。
所詮、ここにいるということは、一度モンスターに敗れ、ゲートに帰還した奴等に過ぎない。そんな奴等が弱気になってしまうのは仕方がないといえば仕方がない。だがそれは、あくまで一対一での話。
ギエナは、ここに一言放り込むだけでよかった。
「祭りだ……」
「は……?」
「祭りだよ!無礼講祭りだ!!今日ばかりは横殴りも何も関係ない!!とにかく
集団行動、プレイヤートレインとなって、モンスターをプレイヤー全員でフルボッコにするんだよ!」
ギエナの突然の提案に、周囲が絶句した。
「お前らだってやられっぱなしじゃ終われないから他の街に行かずにここにいるんだろう!?確かに、モンスターに取り囲まれたら手出しできなくなったりもするだろう!だが、所詮相手はモンスター!いくら湧き続けたって、奴等が徒党を組むことはない!固まってたって5、6体!逆に俺たちはどうだ?PTも組めるし、PT同士で結束もできる!!たかだか5,6体のモンスター、ここにいるプレイヤー全員で取り囲めば、どっちが勝つ?どっちが負ける?」
そこまで言い切ると、ゲート周辺にいたプレイヤー達が全て、上気した顔でギエナを括目していた。
「スキルが使えないからってなんだ。相手の戦力はどうせ小出し。プレアデス中のプレイヤーが結束して向かえば、小出しにされたモンスターなんざ一瞬で轢き殺せるだろ」
一息に言い終わると、周囲の空気がガラリと変わっていた。
ギエナ提案に、誰もが確かな希望と勝算を見出したのだ。
「パクスの炎に頼ってばかりじゃない。自分たちの街くらい、自分たちで守ろうじゃねぇか」
いいながら、ギエナは瓦礫の上に落ちていた自らの氷鍵剣を拾い、空に掲げ
た。それを見たプレイヤー達は、誰ともなく武器を取り出し、ギエナに倣っていく。
「この勝負、勝つぞ……」
「うぉぉぉぉおおおおおおおお!!!」
眠れる獅子の咆哮が、プレアデス中に響いた。
「いや、でも!!」
プレイヤーたちのボルテージが頂点にさしかかった頃、それにナナフジが水を差した。
いや、今いいとこだろ。
「城壁はどうするんですか!?城壁をどうにかしなければ、モンスターは沸き続けるんじゃ」
しかし、その指摘は都合が良かった。
「ふっ。聞け、穴は南西にある!」
おぉ、と周囲が声を上げる。
ギエナはそのまま芝居がかった動きで2、3歩歩いて周囲を見渡して見せた。
ギエナの一言ひとことに一々どよめいてくれるギャラリーに、ギエナはだんだん気持ちが良くなってきている感は否めなかった。
「だから、お前たちは南西以外を当たってほしい」
何せ、ここにいるのは、スキルを封じられただけで普通のモンスターにもやられてしまう普通のプレイヤー達だ。いくら数に物を言わせたところで、何十体ものボスモンスターをそれだけで削りきれるとは思えない。逆に、ボスを倒し終わる前に全滅する可能性の方が高い。
そう、普通なら、の話。
「お、おい、それじゃあ、モンスターは無限にわき続けるんじゃ……?」
「そこで、だよ」
浮いたり沈んだり。ギエナの思い通りに動いてくれる民衆に、ギエナは微笑みかける。
「見せてもらおうじゃねぇか。普通じゃない、三大リングの実力ってやつをよ!」
盛り上げて、盛り下げて、盛り上げる。
ギエナの演説を絶賛するように、ゲート周辺にいた全員が再び吠えた。
反対意見はなし、と、確認してから、ギエナはまた声を張り上げる。
「さぁ!周囲のヒーラーを中心にPTを作ってくれ!時間はあまりない!知り合いだろうとなかろうと、レベル差も気にするな!PTを組み終わったら、まず手始めにそこに転がってるアウストラをぶっ倒してくれ!それが終わったら、南西だけを裂けて町中を駆けまわって、モンスターを片っぱしから殲滅するんだ!!!」
さきほどまでギエナに敵意を向けていた連中が、ギエナの指示に100%従う様は、見ていて気持ちがよかった。
「おいあんた!先頭を頼めないか!?」
そろそろPTも作り終わった頃かと見計らっていると、ナナフジから思わぬ誘いがかかった。ギエナは笑って、ゆっくり首を横に振った。
「いや、俺はパクスの炎を穴まで案内しなければならない。モンスター殲滅戦はお前たちだけで頼む」
ここまで来ると、ギエナの一言で、もうよくわからない叫び声が一々あがるようになっていた。
もうなんなんだよ、これ。
「だだが安心しろ!街中に死体はごろごろ転がってんだ!片っ端から生き返せば龍のごときプレイヤートレインはまだまだ大きくなる!目に物見せてやれ!!」
開き直って叫んだ言葉でボルテージは最高潮に達し、ギエナがとりあえず耳を塞ごうかと思い始めたころ、やっとプレイヤートレインは嵐のように駆けだしていった。
見る間にアウストラのHPを削りきり、叫びながらどんどん向こうに遠ざかっていく。
その様は、まさに津波のごとき龍だった。
「くれぐれも集団行動なー!」
無駄だと知りつつおせっかいな言葉で見送った。
「あんた……何者なのよ」
振り返ると、ハルトがあきれ顔で立っていた。
「パクスの炎の威光があったからだろ」
さて、ここからが、ギエナにとっての本番だ。