謎のダンジョン 2
「とにかく進もう」
時間は無限にあるわけではない。リアルの時間はもちろん、このおかしな状況がレアイベントではなかった場合、GMに発見された場合どうなるかわからない。だからこそ先を急ごうと催促したのだが。
「えぇ、一番レベルの低いギっちゃんが仕切るのぉ?」
イリスから無情な非難が上がった。
「えぇ、と」
エルトナ、できないフォローはしなくていいからな。そもそもお前だって俺より10以上レベルが高いから。
「まぁ、俺のレベルが低いのは仕方ないだろ」
それから無駄な茶々を入れてくるイリスを半分無視してエルトナに現状とこのダンジョンの攻略法を伝え、先に進んだ。
ダンジョンの構造さえわかってしまえば進むのは恐ろしく簡単だった。
同時に恐ろしく面倒ではあったが。
分岐路まで歩き、一人が先に進む。進んだ一人がスタート地点に戻されたら別の道をまた一人が行き、正解の道を探す。正解の道を順番にメモしていき、その過程でスタート地点に戻された者は、メモを見ながら先を進む仲間に追いつく。その繰り返しだった。
幸い、ダンジョンのマップは固定されているらしく、メモ通りに進んでスタート地点に戻されるという現象は一度も起きなかった。これでマップがランダムに変わったりしたらそれこそどうしようもなかった。
いくつかの分岐路を進み、そろそろスタート地点から歩くのがしんどいなと思い始めたころ、いきなり道が開けた。
今までのような明らかに人工的な石造りの迷路が終わり、広い空間に出た。幅2メートルほどの幅の切り立った道がまっすぐ伸びていた。道の横には何もなく、底は遥か遠く闇に包まれて何も見えない。落ちればただでは済まないという本能的な恐怖が腹をくすぐるが、同時に不気味な開放感ももたらした。
「やっと抜けたな……」
最初は順番に分岐路に進んでいたものの、当然ながら進めば進むほどスタート地点からの再スタートが辛くなり、最後の方はじゃんけんで先に進む者を決めていたため、俺たちの気分はすでに満身創痍だった。二人は無言で頷き、俺たちはそのまま無言で歩を進めた。
崖の下はもちろん、向こう側の壁も遠すぎてか暗くてか見えなかったが、不思議と崖の道だけは明るく、難なく歩くことができた。
ここまでモンスターの出現はなし、か。
進むことだけに関しては、モンスターがいないのはありがたかった。モンスターが出現しなかったからこそ俺たちは一人ずつスタート地点に戻ることで迅速に正解の道を導き出せたのだ。しかし、モンスターがいないということは、このダンジョンのレベルもまた計ることができない。
ダンジョン内にいる雑魚モンスターは、大抵がそのダンジョンのボスの情報を持っているものだ。火属性のボスが待ち構えるダンジョンには火属性のモンスターが多かったり、ボスモンスターの攻撃モーションの一つを雑魚モンスターが使っていたりする。だからこそ、もしこの先に従来のダンジョンと同じようにボスの部屋があるとしたら、そのボスがどの程度の強さなのか、あるいはどんな属性でどんな攻撃を繰り出してくるのか、まったく予想もつかない。
そもそも、二人がどれだけ成長しているかはわからないが、この面子で倒せるボスモンスターなどたかが知れている。
撤退か特攻か。その決断は、ボスの扉が現れれば否応なく話し合わねばならないだろう。
そして、その決断の時は簡単に訪れた。
「ボスの……扉だね」
崖の扉が終わり、再び人工物と思われる巨大な柱がいくつも並ぶ、学校の体育館程度の広さのホールが現れた。その一番奥には、やはり荘厳で禍々しい装飾の施された巨大な扉が佇んでいた。この先には、恐らくボスがいる。
「……どうする?」
「進む、の?」
もちろん、イリスに聞いていた。俺だって、ここまで来たら最後までこの状況の行く末を見てみたい気はする。攻略できるものなら攻略したいし、その報酬だって手に入れたい。だが、それをするにはリスクが未知数すぎる。
ログアウトには、従来のゲームと変わらず、デスペナルティというものが存在する。しかし特殊なのが、そのフィールド毎によってデスペナルティの大きさが
違うという点だ。
とあるフィールドでは経験値をわずかに失うだけで済み、とあるフィールドでは現在のレベルになった直後の経験値数に戻され、またとあるフィールドでは現在のレベルから10レベルも引き下げられてしまったりもする。
この先に進んだところで、倒せるボスがいてくれる確率はかなり低いと踏んでいる。だとすると、デスペナルティは決して避けては通れない。が、デスペナルティはそのフィールドや部屋に行くまで確かめる術はない。
今現在のダンジョンのデスペナルティは次のレベルまで必要な経験値の10%と、ダンジョンとしては平均的なものにとどまっているが、ボス部屋、それもレアイベント等が絡んで来れば数倍から数十倍になることも珍しくはない。
そして、中級者レベルの俺ならまだしも、上級者と呼べる程までレベルを上げているイリスやエルトナにとって、そのデスペナルティは決して安いものではないはずだ。それこそ、欲望の塊であるイリスが、その欲望とデスペナルティの痛さを天秤にかけなければならないほどには。
「思うんだけどさ」
未だ欲望と保身の天秤が揺れ続けているイリスに俺は話す。
「ここ、未実装のダンジョンなんじゃないか?」
もともと、俺一人が巻き込まれたハプニングに近いイベントだ。どうにせよ、被害をこうむるのは一番レベルが低くて、一番被害の少ない俺一人でいいと思った。
「その可能性は……あるけど」
「だから、ボス扉があるからといって、この先にボスがいるとは限らない。とい
うか、いないんじゃないか?」
なるべく、なんでもない風を装って一口に言った。エルトナと目が合う。何か言いたげにしているのを遮り、続ける。
「まぁいたところで、俺たちだけで倒せるボスだという可能性の方が圧倒的に低い。全員で突っ込んだところで、全員が未知数のデスペナを喰らうだけだろ」
「じゃあどうするつもり?」
「ギエナ、まさか」
「俺一人が行く」
二人が一斉に俺を見た。非難が浴びせられる前に、さらに続ける。
「大丈夫だ。ボスとデスペナを確認したらすぐに戻ってくる」
ボスはボス部屋から出ることはない。理論上は、ボス部屋に入ってボスを出現させすぐにこちらのホールに戻ってくれば危険はない。
「レベルはともかく、この中で最速で動けるのは俺だろ?」
言うと、エルトナもイリスも嫌そうな顔をした。
「自爆スキルでしょあれは……」
爆蹴、というスキルがある。
移動用スキルで、使えばその名の通り爆発的な移動速度と勢いを得ることができる。移動用スキルの中でも圧倒的な最高速度、移動距離、そして圧倒的反動ダメージを誇るスキルだ。
さらにその原理が足の裏で小規模な爆発を起こすというとんでもスキルなため靴の消耗が激しく、また爆発的に不安定なため、使い慣れない者が使うとまっすぐ飛ぶことすらできずその場で地面に激突してしまう。
かくいう俺も、ちゃんとまっすぐ飛べるようになるまで一か月を要したものだ。故に爆蹴は移動用スキルに分類はされながらも、爆蹴を知るプレイヤー達からは「自爆スキル」、あるいは「ネタスキル」として認識され、習得している者は本当に少ない。
「どちらにせよ、俺一人で行って帰ってくるのが一番いいだろ」
俺はイリスとエルトナの顔を交互に見た。二人とも何か言いたげではあったが、撤退という選択肢以外に俺が言った以上の案はないのがわかっているのだろう。何も言ってはこなかった。
「じゃあ、行ってくる」
俺は二人に言ってボスの扉に手をかけた。部屋に入る意志を伝えるように扉に触れると、ボスの扉は霧散するように姿を消した。
扉の向こうは、このホールと同じ石造りのものだった。こちらと同じように柱が壁際にいくつも立っており、しかし、向こうはこちらより一回り程大きい円形になっていた。暗くてよくは見えないが、最奥部には何やら祭壇らしきものがあるようだった。
ボスの大きさにもよるが、戦うには十分なスペースに見えた。
意を決して、ギエナは足を踏み入れた。
その時だった。背後で、重厚な金属性音が鋭く耳を突き抜けた。パーティーチャットにしたままの、イリスの短い悲鳴が聞こえた。
予想は、していた。
ギエナは後ろを振り返る。以前、扉はなくなったままで、イリスとエルトナの姿は見えた。だが。
「ギエナ……!?おい!なんだよこれ!?」
ギエナと二人の間には、見えない壁が現れていた。エルトナが見えない壁に張り付き、ギエナに訴えかけていた。おそらく、数センチ程度の不可侵フィールドが、ボスの部屋とホールとの間に出現しているのだろう。
「やっぱりか……」
「やっぱりってギエナ……!!」
イリスの非難を聞きながら、ギエナは転送アイテムを取り出す。
明らかにトラップが発動していた。ギエナはもう、ボスを倒すか、ボスに倒されるまでボス部屋から出ることはできないだろう。ギエナが足を踏み入れた瞬間に出入り口を塞がれたということはそういうことだ。
駄目だと知りつつ転送アイテムの使用を試みると、案の定この場所では使えない旨をシステムボイスが告げた。取り出した転送アイテムを再びしまうのを見て、イリスは転送アイテムが使えなかったことを悟り、嘆く。
不意に暗いボス部屋に赤い光が灯る。
振り向くと、巨大な魔法陣が体育館ほどの大きさの部屋の奥に発生していた。ボスの発生エフェクトだ。戦闘に移る前に、とデスペナルティをシステム手帳から確認する。一瞬、剣を抜こうとする手が止まった。
直後、ギエナの一挙一動を見ていたイリスがやかましく叫んだ。
「どうしたのギエナ!?」
「ここ……キャラクターデリートエリアだ」




