再会
ログアウトにおいて、ゲートとは非常に重要な役割を持っている。
最初にログインした時降り立つのはもちろん、マップ間の移動もこのゲートを用いて行われる。
ゲートに立つ門番に料金を払えば他の街のゲートへ一瞬で送ってくれるし、ゲートアイテムを使えば任意のマップのゲートに降り立てる。どんなマップにも必ずゲートが一つはあり、死んだ時に戻るのもこのゲートだ。
ダンジョンの中で死のうと、フィールドで死のうと、帰ってくるのはセーブしたゲートになる。首都プレアデスでセーブしたならプレアデスのゲートに、別の街でセーブしたならその街のゲートに。それは、誰かに生き返してもらわない限り、街の中で死んだとしても例外はない。
そして、そんな重要なゲートだからこそ、ゲートの周囲何セルかは完全な非戦闘区域となっており、何があろうとモンスターが侵入してくることはない。
ただし、深夜帯でほとんど人がいなかったり、マップに存在するモンスターが多すぎたりして、たまたまゲートの近くにモンスターがいた場合、その何セルかの安全圏からプレイヤーが出てくるのを、モンスターがすぐそばで待ちかまえていたりすることがある。
「……うん。あのゲート周辺地点だと思われる、何か(人)と何か(モンスター)が密集してるとしか思えない光景は何なんだろうね」
氷漬けのギエナはふと呟いた。
時刻は数秒前。
ギエナはアウストラに向かって、全てのMPを注ぎ込んで零を唱えたのだ。
結果は僥倖、暴発したスキルはギエナもろともアウストラを氷漬けにしてのけた。そして現在、開いたまま凍ったアウストラの両翼がちょうどグライダーように機能して、もっぱら勢いを増しながら下降中であった。
ギエナは、この非常事態を解決するために最善策を取ったのだ。
アウストラは、魔法が使えない現状、ガンナーかアーチャーにくらいしか攻撃手段はない。それも、通常攻撃だけとなると何十、何百のプレイヤーが揃わなければ討伐は現実的ではない。ただでさえ人口の少ないタイプが、いったいどれだけこの場に居合わせ、なおかつアウストラと戦ってくれるのか。極端に低い可能性にかけるより、ギエナは自分で処理する他ないと考えた。
そう、その最善策を取った直線上にゲートがあったところで、誰が責められようか――否、誰しもが責めるに決まっている(反語じゃない)
「えぇい、ままよ!!」
しかし、進路上にゲートがあったところで今更何ができるはずもない。ギエナは開き直り、声を張り上げた。
他でもない。遠くから見えた密集地帯――おそらく死んでゲートに戻ったはいいが、和まりにはモンスターが密集していて身動きが取れなくなってしまった人達――に向けて。
「おまえらどけぇぇぇええええ!!」
「ギエナ!?」
叫び終わるのが合図のように、阿鼻叫喚と共に気持ちがいいくらいに二手に分かれたプレイヤーの合間を掠め、ギエナは頭上のアウストラと共に盛大にゲートに突っ込んだ。
轟音に継ぐ轟音、筆舌に尽くし難い衝撃の渦にまみれた。状況は全くわからなかったが、おそらく、プレアデス中に爆音が響いたに違いない。
(今、誰かを巻き込んだような……)
ダメージから動けないでいると、仕事の早いシステムボイスがささやいた。
【ただいま、首都プレアデスの中央ゲートが破壊されました】
「ゲートって壊れるのかよ!!?」
死力の限り声を尽くした。
そんな馬鹿な。さらに全力で叫びだしたかったが、続くシステムボイスに沈黙を強いられる。
【尚、モンスター襲撃中のため、四方全ての門は閉鎖しております。よってこれより、ワープアイテム・スキルを除いて、完全に首都プレアデスの出入りができなくなります。ゲート修復まで、援軍の見込みはなくなりました。プレイヤーの皆さん、対応に急いでください】
「大惨事かよっ!?」
もう、全然力が入らない手でポシェットを漁った。ヒールを唱える魔力すら残っていないのだ。震える手でなとか各種ポーションを取り出し、苦労して飲み干すとなんとか動けるようにはなった。
「味は最悪っと」
立ち上がると、周囲から視線を感じた。
否、視線どころではない。
これは……殺意か?
「おい……こいつ……」
「賞金首……?」
「もしかして今回のテロも――」
「間違いない!パクスの炎の賞金首だ!テロ魔に決まってる!!」
どうやら、ギエナが寝そべっている間に、少し距離を置いて周囲をプレイヤー達に囲まれてしまったようだった。
穏やかではない様子で、ギエナは今にも襲いかかられそうになっていた。
「でも待て……あいつの後ろの氷の塊って……」
が、その一言でギエナとプレイヤー達の距離が2,3歩開いた。
ちらりと確認すると、ギエナの氷は地面との接触で壊れたようだが、アウストラは運がいいことにまだ凍ったままだった。
「アウストラを氷漬けに!?」
「そもそも城壁を内側から破壊するんだろ、あいつ……」
「勝て……?」
勝てるとか勝てないとか依然にここは戦闘区域だろ。
と、脳内でつっこんでいる場合ではないことを思い出す。ちらりと確認しただけのアウストラの氷の下を今度は注意深く見ると、嫌なものが見えた。
人。
どうやらやはり、アウストラとギエナの進撃に誰かを巻き込んでしまっていたようだ。それもおそらく、ギエナの聞き間違いでなければ、ギエナの名を呼べる人物を、だ。
ギエナが氷の方に一歩踏み出すと、進行方向にいた人垣が一歩退いた。もう一歩踏み出すと、今度は二歩退いた。それでも尚止まらない気配を見せると、進行方向にいる人物は悲鳴をあげながら逃げ出した。
「うわぁぁ!」
「きゃぁぁ!」
「俺は悪魔か何かか……」
何か壮大なボタンの掛け違いが起こっている気はしたが、邪魔をされるよりかはマシなので放っておいた。そのままアウストラのもとにたどり着く。
まさにゲートがあったと思われる場所にアウストラの氷が陣取っていた。あたりにはゲートだった瓦礫が散乱している。
「えっと、敵は……」
ギエナが振り返ると、後ろから付いてきていたプレイヤー達が一斉にドキっとしていた。
「……」
モンスターの群れは、そいつらの向こう側にいた。
中央ゲートのつくりに救われた。
中央ゲートは、北、東、西の三方向には壁があり、街の中心に向かうメインストリートの伸びる南側にのみ大きく開けている。モンスターは、その南側のメインストリート上に密集にしていた。
「あんたら、そこをどいてくれないか?」
一応、言うだけ言ってみる。
が、やはりプレイヤー達はどよめくだけでどいてはくれなかった。
「南側を開けろ!!」
……もう悪魔でいいよ。
開き直って叫ぶと、一気にギエナが十分に通れるだろう道を作ってくれた。
「壁際まで行け!!!」
もう一度叫ぶと、全員がその通りに動いてくれた。
恐怖による支配が、すでにギエナの手の中にあった。
正義のリングに入っておきながら何をやっているんだろうとギエナは思った。
「……爆蹴」
アウストラの後ろに回り、センチメンタルに呟くと、それでも技は発動してくれた。
ギエナの狙い通り、ボーリングの球と化したアウストラは南側に向け一気に加速、密集していたモンスターに見事つっこみ、そのほとんどを遠くに弾き飛ばしてくれた。
「爽快――」
現実逃避がてら余韻に酔いしれていると、
「やっぱりおまえか……」
つぶれたカエルのような声が聞こえた。
「……悪い、ハルト」
ずいぶん気まずい再会であった。