鳥野郎
「なんでモンスターが街に侵入するんだ?そんなイベント情報なかっただろ?」
ギエナは疑問を口にする。
まぁ、ギエナならばそんな告知があったとしても見落としているが。
「これは、イベントじゃないの。……テロよ。まったく、こんな時に」
テロ行為。
例えば、街の中、それも人が密集している場所でモンスターを召喚するアイテムを使いまくる。例えば、街へと通じるワープポータルを土壁や氷柱などの魔法で物理的に塞ぎ、街に入れなくする。それは、そういう他のプレイヤーへの著しい嫌がらせの総称として使われている。
だが、ギエナの知る限り、そんなことをしたところでプレアデス中に響き渡るサイレンなど鳴らされないはずなのだ。少なくとも今までそんなことは一度もなかった。
ならば、今回は何が起こったというのか。イリスに聞こうとしたところで、システムボイスがかかった。
【首都プレアデスに住む皆さんに伝えます。
ただいま、城壁の一部が破壊されたことにより、首都プレアデスの中にモンス ターが侵入しました。よって、城壁が破壊された時刻から首都プレアデス全域 が戦闘可能区域となりました。
尚、今回の騒動につきましては城壁が内側から破壊されていることにより、上 級、中級魔法、上級、中級の戦闘スキルの一切が使えません。よって戦闘スキ ル以外のスキルと、初級戦闘スキルだけが解放されます。
プレアデスの皆さんは、以上の条件でモンスター襲撃に備えてください。城 壁修理のめどが立ちましたら連絡いたします】
「なん……ですって?」
「まずいのか?」
「スキルが使えないのよ!?」
それはわかる。さっきシステムボイスで聞いたから。
つっこみたかったが、話の腰とギエナが物理的に折られそうなのでやめておいた。
「城壁が壊されると、城壁が直るまで無尽蔵にモンスターがわき続けるの。その時沸くのは雑魚モンスターだけじゃない。ボスクラスも馬鹿みたいにわき続けるし、過去にはレイド級が数体確認されたこともあるのよ!?」
「レイド……?」
「ギエナ……」
ギエナが一人MMO用語に首を傾げていると、こっそりエルトナが教えてくれた。レイド級、レイドボスとは、一つのパーティーではなく、複数のパーティーで戦わなければならないようなボスのことらしい。
「でも、過去何度かあったってことはなんとかなったんだろ?」
だったら今回も何とかなるのでは。そう思っているからこそ、イリスの慌てように納得がいかなかった。
次のイリスの説明を聞くまでは。
「過去、内側から城壁が破壊されたことは一度もないわ。破壊されるとしたら、全て外側から。そして、外側から破壊された場合、街の中でも全戦闘スキルが解放されたの。つまり――もう、わかるわね?」
「……ほぼ詰んでるわけか」
そこまで聞いて、やっと合点がいった。
誰が、攻撃スキル一切なしでボスの群れやレイド級ボスに挑めるというのだろうか。
「ってやべぇじゃん!?」
理解するとやばかった。
ならば、一中級プレイヤーに過ぎないギエナがすることと言えば限られる。
1.首都プレアデスを放棄、別の街のゲートにセーブポイントを作ってから一応プレアデスに遊びに来る
2.徹底抗戦
……1かな。
それにしても、城壁を内側から、ともすれば通常攻撃だけで破壊するなんて途方もないことをどんな暇人がやってのけたのやら――――――と、そこまで考えてから思い出した。ギエナの財布の中身が今、空な理由を。
「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「きゃっ」
「わっ!?」
ギエナの悲鳴に、二人の短い悲鳴が重なった。
「どうしたんだよギエナ!?」
エルトナが慌てて問い詰めてくる中、イリスはすでにじと目でギエナを睨んでいた。
……やばい。
「オレ、チョット用ヲ思イダシタ」
ごく自然に、言葉をひねりだしながらなるべくゆっくり素早く最小限の動きでアジトの出口に移動する。
「ギエナ……まさか」
そんな仕草のどこかに違和感を持ったのか、エルトナが疑いの言葉を向けてくる。さすがは幼馴染ということにしておいた。
「な、ななな何言ってんだよ。お、おおっと、俺、ほら、パクスの炎の双璧が一人だから呼び出しだぁーっ!これは行かなきゃだなオィ!じゃ、じゃあそゆことでっ!!」
そしてとうとう、ギエナは逃げるようにエルトナのアジトを飛び出した。
「爆蹴っ!!」
飛び出すや否や、ギエナは叫ぶ。目標はもちろん、ギエナが城壁と熱い抱擁を交わしたあの場所だ。
「さっきも言ったけど、城壁が直るまでモンスターは無尽蔵にわき続けるの。攻撃スキルを普通に使える守護兵のNPCもいるにはいるけど、敵の数が数だけに当てにはしないで。とりあえず、壊れた城壁の周辺の安全を確保できれば城壁の修復は早まるはずよ。ま、壊された城壁を見つけるのは大変でしょうけど、ね」
飛びながら、イリスのウィスパーを冷や汗と共に聞き流す。
一度建物の屋根に着地し、もう一度、先ほどよりもさらに魔力を込めて爆蹴を使う。
上空から見た街は、悲惨なものだった。
すでに町中にモンスターが犇めき、至るところでプレイヤーと交戦していた。
攻撃スキルなしでの戦闘など、一部のディーププレイヤーがたまに遊びでやるくらいのもので、大抵のプレイヤーはほぼ攻撃スキルを中心に戦闘を行う。
大抵のプレイヤーは、自分より下のレベルのモンスターには勝てても、同等、あるいはそれ以上のモンスターには太刀打ちできないようだった。
すでに死体の山、ということもないが苦戦しているプレイヤーは山ほどいて、いずれそうなるだろうことは予想に難くなかった。
「モンスターの湧きが予想以上に早い……のか?」
やっと視界の正面に城壁の穴を確認した時、全身で受ける風が失速した。焦る気持ちに舌打ちが出るが、慌てずに着地地点を睨んで次の爆蹴の体制を整えた刹那、今度はいきなり勢いが増した。失速するどころか、加速しながら高度を上げている。
確認するまでもなくHPは減少して、ついでにいうと肩が痛いし壊れた城壁からはどんどん遠ざかっていく。
「てめぇ!!!」
ギエナは、突如ギエナを掴んだ大きな脚の持ち主を睨みあげた。
「って……」
その怪鳥は、ギエナでも見たことのあるボスモンスターだった。レアボス、アウストラ。
「これをどうやってスキルなしで倒すんだよ!?というか俺をどこに連れてく気だぁぁ!?」
叫んでみても、当然アウストラは無反応。おまけにどんなに力を込めても、ギエナの身体をがっしりつかんだアウストラの脚は緩みさえしなかった。
「くっそ!」
思い出したのは、アウストラの特徴。
繰り出してくるのは、パーティーメンバーを脚で掴み、どこかに運んで前線離脱させるという、RPGにありがちな、地味に怖い離れ業だ。
戦闘能力自体はボスとしてそれほど高くないものの、そのパーティーメンバーをバラバラにする能力と、ほぼ空中にいることで攻撃の仕方が限られてしまうので、倒すのは困難とされるボスモンスターなのだ。
大人しく掴まっている間にも、どんどん城壁からは遠ざかっていく。
どうやら、街の中心、ゲートの方へと運ばれているようだ。
「このまま悠々と虎の旅……ってわけにいかないよなぁ」
思い返せば、アウストラは城壁の方から飛んできた。
城壁の穴から出現したばかりだった、とするならば良いのだが、ギエナは嫌な予感がしてならなかった。
もし、アウストラが、城壁に近づくプレイヤーを遠くに運んでしまう役割を与えられていたとしたら。
「その可能性がある限り、こいつを無視できない、か」
もし仮にこのままどこかに降ろされたとして、再び穴に向かったとする。
ギエナの予測が当たっているならば、恐らくこの繰り返しである。
「そんなアホな話があるか……」
少なくともギエナはそんなまぬけなことはしたくなかった。
「チッ。いちかばちか、か」
ギエナは腰に差していた氷鍵剣を手に取った。覚悟を決めて、アウストラに向けてニヒルに笑んでみる。
「おい、知ってるか?鳥野郎。スキルって、魔力を込めすぎると、暴発するんだぜ?」