強襲
「へっ?」
一騒動終わった後に会った友人は、まぬけな声をあげていた。
「頭が高い。我こそはパクスの炎の鋼の双璧が一人、サブマスターのギエナぞ!」
「……」
開き直りも甚だしい、エルトナのリングのアジトでのことである。
「何、したの?」
心を許せる友人からは、祝福の声ではなく疑いの眼差しを向けられた。
「いろんな人を傷つけた結果……?」
「……さっきからイリスが落ち込んでいるのと関係ある?」
イリスはイリスで、このアジトに着いた瞬間から隅っこでシステム手帳を抱えながらチワワよろしくぷるぷる震えていた。
――パクスの炎のアジトの最上階が半壊したことは数時間前の話であるが、今や町中の噂となっている。首都のど真ん中、往来のど真ん中に突如として瓦礫が降ってきたのだ。ギエナが蹴りだした瓦礫は、いくつもの装飾を巻き込み、それなりの量となって地上へ降り注いだ。
塔の麓が大惨事になったことは言うまでもない。しかも、半壊したのはただの建物ではなくパクスの炎のアジトだ。人が集まらないわけがない。
人が集まれば、それだけ目が増える。人だかりの中に、塔の上の方、瓦礫と共に落ちてきただろう青い人影を見たものがいた。何分高いのではっきり見えるわけではないのだが、衆人環視がパクスの炎のアジトから出てきた青い人影をハルトと特定するのに時間はかからなかった。蒼い剣精の異名が仇となった。
おまけにその状況に、ほんの数十分前に不墜のイリスが塔に入っていったという情報がどこからともなく投げ込まれたのだ。行き着く先は祭りである。
八紘のイリスがパクスに殴り込みをかけにいった、と。
「あぁー!もう!やっと終わった!」
と、鬼の形相をしたイリスが立ち上がってこちらを振り向いた。
「お疲れ」
エルトナは気軽に労わるが、ギエナは不可能なことを知りつつもなるべくイリスの視界に入らないよう努めてみた。今は何を言ってもイリスの逆鱗に触れるだろう。
「あぁん!?」
何も言わないなら言わないで、理不尽にがなりたてられた。
「……何、してたんだ?」
ギエナは努めて優しく言葉を発する。原因は全てギエナにあるとはいえ、ここでギエナに当たっても仕方はない。イリスは恨みの全てを集約した溜息を一度だけついてから短く答えた。
「誰かさんのせいでリングの人たちからウィスパーが絶えなかったの!事後処理よ!まぁ、そこらへんはパクスにもうまく立ち回ってくれるようお願いしたからそのうち収まるでしょうけど……」
ギエナもBBSは確認していた。★狂戦士イリス★というスレッドを見た時点で笑いがこらえきれずイリスに殴られたのでそれ以上は見ていないが、どうやらイリスのおかげでバンビ耳のネタ戦士騒動は一幕を終えているようだった。
街を歩いていても注目されるのはイリスばかりで、ギエナの方に向けられる視線は、うわぁお前今更そのネタかよという冷めたものだけだった。
ギエナにしてもイリスとしても、ギエナのことだけに関して言うならば結果オーライなのだが、いかんせん、ギエナへの注目が全てイリスに集まっただけだ。意図せぬ注目のされ方だけにイリスとしては納得もいかないだろうし、三大リング同士の抗争に繋がりかねない騒動を引き起こしているとなれば諸関係者への説明も頭が痛い物があるのだろう。
「さ、て。じゃあ俺は、レベル上げにでも行こうかな」
さりげなく、さりげなくを努めてみたが、
「座りなさい、ギエナ」
当然、止められた。
無駄な抵抗をしたことによりイリスの声色がワントーン下がった。
「目立つなって、言ったでしょう?」
イリスの剣幕は険しい。
レベル上げをする前、確かにギエナは言われていた。鍵剣シリーズを揃えるため、決して目立つな、と。
「イリス、賞金首の件はギエナの不可抗力だと思うけど……」
「だとしても!パクスの炎のアジトに乗り込んで暴れるなんて問題外よ!」
エルトナの助け舟も虚しく、乗り込む間もなく一撃で沈められる。
「でも結局は俺目立ってない気が」
しかたなく自分で踏み出した一歩で地雷を踏みぬいた。
「ギエナはね!!で!?身代わり同然に目立った私をどうしてくれるのよ!?って、あぁもう、またウィスパーだわ!」
はっきり言うと、★狂戦士イリス★の噂の盛り上がり方は、ギエナの時の比ではなかった。いくつものスレッドが乱立し、それらの全てがものの数分で消費されていった。
三大リング同士の衝突。パクスの炎にイリスが殴りこんでいったということは、そう取られてもおかしくない。しかも、八鉱の中で序列もはっきりしていないイリスが、パクスの炎の序列二位を打ち取ったかのように思われているのだ。
これで盛り上がらなければ何で盛り上がるというのか。
その証拠に、パクスの炎のアジトから帰ってきてからこっち、イリスへのウィスパーは鳴りやまない。ウィスパーの送り主は大抵、八鉱のリングメンバー、イリス自身の関係者からだ。
「はぁ、まったくもう……」
「まぁ気にするなって。もう少しの辛抱だろ?」
「誰のせいよ誰の!?……その優しさだけは受け取ってあげるけど」
そう。この騒ぎも、もう少ししたら別の話題に塗り替えられるに違いなかった。別の騒ぎが起こるからだ。
イリスは、BBSの騒ぎに気付いてからすぐさまパクスの炎と交渉に入った。
ギエナの賞金を取り下げること、一定期間のあいだギエナのことを一切口外しないことを条件に、夜車道の倒し方を売ったのだ。
パクスの炎としても、夜車道の倒し方はもちろん、知名度が一切ないギエナをいきなりサブマスターに任命したという体裁も考え、二つ返事で了解してくれた。ギエナがパクスの炎のサブマスターになったという事実は、今後ギエナが何らかの功績を立てた時――つまり、誰もがギエナを三大リングであるパクスの炎のサブマスターと認めざるを得ない状況になった時――に盛大に発表したいのだろう。
……ギエナにそんな予定も実力もないのだが。
ちなみに、パクスの炎のアジトが半壊した事件に関しては、パクスの炎幹部の行き過ぎた内戦訓練の結果であり、決してイリスが大暴れしたわけではないと、パクスの炎が謝罪と共に正式に発表している。
まぁそれが原因で、イリスがパクスの弱みを握っている、という憶測も飛び交ってさらに盛り上がりに拍車をかけたりしているのだが。
ともかく、今現在アレイス達はさっそく夜車道の攻略しているに違いなく、夜車道が倒されたらすぐにシステムチャットがエルストレイ中に流れ、エルストレイの話題は一気にそっちに傾くはずなのだ。
まぁ、確実に夜車道がPOPする場所がないのと、いかにパクスと言えど、攻略法があったところで攻略できるかどうかは全くの未知数なので、どれくらいかかるかは全くわからなかったりするのだが。
とりあえずは、イリスがある程度落ち着くまでは、例のキーアイテムを使った謎イベントの攻略もできたものではないだろう。ギエナのレベルは順調すぎる程に上がりつつはあるが、まだまだ十分ではない。
「ところでエルトナ相談なんだが」
どうにかしてイリスがウィスパーをしている最中にここから逃げ出せないかとエルトナに持ちかけようとしたところで、聞きなれないサイレンがエルトナのアジトに鳴り響いた。
「うわ!?え?何!?」
「敵襲か!?」
半ばノリで叫ぶ。視界の隅に表示されているマップを確かめるが、アジトの中にはギエナとエルトナ、そしてイリスの三人しか表示されていない。敵を示す赤い点は一つもなく、味方を示す三つの青い光があるだけだった。
不安な気持ちを掻き立てるかのようなサイレンに少し心がざわついたが、大方緊急イベントか何かだろうと考えなおし、イリスを見た。ギエナは元よりイベントには疎いし、目の前のエルトナもわかっていないようだったからだ。
と、そこで予想外のことが起きていた。
情報屋のイリスですら、驚愕の表情をしていたのだ。
「おい、イリス。これ、何のイベントだ?」
半ば、イベント等ではなく、もっとたちの悪い何かなのではと確信を抱きながらイリスに聞いた。
「違う。イベントじゃない。これは、街の中にモンスターが侵入してしまった時のサイレンよ」
モンスター強襲イベント、ということ、なのか?