空のさんぽ
「ってぇ!って、何すんだよ!?」
青髪の双剣士を倒した。
次こそ変な騎士が出てくるはずと振り替えると、何故かイリスにひっぱたかれた。
そういえば、何故かイリスもここにいたのだと思い出す。
同時にこの数日間イリスとの連絡を一切放棄していた気まずさも思い出した。
「だからそれはお前だー!何ハルトを塔の外に蹴りだしてんのよ!?穏便に済ませようとしてたこっちがバカみたいじゃない!?人の気も知らないで!というかいつまでオフライン表示で遊んでんのよあほー!ウィスパー届かないしメールも無視するし、もぅ……」
案の定、一度爆発したイリスは止まらない……かと、思いきや、いきなりうつむいて震え出したではないか!
思えば、イリスをぞんざいに扱いすぎていた感は否めない。
メールも、開けば罵詈雑言ながらもギエナを心配するものばかりだったのだ。なのに、ギエナはあろうことか、未だに一通すらも返してはいない。
今でさえ、イリスがここにいるのは落ち着いて考えればギエナのためなのだろう。
これではイリスが泣くのも無理はない。
途端に罪悪感が溢れ、どうしたものかと狼狽してしまう。
「お、おい……い、いりす?その……ごめんな……?」
ギエナの言葉に反応して、顔を上げきっと睨み返してきたイリスの目には涙が……溜まっていなかった。
あ、怒りにうち震えているだけだった、と気付いたら五臓六腑が凍りついたかのようなおぞましい寒気がした。
「いいから、ハルトを拾ってきなさい?」
聞いたことのないくらい低く冷たい声だった。零下の目をしたイリスはギエナがあけた大穴の外を指差した。
「拾ってきなさい?」
イリスの指と、その先とを交互に見ていると、間髪入れず再度言われたのでギエナは
「アイ!キャン!ふらぁぁぁぁぁぁい!!」
と、叫ぶ他なかった。
普段から塔を登っているギエナにはたしかにわかっていた。
蹴り出した時点、もとい壁を蹴り破った時点で、蹴りの勢いはほとんど死んでいた。つまり、双剣士のハルトとやらは塔の壁を沿うように落ちていったはずのため、大樹をモチーフにしたかのようなこの塔の、枝葉のように伸びている無駄な装飾のどれかにひっかかっている可能性は高い。
少なくともどの装飾もすり抜けて地面との邂逅を果たしているなんてことはないだろう。
中程まで塔をおりたところ、果たしてハルトはそこにいた。
まるで高いところに上ったはいいが自分で降りられなくなった猫のような体制で枝から力なくぶら下がっていた。
「敗者に何の用よ……」
ハルトは誰かが来てくれたことに一瞬期待を持ったように見えたが、それがギエナだとわかるとすぐにしかめっ面をした。
「ここからの眺め、嫌いじゃない」
「だから来たっての?……言い訳にしても馬鹿じゃない?」
ひどい言われようだった。まぁ言い訳としても世間話の切り口としてもひどいけれども。
「それに回りくどい言い方。ゲームの中まで何ひねてんだよ。私はお前が嫌いだ」
たしかにひどいが、会話のキャッチボールにはなるようだ。
……帰ってくるのは命を狙った大暴投だけれども。
「俺は自分にまっすぐなお前がうらやましいよ」
素直に言ってみると嫌そうな顔をされた。手を伸ばすとさらに嫌そうな顔をされた。
「……掴まれよ」
「HP1で動けないんですけど。わかれよ」
なるほどね。
瀕死状態ならば、ポシェットのアイテムを使うくらいしか選択肢はない。が、ギリギリ枝に掴まっている状態のハルトはそれもできないし、もちろんシステム手帳を取り出せないので一度ログアウトして、街のゲートからログインしなおすという手も使えない。だからといって手を離してしまえばこのまま落ちてしまうだろうし、万事休すな状態ではあったのだ。
「ったく」
言いつつ、ギエナはハルトの手首を掴んで枝の上まで引き上げる。
「……っ!離せ!誰がお前の助けなんか!」
引き上げ、しかし足場には降ろさず、自分は足場の際に立ってわざと宙に吊るすようにした。
「ほぅ。離していいのか?」
ハルトが信じられないようなものを見る目でギエナを見、下を見て、ぎゅっと目をつむった。今手を離せばどうなるか、ハルトが一番わかっているようだった。
「高所恐怖症?」
「う、うるさい!」
ハルトの可愛い反応がギエナの悪戯心をくすぐったが、仲が良いわけでも知り合いでもないハルトをこれ以上からかうのは得策ではない。
「掴まってろよ」
完全には消せなかった悪戯心でわざとヒールをかけないままにハルトを担ぎ、ギエナは合図もせずに爆蹴を放った。
「きゃぁ!?っってどこ触ってんのよ!?ちょ、ちょ、にゃーー!?」
まるで絶叫マシンにのっているかのような愉快な声が響く。
ちなみにセクハラはしていない。だが、爆蹴は絶叫マシンとは違ってかなり不安定なのだ。例え瀕死状態の懇親のみじろぎでもバランスを崩すきっかけくらいにはなりうる、
「ちょ!じっとしてろ!バランス崩れたら落ちるからな!?」
ヒールをかけなかったのはハルトに暴れられないためでもあるのだ。
言うと、ハルトは借りてきた猫のように大人しくなった。
「そうそう。サブマスターのいう事はちゃんと聞かないとな」
「やっぱ離せバカ!」
一悶着あった。