今すぐここに
高いところだけあって、ここはやっぱりいい風が吹いていた。
少し肌寒く感じるのも今は心地いいくらいだ。下を見下ろしても、エルストレイはまだ昼なのでごみごみとした小さな街しか見えないが、今見るべきは下ではなく上だった。
気持ちのいい大空が広がっていた。
雲は掴めそうなほど近く、空は突き抜けて青い。
例え作り物であったとしても、気持ちいいと感じることには変わりがなかった。
半分くらい消費してしまったMPとスタミナを回復するためにもギエナはその場に倒れこみ、清々しさを十二分に補充した。
「システム、ギエナ」
清々しい気持ちのままさっき投げ捨てたシステム手帳を呼び出し、BBSを呼び出そうとして、やめる。
やはりBBSはやめておこうと、ログアウトの公式HPにアクセスする。
公式HPのランキングを適当に見ていくと、やはりパクスの炎の名前があった。そして案の定、その名前をクリックすると、パクスの炎の詳細ページに飛べた。詳細ページの中に、さすがに賞金に関しての情報は載っていないものの、アジトの場所は載っていた。
「十分だ」
よし、と心の中でガッツポーズを決めながら、アジトの場所を確認した。
この胸の中のやりきれない怒りをぶつける先はもうすぐそこに見えている。
「えーっと、なになに。おぉ、プレアデスにあるのか。えーと、プレアデスの……?」
地図をクリックし、アジト周辺の地図を拡大する。
地図で見ると、プレアデスの中心より少しだけ南東にあった。
運がいい。ギエナの現在地からかなり近かった。
確か、この塔もほとんどプレアデスの中心にあったはずだ。
一度ウィンドウを閉じて、ギエナは自分の現在地も地図で確認してみる。
「おぉ。地図上ではほぼ同じ位置にいんのか」
にっくき敵の居場所が近い。
考えただけで一度おさめた怒りがぶり返してきた。大きな縫い針の剣を抜きそうになる衝動を堪えながら、ギエナは地図を最大限にまで拡大してみる。
「へっ。おかげで愚民どもの好機の目に晒され、俺の貯金も所持金も0にした挙げ句借金まで掴まされた恨み……どうしてくれようか。ってちくしょう!これ以上地図拡大できないじゃねーか!」
どれだけ拡大しても、現在地とアジトの場所はぴったり重なったままだった。しかたなく、アジトの説明を読んでみる。
「ふむふむ、プレアデスで一番高い建物なわけな。なるほど、この資金力にものを言わせて俺に賞金をかけやがったわけだ……。いけすかねー、無駄に豪華な建物に違いねぇ。くっそ、こっちは借金まであるってのによぉ!!」
読んでるとだんだん興奮してきた。
「あぁ、くそ、どこだぁ!?」
とはいえ、そんな建物、記憶にない。
MP,スタミナはとっくに全回復している。このまま塔から飛び降りて走り回ってそれらしい建物を探してやろうかと考えて、塔の端っこで足を揃えたその時だった。
「ん……一番、高い、建物?」
アジトの説明書きには、一番高い建物と書いてある。
そして、ギエナが今いるのは、プレアデスの中で一番背の高い建物だ。そして、地図上ではどんなに拡大しても、ギエナの現在地とアジトの場所はぴったり重なったままだった。
「ってここじゃねーか!!爆蹴ぁぁぁぁ!!!」
わかるや否や、怒りが体を支配していて一瞬自分が何をしたのかがわからなかった。ただ、爆蹴の名前を叫んでいたような。直後、重力が不意になくなり、気付けばギエナは落ちていた。建物の中に。
ギエナは爆蹴で塔の屋根を蹴り破ったのだった。
それにしても滞空時間がやけに長い。おかげでギエナはかろうじて地面を見つけ、着地する体勢を取れた。瓦礫と共に轟音をたてて着地、ヒールも忘れギエナは叫んだ。
「ってこらぁぁ!俺に賞金を懸けやがったのはどいつだぁぁ!!?」
大抵、偉い奴は一番高いところにいるものだ。叫べば向こうから出てくるはずだった。
「ちょ……助けてくれ……」
が、返事は足元から帰ってきた。
見れば、ギエナが立っている大きな瓦礫に埋もれて三本ほど手が生えていた。
考えられる事態は一つ。少なくとも二人以上の人間が運悪く瓦礫の下敷きになってしまったようだ。
しかし、瓦礫の直撃くらいで動けなくなるとは情けない。本当にここはかの有名なパクスの炎のアジトだろうかとギエナは思った。
もしかすると怒りにまかせて間違った方向できてしまったのかと不安になった。
……その可能性は多いにある。
何せ、おそらく三大リングの人間、しかも最上階ともなると幹部の可能性すらある人物たちだ。ならば、瓦礫くらい避けるだろうし、下敷きになったところでものすごい攻撃スキルで瓦礫を破壊、脱出した上で中級者のギエナに報復することくらい容易いはずなのだ。
助けるのも忘れて呆けていると、すぐ側にいた黒髪の女剣士に舐め回すように見つめられていた。お返しに、というわけではないがギエナも女剣士を観察する。
黒髪に隠れてよく見えないが、ティアラをつけている。
多分、あれは高い物だ。
白銀の鎧をつけているが、肌の露出は少なくないので、重装というよりかは軽装に近く、腰に細剣を差しているため、おそらくスピードを武器にした剣士なのだろう。見たところ、装備はどれも知らない物だが上物で、中級者程度には見えない。加え、パクスの炎の幹部と言われても納得できる雰囲気を持っている。
目が合うと、笑いたいんだけれど素直に笑えないといった風な顔をしているものの、この黒髪の女剣士に本気で凄まれたら多分ギエナはたじろいてしまうだろうことが予想できた。
「あの……そろそろそこ、どいてやってくれないかな?そいつら、戦ってるところに瓦礫が落ちてきたから多分HP1なんだよね。ここは非戦闘エリアだから死ぬことはないんだけど、そのままじゃあ動けもしないだろうし」
なるほど、それならば瓦礫ごときで動けなくなるのも納得できる。非戦闘エリアなら戦闘スキルも使えないし、瀕死状態では行動もままならないだろうからだ。
「運が悪いのな、こいつら。しっかし大きな瓦礫だこと。ってやったの俺か。……いや、でも敵だからいいんかね……。や、でもやっぱり真剣勝負に水を差したってのは……」
一人ぶつぶつ言ってみたものの、結局曖昧な罪悪感に負けて大きな瓦礫をもう一度爆蹴で蹴りどかしてやった。
と、ここで発見。
両足での爆蹴を使う際、左右の足で逆方向に力を入れれば吹っ飛ばないで踏ん張ったまま蹴りを繰り出せるではないか!
が、思いつき自体は悪くないのだが、バランスが崩れて結局地面にたたきつけられた。
「君、おもしろい技使うね。見た目だけじゃないわけだ」
「待て。それは見た目だけじゃなく中身もネタということか?」
立ち上がり、自分にヒールをかけているところで、不意に名前を呼ばれた。
「ぎぃえなぁ?」
地獄の底からの使者の声かと思った。
恐怖にまみれおののきながら振り向くと、そこには鬼の形相のイリスが立っていた。
「イリス……何故ここに」
「こっちのセリフよ!ずっとオフライン表示にしたままでどういうつもり――きゃっ」
イリスに最後まで言わせなかった。
イリスの遥か後ろ、やっと、ギエナはやっと怒りの矛先を見つけたのだ。
何故イリスがここにいるかはわからなかったが、イリスの肩を抱いて後ろに回した。
「下がってろ」
ギエナは玉座に向かって歩く。
近づけば近づくほど、その人物が見間違いでないことを確信できた。
先日、PKKKから助けてやった変な騎士。
「そうか。そういうことか。変な逆恨みで100Mも賞金かけやがって……てめぇ、覚悟はできてんだろうな?」
「ギエナ!?ちょっと待ちなさ――ふぎゃっ」
ちらりと見るとイリスが瓦礫につまづいてこけていた。
くそ、よくもイリスを、との意味も込めてアレイスを睨みつける。
「あぁ。命の恩人よ。その節は世話になった。礼がしたい。できる限りの褒美をとらせたいのだが。それに、そなたを――」
褒美をとらせたい、という上からの物言い――アレイスがギエナの格上の存在であることに違いはないのだが――に、ギエナはさらにカチンときた。
「ほぅ、礼と?だったらリングマスターの座でもよこしやがれ!!」
「む」
というアレイスの声と、ジャキリという武器を構える音は同時だった。音の方を見ると、双剣を構えた青髪の少女が立っていた。
「リーダー、試していいんだったよな?」
試す、という言葉にさらにギエナが反応する。
試すなんて言葉、自分が絶対に負けないと思っていなければ出てこないはずだ。
「抜け。何なら、私に勝てたら私のサブマスターの座をくれてやる」
青髪の少女はアレイスの言葉を待たずしてギエナに言い放つ。
抜け、と、青髪の双剣士は言った。
掲示板には確か、ギエナが魔法剣士であることが明記されていたはずだ。
「ギエナ、そいつと戦っちゃだめ!」
イリスが叫ぶ。当たり前だ。装備を見たところ相手は明らかに格上の戦士。
ギエナでは勝てないと思っているのだろう。
加えて、ここは非戦闘エリア。攻撃スキルは使えないため、通常攻撃のみでの戦闘となる。ならば、レベル差はもちろん、レベル差がなかったところで魔法と剣を振るうため中途半端にステータスを強化している魔法剣士なんかよりも、純粋に剣を振るうことに特化したステータスを持っている純粋な剣士の方が圧倒的に有利なのだ。装備を見るに、目の前の双剣士は純粋な剣士タイプだ。
「抜け、だって?」
賞金100Mを懸けるという乱暴すぎる呼び出し方に、実力の半分も出せない状況で試してやるとふっかけてくる理不尽な歓迎、ギエナの堪忍袋の緒はとっくにぶち切れていた。
「うるせぇーー!!」
だから、ギエナは武器も抜かず、双剣士に向かって思い切り駆けるのだった。




