一番高いところ
ゲートをくぐり、首都プレアデスに降り立った時からそれは始まった、
メインストリートを歩く。
最初は気のせいかと思った。
メインストリートをはずれ、人気の少ない路地裏を歩く。しかし、ここでも同じだった。
うん、気のせいじゃない。
ギエナはどこにいっても、視線、視線、視線。何故だかあらゆる視線を集めてしまっていた。
路地裏を歩いていた時に、こっちを見ていたゴロツキが武器に手をかけた時点で確信した。明らかに見られている。
歩くだけで?
ネタ装備だからか?
否、いまだかつて、ダンジョン以外でここまで注目されたことはない。
目立ってしまう心当たりはあるものの、その情報は情報屋イリスがきっちり管理しているはずだし、仮にイリスから情報を買った者が誰かに情報を垂れ流すことも有り得ない。イリスは情報を売る人間を選ぶ。イリスの信頼がなければ情報は買えないのだ。
とすれば、何故ギエナは注目されているというのか。
さきほどから断片的にバンビ耳、という言葉が皮肉にもバンビ耳の特殊効果で聞こえていたりする。
どうやらギエナが注目されているのはバンビ耳をつけているかららしい。が。
――鬱陶しい。
爆蹴を使って逃げ出したい衝動を抑え、冷静に行動する。
スキルというものは自分の能力の一部なわけで、ほいほい人に見せていいものではない。戦闘に使うスキルならばなおさらだ。
それに、爆蹴は本来移動のためのスキルのはずなのだが、街中で使うと何故か蹴った地面を破壊してしまうのだ。
妙なとこだけリアルに作ってあるこのゲームでは、街中のオブジェクトの損害賠償を払わされたりする。街の石畳だけならまだしも、もし運悪く建物なんかにつっこんでしまうとギエナの懐など簡単に空っぽになってしまうだろう。
「おい、そこの兄ちゃん、ちょっといいかぁ?」
考え事をしながら歩いていると、いつの間にか狭い路地裏の行く手を、いらつく笑みを浮かべたゴロツキどもに塞がれていた。
「爆蹴」
足が爆ぜ、ギエナは宙を舞った。
ギエナにとって、面倒なことはイリスだけで十分なのだ。
爆蹴を発動させた刹那、何故自分が注目を集めているのかゴロツキどもに聞けばよかったと思ったが時はすでに遅し。それどころか、一難去ってまた一難、危機迫る状況がまさに目の前にあった。
すなわち、これ、どこに着地しよう、と。
のんきにシステム手帳を呼び出し確認すると、手持ちは3kゴールド。
銀行の預金は100kゴールドを切っていたはずだ。失速しつつあるとはいえ、この勢いならば余裕で城壁まで届いてしまうだろう。城壁は魔物の進行を防ぐためという立派な理由で経っているためか損害賠償が高い。おそらく、破壊してしまうとギエナの手持ちでは払えないくらいには。
だが、無常にも打開策が浮かぶ前にギエナは城壁と熱すぎる抱擁を交わすはめとなった。
一際まぬけな音を立てて城壁の一部を破壊、勢いを失ったギエナは次いで重力に従って地面へと墜落した。
「……ひーる」
鼻血を手で拭い、ヒールで治す。
城壁を見上げると、小さくないひびが入ってしまっていた。
外からの攻撃に備えているから内からの攻撃には弱いという設定……とか。
「……まぁひびだし」
それにここも路地裏だ。人がいなくて助かった。もし城壁に激突したところを誰かに目撃されていたら、それこそ城壁を破壊してモンスターを街中に呼び込もうとしていると勘違いされ、お尋ね者になってしまう。ふぅ、と安心しているところにメールが届いた。
[ギエナ様、破壊されました城壁の損害賠償を期日以内にお支払い下さい]
自嘲的な笑みが浮かぶ。賠償金を見ると、やはりギエナの全財産ではギリギリ足りない額だった。とりあえず「支払いますか?」との質問に、「はい」の選択肢を選ぶと全財産が0になった挙げ句、
[ギエナ様、期日以内に不足分を払っていただかなければ、任意の所持アイテムを失うことになりますので、あしからずご了承ください]
とのメールが届いた。おまけに重要なシステムメール故に音声付で丁寧に読み上げてくれた。本当に路地裏でよかったと思う。
「……世知辛い」
小さく嘆息し、すっかり萎えてしまった心でシステム手帳を再度呼び出した。
「一体なんだってんだよ……」
ギエナはいじけたようにその場に丸まり、人差し指だけでメールをチェックしていく。
「まずいってギエナ!早くイリスに言って助けてもらいなって」
「というか本当に何をしたの!?なんでお尋ね者になってるの!?ねぇ!?」
「んん!?」
読み進めていると、非常に気になる一文を発見してしまった。
お尋ね者、と。
「あー、なるほど。俺、お尋ね者になってるわけか」
となると、街中で注目されていた理由、路地裏でゴロツキに絡まれそうになった理由、どちらにも説明がつく。
「って何で!?」
思わずステータス欄を出して確認してしまった。
大丈夫、公式の賞金首になってはいない。もしPKをしたりして賞金がかかってしまったならプレイヤーネームが黄色か赤色表示になるはずだし、ステータス欄のところに賞金が表示される設定なのだ。
よく考えるとギエナはここ最近PKなんかしていないし、唯一心当たりのあるPKKでは賞金首になどなるわけがないからだ。
となると、考えられる可能性は一つ。
誰かが個人、あるいはグループでギエナに賞金をかけたということ。
そっちの心当たりは……ないこともない。
まぁ、考えるよりも調べた方が早いと、ちょうどいい塩梅で目の前にあった掲示板の前に立って、電子画面を起動させた。
「お、た、ず、ね、も、のっと」
検索バーに入力し、お尋ね者の最新の記事を探してみる。
個人に賞金をかけられているプレイヤーの記事は数個あったものの、どれもかかっている額はわずかで、レスも伸びていない。掲示板じゃないのかな、と思った時、気になるスレッドが目に入った。
【賞金を手にするのは誰か!?】
そんな題名のスレが、作成されてから数時間しか経っていないにも関わらず何百ものレスをつけている。ギエナはうれしくない確信と共にそのスレッドを開いた。
「バンビ耳、悪魔のくるくるしっぽ、鍵剣を腰にさしつつも装備は大きな縫い針の剣、ネタ装備者にご用心!!」
声高らかに言いふらされているのは明らかにギエナの特徴だった。
「ちょっ!それやばいって(笑)」
「強いの?」
「注・パクスの炎のリーダーに手を出したようです」
「TUEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!」
「その装備で!?馬鹿なの!?」
「そいつって何レベル?」
「↑わかったら苦労しない」
「とりあえずデスペナ10エリアでもネタ装備で闊歩してるそうです」
それに、途方もとりとめもないレスが続いていた。
「ほっとけよ……」
途中から読むのをやめ、惰性でページを進めるだけになっていたが、
「というか、ネタ装備で街中を歩く奴が増えてんだけど」
「どれが賞金首だよ(笑」
進むにつれて、ギエナにとって都合のいいレスが見えてきていた。
「バンビ耳発見♪首都だよ。つかまえたらいいのかな?」
「パクスの炎まで連れて行かないといけないんだろ?もし偽物だったら……」
「KOEEEEEEEEEEEEEEEEEEE―☆」
賞金をかける対象の情報が装備だけと曖昧なもので、謎の便乗犯の出現も手伝ってプレイヤーたちは明らかに特徴が一致する人物を発見しても強行突破にはなかなか踏み出せないようだった。
つまり、目立つことには変わりはないが、とりあえず街中を歩けないほどの危険はなさそうだった。ふぅと安堵の溜息をついて電子画面を閉じようとすると、スレッドの最後にリンクが張られていることに気付いた。
【探し人】
どうやらここがネタの元のようだ。すぐさまその記事をタッチして読み込んでいく。
【人を探している。バンビ耳、悪魔のくるくるしっぽ、大きな縫い針の剣を装備していて、さらに鍵剣を腰にさしているある人物を探している。詳細は不明。型は魔法剣士。レベル帯はおそらく上級から上。キャラ名すらわからないが、見つけてくれた人にはパクスの炎から100Mの賞金を出す】
スレ主の名前はルーン=アレイスとなっていた。当然知らない名だが、パクスの炎には聞き覚えがあった。
「俺に……100M?」
1Mで1ミリオン。つまり100万。100Mで1億。
待て。何故に、100Mもの賞金がかかっているというのか。
否、確かに、100Mをかけてもいい情報を、俺は持っているのかもしれない。
夜車道の倒し方。
それがあれば、エルストレイ中の話題をかっさらうのは容易いからだ。
だが、それはやはりイリスが管理しているはずで、そもそも100Mも出せるならイリスから直接買っているはずである。しかも、100Mを払うのはギエナにではなく、ギエナを見つけた者にだ。
これではギエナから情報を引き出すのにまたお金が発生することになる。これでは、本当にギエナを見つけることのみが目的のように思えて来るではないか。
しかし、100Mの賞金をかけられるようなインパクトのある出会いは未だかつてしたことがないのも事実。
逆に考えてみよう。パクスの炎についてだ。
ここがギエナに賞金をかけているのは間違いない。
そして、この名前にギエナは覚えがある。
覚えがあるといっても関わった覚えは一切ないから、おそらくこのパクスの炎とは何かすごい有名なリングに違いない。
加え、ギエナごときを探すのに100Mも出せるような財力を持っている。
――普通、個人がかける賞金額などせいぜい2、30Mくらいのものなのだ。公式、非公式含めて100Mの賞金首など、歴代二位に食い込むほどの額だ――
さらに、BBSの書き込みもどことなく偉そうだったのに文句や注意のレスが一つもなかったし、一昨日の書き込みであるにも関わらずすでに町中に広がっているという影響力に、エルトナがギエナの最大の天敵であるイリスに助けを求めろといってしまうような相手。
ここから推察される相手は、どう考えてもログアウトの三大リングのどれかのような気がしてきた。そしてますます何故賞金がかけられているのかという事実かわからなくなってくる。
だとしたら。
「だったら、本人に直接聞いてみるしかねぇよなぁ?」
やりきれない憤怒の笑みを浮かべるギエナの目が鋭く光る。
手早く掲示板を閉じ、システム手帳でBBSを開いた。
ちなみにBBSと掲示板の違いは、掲示板はゲーム内にある各地の掲示板から、自分のキャラ名を明記した上でないと書きこめないのに対し、BBSはネットからなら匿名希望でどこでも書き込めるといったところだ。それ故、BBSの方が圧倒的に情報量が多かったりする。
パクスの炎、と検索する。――600件ヒットした。
「って、やってられるかっ!!」
思わずシステム手帳を床にたたきつけてしまった。
あぁ、もうだめだ。今日はクールキャラのクの字もない。
「やっぱ行くか」
こんな時はやはり一旦落ち着く必要がある。
ギエナは一旦考えることを放棄してプレアデスの中心を見上げた。
そこに、プレアデスの中で一番高い塔がそびえたっている。何の建物かは知らない。まともに入口から入ったことなんてないのだから。
それでもその塔をお気に入りの場所と呼ぶのは、
「爆蹴!」
狩りの後、することが思い浮かばない時、エルトナとウィスパーで駄弁っている時、時々、こうして爆蹴でてっぺんまで登りプレアデスの風景を独り占めするからだった。
幸い、塔のてっぺんは展望台ですらないただの屋根なため、誰かにエンカウントする可能性は皆無といっていい。ギエナ以外の訪問者は未だかつてあったことがない。
おまけに、そんなにプレアデスで一番高いということを強調したかったのか、他の建物が比較にならない程背が高いので、屋上でのんびりしていても誰の目にも入る心配はない。
大樹の枝葉のように荘厳に施されている無駄な装飾を足場に、ギエナは加減した爆蹴を繰り返していく。
夜になれば街に明かりがともる。その風景が、また格別なのだ。
まだ見ぬいつもの風景に思いを馳せながら、ギエナはプレアデスのてっぺんを目指すのだった。




