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まっ赤な苺――「うるせーな、テメェ! だまんねーと、今度から恋愛対象としてみるぞ!」

作者: 壺中天

「うるせー、うるせー! テメェ、うるせーんだよ!

だまんねーと、今度から恋愛対象としてみるぞ!」


 あのとき僕が何をいったせいか、彼女が何故そんなに怒ったのかよく覚えていない。

 ただ、いちごのようにまっ赤になって、涙ぐみながら怒鳴る、彼女の表情だけが、鮮やかに脳裏へ残っている。

 汚い面皰顔にきびづらだし、本当はみっともなくて、滑稽こっけいなはずなのに――。

 それがすごく綺麗に思えて、僕はうっかり見蕩みとれてしまった。



 彼女はいわゆるスケバンで、一年の同じクラスだった。

 先輩と呼ぶと嫌そうだが、僕は気づかないふりしてた。

 出席日数がたりなかったのか進級できなかったらしい。


 目付きの悪い女だなとみていたら、目が合ってしまい目を付けられた。

 はやいはなしパシリにされた。

 彼女は横幅と迫力がある。

 ひ弱で小柄な僕に、逆らえるわけない。


「オレよりかわいいなんて赦せねえ!」

 たいていはだれだって君よりかわいい。

「なよっとして、女みたいくてキモイ」

 僕だってなれるんなら男っぽくなりたい。

「いまさらそんなんなったらキメェよ」

 どっちみちキモイのかよと殺意を抱いた。


 よく殴ったり蹴ったりされた。

 派手にふっとぶわり痛くなかった。

 手加減くらいはしてくれてるのか。

 きっと、僕が殴られなれたせいだ。


 蹴られるとパンツがみえる。

 案外かわいいのをはいてる。

 柄が横に拡がりすぎてなければだけど――。

 それに汚い。昨日もはいていたやつだ。

 お気に入りなのか糸がほころびている。

 機嫌がわるいのは生理中のせいだとわかったりもする。

 むだ毛の処理くらいはちゃんとしたほうがいい。



 厚顔無恥、粗暴粗悪。あつかましくて恥じらいもなにもない暴力女。

 僕は一人っ子だったし、女の子はもっとかわいくて綺麗なものだと思ってた。

 こんな不潔でだらしない生物なまごみだなんてしりたくなかった。



 それが彼女のあの表情をみたとき、これまで抱いていた嫌悪感が、全部好意に逆転してしまった。


 両手で口をふさぎ、彼女はくるりと背を向けた。その首筋まで赤い。

「ヤベー! いっちまった、いっちまったよ。どうしよ、どうしたらよかんべ?」

 なんて、わたわたして呟いてる。

「――先輩?」

 僕はおそるおそる肩にふれた。

「ヒャワワ―――ッ」

 彼女は 変な声を上げて、ダダーッと駆け去っていく。


 放課後の校舎裏。夕暮れの空に秋茜あかとんぼが飛んでいた。

 ぼうっとしてずっとそこにたたずんでいたが、自分がパンツを汚していることに気づいてわれにかえった。

 ビビってチビったのか、それともほかの何かだったのか、ここではいうつもりない。

 



 そのときの彼女が僕の嫁さんになっている。

 いまはだいぶほっそりとしている。そのままでもいいと僕がいうのに、ずいぶん頑張ったらしい。

 面皰にきびのあとが月面みたいな痘痕あばたになってのこってしまってるけど気にならない。まっ赤になった顔が、僕にはとてもかわいい。


 抱き寄せた彼女の唇は甘い香りがした。

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