三
(もうすぐ宇宙港から発着場へ連盟から連絡便がやってきます)
はてなさんは空を指差しにこにこした。前髪がもっさり顔の上半分を覆っているので唇あたりで表情に見当をつけるほかないが、まず間違いなくドヤ顔である。
「それで今日は賑やかなんだね」
(はい。人類拡散連盟の加盟惑星からたくさんの囚人が送られてきます。今回は死刑囚より無期懲役囚が多く、罪状は所属していた国により――)
自分の知るところを説明するのが楽しいらしい。キ神の輪を通じてデータを送ってくればよいのにわざわざ話しかけてくる上に妙に早口だったりもする。コウジと吹雪丸が寝そべるゴメズ楼の側を人々が語り合いながらがやがや通り過ぎる。出迎えや受け入れ準備があるのだろう。そういえば、とコウジははたと気がついた。
「はてなさんは今日、忙しくないの?」
(――ちょっとだけ)
はてなさんはふい、と顔を背けた。前髪で隠れていない顔下半分から推察するにこの機人類の複製人格はどうも拗ねているように思える。
「忙しいけどぼくらに会いに来てくれたんだ。――ありがとう」
(どういたしまして。今はちょうど時間が空いているのです)
コウジが礼を言うと、目の前でふわふわ浮く貧相な身体がもにゃもにゃくねくねよじれた。口もとに笑みが浮かび、灰色がかり透けた頬がほんのり赤らんでいる。照れているようだ。あまりに胡乱な様子なので隣の吹雪丸の三対の耳がすべてぴくぴく落ち着きなく動いている。しかし少々慣れてきたのか、吹雪丸は威嚇したりあからさまに怯えたりしなくなった。
(今回送られてくるのは囚人だけではありません。――連盟の役人も来ます)
「会議か何か?」
(いいえ。連絡のために常駐する人員がひとり、だそうです)
「確か、ナラクって辺境なんだよね。へえ――」
辺鄙なところの営業所に駐在して営業も管理も何もかもひとりでこなすというのに近いのだろうか。元の世界でコウジが所属していた会社の業務内容は法人向けソフトウェア開発、販売で顧客はだいたい都市圏にいる。営業所も当然都市圏にしかなかった。だからひとり駐在さんというのが想像できない。コウジの脳内で連盟からやってくる役人のイメージが――僻地勤務を押しつけられ、単身赴任を余儀なくされるような――苦労性のおじさんになった。新しい環境に放り込まれるとなればきっと心細いだろう。
(この役人さん、どうも変な感じがします)
「そうなの?」
(マレビトさんの権限では触れることのできない情報が含まれるのでお話しできませんが)
「ふうん――」
コウジは身体を起こし、飛行船発着場へ目をやった。古びた飛行船が一隻、そして塔の周りにカートや人が集まっているのが見える。
(あの塔は空の高いところ、惑星ナラク軌道まで伸びています)
はてなさんが嬉々として語りはじめた。塔は宇宙港とナラク地表を結ぶ軌道エレベータなのだという。
(連絡便が到着した後、囚人たちも連絡係の役人さんも検査やキ神の輪の処置のためしばらく――おそらく夏の間中ゴメズ楼地下に隔離されます)
「ああ、疫病とかいろいろ心配だもんね」
(ええ。新旧両型水痘の予防接種も。――あの、マレビトさん)
「うん?」
はてなさんは言いよどんだ。
(いいえ、その――なんでもありません。そろそろ時間ですので)
「うん、またね」
(はい)
くねくねと嬉しそうに身をよじり、はてなさんはふっと姿を消した。
「何か言いたそうだったね」
「わふ」
くわあ、くわあくわあと三つ頭連続で大あくびして吹雪丸はコウジの隣で寝そべった。コウジも腕枕でつらつらと飛行船発着場を眺める。塔をゆるゆるとエレベータが降りてきた。
「あれがはてなさんの言っていた連絡便かなあ」
「わふ」
吹雪丸は目を開けず答えた。この問題に関心がないようだ。
――ぼくらには関係ないか。
送られてくる囚人の罪はそれぞれだが一様に元の惑星に帰れない契約になっていると聞く。ともに生涯をここで暮らすことになった身なのだから仲良くしたいものだ、などとコウジは毒にも薬にもならないぼんやりした感懐を抱いた。
* * *
その頃飛行場発着場で、橘は近衛のひとりとして王の側近くに控えていた。
ゆるゆると減速しながら降りてきたエレベータが塔基部に到着した。兵士と医療部の馬頭人がエレベータ内部をスキャンして確認する。しばし作業が行われた後、エレベータのドアが開いた。狐頭の青年が外へ出てくる。ほっそりとした体型で若々しい。
――若いと言うよりむしろあどけないような。
自分と年齢が近いかもしれない。そんなに若い者が連盟からナラクに関する全権をゆだねられているのか。しかし幼い外見に反して、狐頭の囚人管理官のエレベータから降り立ち周囲を見まわす目――兵士の装備やカートなどを素早く確かめる目つきは鋭い。ふ、と青年管理官の視線が王の顔に向いた。
吸う。吐く。
呼吸一回の間、狐顔の青年が王をじっと見つめる。気づいたのは橘だけでない。囚人管理官の王を値踏みする不躾な視線に他の近衛たちもざわりと色をなした。王は狐頭の青年に温度のない視線を据えたまま
――かまうな。
片手で近衛をいなした。
「……」
不自然に間が開く。王がじっとして動かないのをたっぷり時間をかけ確かめたのか、狐頭の青年は渋々といった態で歩き出した。距離を取って王の前に立つ。
「人類拡散連盟政策機関よりまいりました。ヨウ・アローペークスと申します」
隣の近衛の、槍を握る手に力がこもる。
――王の前で跪きもせず、あまつさえ名乗るとは……!
――落ち着け。
橘は同僚の袖をそっと引いた。
「管理官どの、遠路はるばるようおいでになった」
王が無表情に応じる。
「せっかくのご挨拶だが、名乗りは我がナラク王国においてつま恋を意味する行為でな。――いたたまれない思いをする者が多いのでやめていただきたい」
「これは失礼を」
「いずれ慣れよう」
軽くであってが狐頭の管理官は頭を下げた。
王が踵を返し目配せするのに応え、馬頭の頭領と牛頭翁が進み出てあとを引き受けた。
きびきびとした足取りでナラク宮へ戻る王に随い橘も歩き出した。
――嫌なやつだ。
王を値踏みするその目、他国の国主を見下し、それを押しつけようとする態度――橘は管理官への怒りを抑えるのに苦労した。隣の同僚もむっつり黙ったまま歩いている。
――いかん、落ち着こう。
他人が自分より動揺したり怖がっていたり、心を動かしていたりすると却って少し冷めるものだ。橘もふっと心中の怒りと距離を置いた。
――これからどうなるんだ。
それでも不安はきざす。嫌悪や差別、悪意を隠すこともしない浅薄な者を寄越す人類拡散連盟の意図が読めない。首に刃物を当てられたような、「フリだけだから」と遊びであてられた刃で誤って切られるのでないか、いやまさかそんな馬鹿な、と自らの思いつきを恐れるような、橘はひんやりとして輪郭の曖昧な危惧を心の奥底にしまい込んだ。
* * *