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 春祭りが過ぎると一気に夏がやってくる。寒冷化した惑星ナラクは居住可能領域が狭い。ナラクシティは赤道直下にあるがそれでも東京よりずいぶん気温が低い。だからだろうか。長い長い冬を経て人も動物も植物も短い夏を満喫する。木々の葉や草が一気に萌え出て花が咲き乱れ、動物たちが森で憩う。


――のんびりしてるようで忙しなくもあるなあ。


 休みをもらったコウジは掃除やら洗濯やらを済ませ、吹雪丸を誘いゴメズ楼の屋上、透明なドームを囲う草屋根に来ていた。夏になると女たちが交替で馴鹿(じゅんろく)を連れ遊牧へ出かける。近場の森や草原ばかり遊牧していると馴鹿が餌となる草や苔を食べ尽くしてしまう。だから党ごとに当番を決めてかなり遠くへ遊牧に行く。中には夏中帰ってこない者もあり、ナラクシティは人が減っていた。しかし今日は珍しくゴメズ楼脇のシティ表門に通じる路地から行き交う人の話し声やカートの駆動音がひっきりなしに聞こえてくる。


「――賑やかだねえ」

「わふ」


 隣で寝そべり半分目を閉じていた吹雪丸が「呪うぞ」と言わんばかりの迫力満点般若フェイス三つのうち二つをもたげた。「お前の目玉はおやつだ、寄こせ」と迫ってきそうな凶悪顔面だがこれは困った顔だ。耳がぴくぴくと落ち着かない様子で動いている。


(今日はね、人類拡散連盟から連絡便がやってくるんですよ)

――連絡便?


 頭の中に直接声が響いてきたのに反射的に念で答えてしまったのだが


(聞こえませんか? キ神の輪、調子悪いですか? お返事してください)


 相手は頭の中に直接囁きかけるのにコウジの念は伝わらない。無精に寝っ転がったまま頭をめぐらせるとつむじの先、ゴメズ楼の透明ドームの上に貧相な人影めいたものがふわふわ浮いている。


「ああ、キ神――さま」

(そんな他人行儀な……)


 貧相な人影、もといキ神はドーム屋根からふわふわとコウジと吹雪丸の前にまわってきた。世界を行ったり来たりするみょうちきりんな病気から開放されてコウジは怪我が瞬時に癒える不思議な能力も失った。その治癒能力には何度も助けられたのだが当然デメリットもあった。外科手術を受け付けないせいでキ神の輪に入れなかったのである。その点をクリアして名実ともにナラクの住人になったコウジはキ神のネットワークを利用できるようになった。アクセス権限もある。生まれながらのナラク国民と同じというわけにはいかず、イノさんやネズさんのように市民生活を許された囚人と同じレベルの権限であるらしいが、ちょっと違うのはキ神とのつながりだ。昨年の春祭りの時にはじめは声だけ、次にうっすらと姿を見せたキ神だがやはりネットワークに入っていなかったからか、はっきりと意思の疎通ができなかった。


(様づけじゃなくて……キ神っていう硬い呼び方じゃなくって――)


 宙に浮いた人影がくねくねと身をよじる。


(はてなさん、って呼んで)

「おおう」

「わふ……」


 コウジと吹雪丸はじり、と後ずさった。


「は、はてなさん……」

(はい!)


 嬉しそうに応えるキ神、もといはてなさんはやはり一年前と同じくすけすけだった。

 顔に重苦しく覆いかぶさる髪は透けすぎて何色かははっきりしないがなんとなく白っぽい。もっさりとした髪型はボブカットといったところではなかろうか。幼稚園児の作業着、スモックの丈をずるずると伸ばしたワンピースのような、飾りのないネグリジェのような、単に袋に袖をつけただけのような性別年齢職業属性がはっきりしない服装をしている。そして裸足だ。足だけでなく手の指も細く肉が薄く、骨ばって貧相なおっさんめいているが男と断定するのも難しい。しかもすけすけ。元の世界にいた頃は「すけすけ」と言えばコウジにとって少々不謹慎な、しかし心躍る要素がそこはかとなく含まれるわくわくワードだったはずだが目の前の「すけすけ」にはわくわくしない。はてなさんのすけすけには不謹慎要素が欠片もない。透過性がべらぼうに高く、隅っこに古びた機体が一隻停まっているだけの飛行船発着場や塔が身体の向こうに透けて見えている。


――なんでこんな外見なんだ?


 情報通信だけでなくナラク王国のインフラ管理を一手に引き受ける高性能な人工知能みたいなものなんだし、せっかく人格があるんだったら「なりたい自分」「理想の私」みたいなイメージなどがありそうなものだが、はてなさんは頑なに前髪がもっさり顔半分を覆う貧相なすけすけ姿にこだわる。謎だ。しかし本人がそれでいいというのだから仕方ない。そしてキ神のメンテナンスを担当する牛おっさんによるとコウジのようになつかれる者は珍しいらしい。


――かわゆいものに囲まれていてうらやましいとかなんとか、おっしゃってな……。


 あまり動じることのない牛おっさんが困った顔をしていたのをコウジは思い出した。


――かわゆいもの……。


 保育所の赤ん坊たちや吹雪丸のことを指すらしい。まだキ神、もといはてなさんの有り体に言えば幽霊っぽい感じに慣れないが、かわいい感覚は近そうだとコウジは考えている。赤ん坊のかわいらしさは、狩人であり兵士でもある武張ったナラクの強面女性たちの心をも蕩かす。しかし吹雪丸の「末代まで祟る」と言わんばかりの強面般若フェイスは人のかわいい感覚を試す。コウジにとって吹雪丸の三つの凶悪顔面はかなりかわいらしいのだが。

 そんなこんなでかわいいもの好きであるキ神は自身もかわいくありたいがしかしなぜか自分の姿を「かわゆい」イメージに変更せず、せめて名前だけでも「はてなさん」と呼ばせたいらしい。


――「はてなさん」って名前、かわいいかなあ。


 はてなさん呼びはコウジだけに許されているとかで、仲良し認定されてうれしいようなそうでないような、複雑な気持ちになった。

 おどおどとねちっこく、すけすけで幽霊めいているがしかしさすがにキ神と呼ばれ敬われるだけある。たまの休み、今日のように吹雪丸とぼんやりひなたぼっこしているときにちらりと現れるだけではてなさんはしつこくつきまとったりしない。


――きっとお願いしてもアクセス権限を甘くしてくれたりはしないんだろうな。


 はてなさんはオン、オフの切り替えをきっちりするタイプに違いない。コウジも今のところ日々の仕事に追われながらキ神の輪に慣れるのが精一杯だ。好奇心に任せてアクセス権限の限界に挑戦する気になれずにいた。


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