一
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人類拡散連盟は、散り散りになったガイア由来人類が再び手を携えることでさらなる進化、進歩を目指し設立された星間組織である。当初は宇宙船で行き来できる範囲の惑星で構成された小規模グループだったが、星間航行技術の発達や物質転移システムの開発に伴い連携の輪が広がり、連盟がつくられた。
連盟の象徴が物質転移門網虹霓である。
虹霓とは、同心円状に連盟銀河をつなぐチューブ状の物質転送システムである。連盟銀河中央より赤輪、黄輪、緑輪、青輪、紫輪の順で遠くなる。虹霓の輪には複数の門があり、周期的な転移潮に乗ることで物質を転送する。連盟が開発した虹霓制御技術は転移門から各星系への物質転送網構築に応用されており、小虹霓と呼ばれる同心円状の転移門網やグリッド状の宇宙船航路が連盟銀河の各星系をつないでいる。
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宇宙空間に巨大な球体がある。球の内側をとぷとぷと光が満たす。その光を潜り、船が現れた。旧型のクルーザーを曳航している。光がリボンのように絡みつくのに抗い曳船が球の外へ進む。光のリボンが諦めたようにぷつり、と切れた。拘束を解かれた曳船とクルーザーを残し、球体内部の光が消えていった。
この球体は連盟銀河辺境のとある転移門である。転移門を脱けた曳船はしばしその場で浮いていたが、転移門付設の宇宙港へゆっくりとクルーザーを曳き移動を開始した。
――やっと紫輪か……。
狐頭の青年、ヨウ・アローペークスが船室のモニターに映された転移門へちらりと目をやった。ヨウは連盟銀河中央の行政惑星から新たな赴任地、惑星ナラクへ向かっているところだ。
「狐の旦那」
曳船の乗組員、蜥蜴族の男が船室に顔を出した。
「アローペークス」
「へい?」
「わたしの名前だ」
「アロ……クス? ――旦那、ええっと、これから先は転移門がないんで途中まで連盟航路をたどってまいりやす」
「そうか」
ヨウがうなずいたのを見て蜥蜴族の男は船室を後にした。
「アローペークスだ」
誰もいない船室のドアに向かい、ヨウはつぶやいた。ともにナラクに向かう囚人たちはヨウと違って個室に入れない。こうして乗組員がわざわざ面と向かって報告に来るのも連盟の役人である自分に対する気遣いだと分かっている。それでもヨウの心は沈んでいた。
赴任地の惑星ナラク、そして惑星ただひとつの国家ナラク王国は人類拡散連盟加入後まだ年数が浅い。こうした惑星は珍しくない。ガイア由来人類が入植したあと、なんとか生き延びたが星間航行技術を維持することがかなわず、孤立する。虹霓の一番外側にある紫輪はまだ転移門が整備されていないところも多い。人類拡散連盟の探査チームがたどり着いた時にはすでに住民が滅んでいた惑星もある。惑星ナラクはそうなる前に人類拡散連盟に加入できて幸いだった。
しかしヨウにとって不運なことに、連盟に加わって年数の浅い辺境惑星だけに情報が少ない。女性体が真人類ばかりであること、人口問題を解消し、外貨を獲得するために試験的に死刑囚や無期懲役囚を受け入れていること、家名や属性で呼び合い、名乗らないこと――情報をかき集めてみてもヨウにはナラクがどんな場所なのかはっきりとイメージできなかった。突然ひとり、故郷からも栄達の場と定めた連盟行政惑星からも離され鋭利な刃物と形容される思考力、判断力が鈍っているのかもしれない。ただ分かるのは
――自分の名前を呼んでくれる者がいなくなってしまう。
このことくらいだった。
三日か、一週間か。一ヶ月かもしれないし、数年かもしれない。紫輪最後の転移門を通過してからどのくらい経ったろう。時折訪れる蜥蜴族の男の他に話す者もなくひとり過ごすヨウは時間の感覚を失っていた。
「狐の旦那」
蜥蜴族の男が船室へやってきた。
「囚人が死んじまいやした」
「なんだと――?」
「全員じゃありません。ふたりだけでやす」
蜥蜴族の男はあたふたと顔の前で両手を振った。
「政策機関へ連絡を――ああ、駄目か」
「ええ。ここいらは虹霓の輪から離れていやすんで、遠隔地への通信には苦労しやす」
まわりくどいが要するに費用が高くつくから政策機関への連絡は許可できないと言いたいのだろう。
「分かっている。規定通り記録を取った後、死体を船から射出しよう。政策機関への連絡、届け出はきみたちに任せる」
「了解しやした。――あのう」
蜥蜴族の男はもじもじと身をよじった。
「あとしばらくで最後の宇宙港に着きやす。そのときに――」
「囚人たちは睡眠処置されるのだろう? 計画通りだ」
「ええ。そしておれらの本船はこの船を切り離しやす」
「その宇宙港の先は自動航行だということだな。それも計画通りだ。問題ない」
「はい、はい。それでは手前はここで失礼いたしやす。――狐の旦那、どうぞお健やかに」
蜥蜴族の男は深々と頭を下げ、船室を出て行った。
「わたしの名はヨウ・アローペークスだ」
狐頭の青年はうつむいた。
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