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そしてぼくは道を踏みはずす (二)  作者: まふおかもづる
第六章

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6/9

 農場に行くイノさんとゴメズ楼の前で分かれ、コウジは紫五家の若衆と肩を並べナラク宮の保育所へ出勤した。顔を合わせなかったのはナラク時間でたかだか二週間程度なのだが、自分が元の世界に戻ったり寝込んだりしていたせいか、美しい同僚の雰囲気がずいぶん変わったように思えた。


「そんなにじろじろご覧になって……わたくしの顔に何かついてます?」

「ええっと――目とか鼻とか」


 次姉の奈美あたりに言えば答えより先に鉄拳が返ってきそうな言だが、紫五家の若衆はおっとりと微笑んでいなした。


「まあ。変わった冗談ですのね」


 ほんとうは「前よりずっときれいになったね」と言いたかったけれど、コウジは呑みこんだ。ほんの少し前、春祭り前まで紫五家の若衆はコウジにつま恋しようとしていた。きっと気まずくなる。黒髪の美しい女が道へ視線を落とした。


「マレビトどのへのその――つま恋が解禁になったのだと聞きました」

「えっ? そんな情報まで共有されちゃうの?」

「共有というわけではないんですがなんというか、今までつま恋が禁止されていたということが知られていなかったというか」


 うつむいた顔を長い黒髪が隠した。


「わたくしは以前馬頭の頭領様からそのお話をうかがいましたので、事情が変わったことも教えていただきました」

「うん。そうなんだ」

「それでは黄三家の新当主どのと?」

「うん。すぐじゃないんだけどいずれは、って話になった」

「それはようございました」


 顔を上げた女がにっこりと笑った。


「ほんとうに、ようございました」


 (かげ)りを払った笑顔は年齢より少し幼く見えた。顔の造作などまるで違うはずなのに東京にいた頃見かけた女子高生とそこはかとなく似たところがある。どの女子高生、というわけでなくすれ違う時ふと目についた笑顔だったり、頬にかかった髪を払う指で隠れかけた唇だったり、――かわいいなと思わせるところが似ている。かわいいから手に入れたいというより、美術品が展覧会で公開されるのを鑑賞するのに近い感覚だ。紫五家の若衆は以前よりかわいらしく、美しく見える。しっかりと大事にされていることで自分とははっきり線引きされた場所にあるからこそ安心して「きれいだ」と思える。


「保育所ですが、今日は全員来る予定になっています。――ああ、ちょっと元気のない子がいますけど」

「風邪?」

「ええ、流行りそうです」

「医療部にも連絡しておこうか。病児保育の体制も整えなくちゃね。着替えとか看病の人手も足りるかな――」


 これからはここナラクが自分の日常だ。コウジはナラク宮に入る前に空を仰いだ。明るく濃い青空に雲が浮かんでいる。



     *     *     *



 ナラク宮、会議室。握った拳を唇にあて、王が長考している。王の補佐であり各党の長でもある七名もそれぞれに考え込んでいる。


「母上においでいただこう」


 王が顔を上げる。緑輪党の長が動揺を露わにした。


「な……なりませぬ! おおきみには反逆の――」

「緑輪の、やめな」


 赤輪党の長が制する。緑輪党の長は普段の温和な表情をかなぐり捨て噛みついた。


「赤輪の、貴様何でもかんでも混ぜ返しおって――」

「今混ぜ返しているのはお前だろう。会議の内容はキ神が記録しているのだ。滅多なことを言うな」


 赤輪党の長がぴしりと言い返した。いつもの(はす)に構えた態度とは違う。低くすごみのある声で王に問うた。


「全部が全部緑輪のに同意するわけではありませんがわたしも気がかりです。――わがきみ、ほんとうに?」

「うむ。手が足りぬ。――母上」


 王がこめかみに指をあてた。


「すぐにこちらへ。――お願いがあります」


 会議室にいる王の補佐、女性体五輪党、男性体の牛頭、馬頭二党の長たちが張り詰めた表情で王を見守っている。


「おいでになるそうだ。待とう」


 会議室にいる八人の眼前にキ神を経由して会議資料が映し出されている。本来は新しい家族制度についての報告や話し合いになるはずだった。


「どうしたものか……」


 目の前の資料は急遽差し替えられたものだ。人類拡散連盟からの要請と通達文書が並べられている。要請はさらに多くの囚人受け入れについて。これはナラク王国側のキャパシティを考慮した問題ない範囲の増員だ。むしろナラク王国としては望ましい申し出だと言える。連盟通貨の獲得と人口増加計画双方にプラスに作用するからだ。たとえ微々たる効果であっても。


「連絡要員、というのは……?」


 紫輪党の長がメモをとる手を休め、たおやかな指を口もとにあて控えめに口をはさんだ。全員が腕を組み考え込んだ。人類拡散連盟からの通達は行政惑星から連絡要員一名を派遣するというものである。


「獣種アカキツネ族、連盟標準年換算で二十二歳相当の男性。職務は惑星ナラクでの囚人生活管理及び資源開発事業立ち上げ、か――」

「若いですね。働き手としても人口増加計画の被験者としても我が国としては若い者のほうが助かりますが」


 黄輪党の長が小首をかしげた。


「若いだけではない」


 通達文書に目を通していた青輪党の党首が眉を顰めた。


「初等教育から高等教育まで複数回の飛び級、上級行政機関要員養成の学校である連盟中央大学で複数の学位を取得後、政策機関に幹部候補として採用されたとか――若い上に優秀だ」


 牛頭翁が腕組みをしてふとぶととため息をついた。


「こんな転移門も宇宙港も整備されていない辺境になぜそれほど優秀な人材が飛ばされてくるのか」

「問題のある人物のようですね」


 紫輪党の長が通達文書の添付資料に印をつけ全員に示した。


「まずこちら――部外秘扱いですが」


 たおやかな指が示した文書には、連盟から派遣される若者の犯罪歴について書かれていた。背任罪――事業費及び備品の流用により政策機関所有の財産に損害を与えた、とある。


「若いのに……」

「若いからか優秀だからか、この背任罪は秘密裏に連盟の記録から抹消されたようです」

「よく分からんが……囚人として我が国に来るのではないのだな?」

「しかし背任罪を犯した過去、消えた記録をわざわざ知らせてきた、と」


 馬頭の頭領が低くつぶやいた。



 人の声がする。会議室の外が賑やかになった。ばあああん、と扉が開く。入口で仁王立ちしているのは先王だった。黒く丈の長いドレスを着ている。今日も大胆なカットの入ったデザインでもりもりばいんばいんのゴージャスな胸もとを強調している。先王は入室を阻むお供の熟女ソルジャーたちを睨みつけた。


「――やかましい。おのれらが入ると会議室が狭くなろうと何度も」

「しかしおひとりでは危のうございます! われらは御身をお守りしたく――」

「それではひとりだけ」


 今まで言い争っていたのにあっさり譲歩されて熟女ソルジャーたちがきょとん、とした。


「え?」

「どうする?」

「誰が入室するか、ゆっくり決めるがよい」


 にやりと笑い先王は唖然とした顔を並べた熟女ソルジャー全員を締め出したまま会議室の扉を閉じた。



「待たせたな」


 円卓の、現王の反対側の席に腰を下ろし先王はこめかみに指をあてた。


「王よ、概要を」

「はい。――頼む」


 王の目配せで紫輪党の長がキ神経由で資料を示しながら会議のあらましを説明した。ふむふむ、と耳を傾けながら資料に目を通した先王は


「それで? わらわは何をすればよいのじゃ」


 と長年反目してきた娘と視線を合わせた。王も母親を見返し静かに応じる。


「内政を」

「なっ――なりませぬ、わがきみ」


 普段は温和な顔を引きつらせ緑輪党の長が叫ぶ。先王は足を組んだ。


「緑輪の、きゃんきゃん喚くな。反逆がどうたらとか――」


 胸を反らし先王はふ、と薄く笑った。


「正直、興味はある」

「お、おおきみ――!」


 室内が凍った。現王だけが落ち着いている。


「じゃがのう、このようにちっこい国で頭を取るの取らないのとうじゃうじゃしたところで詮ない、詮ない。――あ、外の連中には内緒にしてたもれ」


 ほほ、ほほほ。指先をのけぞった顎にあて、先王が笑った。


「内輪もめなんぞで遊ぶ暇はないわ。――さて内政とな、相分かった」

「頼みにしております」

「うむ。――久しいのう。さあて、働くとするか」


 先王は不敵に笑った。普段のしどけなさが鳴りを潜めている。



     *     *     *



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