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 東京で春から夏を過ごしたけれど、こちらナラクは春祭り二日目のままだった。一年かけて――コウジの体感時間はもっと長いが――橘との距離を縮め、紆余曲折の果てにやっと思いを確かめ合ったというのに


「さあマレビトどの、シティへ帰るぞ」


 王様に「早く準備しろ」とばかりに急かされた。


「いやそのあの、春祭りですので……」

「確かに今は祭りだがそれがどうした」

「せめて一泊ぐらいはここで……」


 コウジはちらりと橘へ視線を投げた。橘はシティへ帰ることにためらいがないのか、吹雪丸にハーネスを装着しカートと繋いでいる。


――王様、察してください。

「呆れたな、祭りボケか。ついさっき鬼熊が現れたのだぞ。こんな危険地帯に天幕など張れるか」


 察してもらえなかった。むしろずばっと斬り捨てられた。しかしすぐに「ああ」と王の厳しい表情が幾分晴れた。


「もしかして検査の結果が気になるのか。大丈夫だったぞ。隔離の必要はない。マレビトどのを我がナラク王国へ正式に迎えられることになった。改めて歓迎する」

「ありがとうございます」


 言いたかったのはそれじゃないのだがありがたいことに変わりないのでコウジは礼を述べた。王様は話は終わったとばかりにうんうんとうなずき、牛おっさんと馬頭の頭領のもとへ戻りきびきびと帰り支度を始めた。


――仕方ない。


 コウジは空の背嚢(はいのう)を拾い上げ、橘のカートへ向かった。


「コ……マレビトよ、乗るか」

「うん、乗せてもらえると助かる」

「では背嚢は荷台へ」


 橘に名前を呼んでもらえなくて心が沈む。だがうじうじしたところを見せて()ねても仕方ない。言われたとおり背嚢を荷台の箱にしまい、コウジはカートに繋げられた吹雪丸の前へ回った。大きな三つ頭が近づいてくる。わしゃわしゃとそれぞれに撫でコウジはふかふかとやわらかな白とグレーの毛に顔を埋めた。


「これからはずっといっしょだよ」


 吹雪丸がくふくふと鼻を鳴らし応える。あたたかい。



 一年前と違い天幕の撤去などがない分、帰り支度はすぐにできた。


「よし、帰ろう」


 王様の声がかかり、四台のカートに分譲してシティへ戻る。馬頭の頭領が駆る馴鹿(じゅんろく)を先頭に、橘とコウジの乗る吹雪丸が引くカートが行列の殿(しんがり)をつとめる。森を白茶けた小道が貫く。一本道を進むカートの駆動音、馴鹿の蹄が地面を蹴る音、吹雪丸の息づかい。背中に感じる橘のやわらかな重み。一年前と同じようでいて違う。


「マレビトよ――コウジ」


 橘が耳もとで囁いた。


「今すぐというわけに行かないのだがその、いずれ――お前につま恋したいと思っている」


 コウジは驚いた。あの厳しい祖母をして堅物と言わしめた少女が、予告に過ぎないと言えつま恋を申し出るとは。自分を抱え込み手綱を握る橘を振り向く。橘がちらりと目を合わせまぶしげに微笑み、また前方へ視線を戻した。


「私はまだ若い。頼りにならないだろうが――」

「待ってる」


 少女の赤い頬にコウジは唇を寄せた。


「待ってるよ、橘」


 頬。唇。やわらかくあたたかく、吐息が絡む。

 一年前と違い今回は緊急事態ではない。一行はあたたかな春の光の中、ゆるゆると森の道をナラクシティへ向かった。




 カートを降りると、馬頭の頭領がやってきた。


「さて早速手術しようか」

「はい?」


 今日もきらっきらのイケメンっぷりだがさわやかな口調で繰り出される言葉の意味が今ひとつ理解できない。コウジは首をかしげた。


「マレビトどの」


 牛おっさんもやってきた。


「ナラク王国の民となるからにはキ神の輪に入らねばならぬ」

「はあ、それはかまいませんが」


 必要であればその輪っかとやらに入るのは(やぶさ)かでない。しかし輪っかに入ることと手術に何の関係があるというのだろう。


「うむ、そうか。では馬頭の、頼んだ」

「はい、牛頭翁(ごずおう)。お任せください」


 細マッチョ馬イケメンが嬉しそうにがっしりコウジの肩を抱く。


「さあマレビトどの、まいろう」


 コウジは引きずられるようにナラク宮へ連れて行かれた。橘と吹雪丸がずんずん遠のく。


「あっ、あのっ、馬頭の頭領、どちらへ」

「ナラク宮だよ? ――ああ、マレビトどのはしばらくここを離れていたんだっけ。忘れちゃった?」

「忘れませんよ、覚えてます。ぼくが言いたいのはそう言うことじゃなくて」

「手術はね、医療部でするよ? ――準備は? うん、よろしく」

「へ?」


 馬頭の頭領がこめかみに指をあてる。噛み合わない会話の最中も歩みを止めない。


「――ああ、失礼。今ちょうどね、キ神の輪を通じて通信が入ったんだ。手術の準備、ばっちりだよ」


 そう言えばナラクの人々がときどきこめかみに指をあてて立ち止まったりぶつぶつ言っていたりするのを見かけたことが今までも何度かあった。


「キ神の輪って便利なんですね」

「そうそう、そうなんだ。わたしたちナラクの民は培養ポッドの中で処置されるから覚醒前にキ神の輪に入ってるんだけどね。あとからナラクの民になる人たち、たとえば囚人がそうだね、かれらは外科手術が必要なわけ」

「ぼ、ぼくも?」

「当然そうなるね。手術はすぐ済むんだけど、予後の経過観察とか睡眠学習とかもろもろで一週間は入院かな」

「い、一週間も?」

「何か問題あり?」


 春祭り終わっちゃう。せっかくの休暇だ、つま恋がすぐには無理でも祭りの間せめてもうちょっといちゃいちゃしたい。強引に医療部へ連れて行こうとしているこの馬頭の頭領は気の多い熟女と長期間恋愛していて今はまったりモードなのかもしれないが、自分は違う。もろもろのしがらみを乗り越えこれからやっといいところだっていうのに――。


「いいえ、問題ありません」


 郷に入れば郷に従え。その郷に入るためにキ神の輪とやらに加わろうじゃないか。春祭りで人の少ないナラク宮を医療部へ向かって引きずられるように歩きながらコウジは腹を決めた。


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