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「Defend this place」

 蝉が五月蠅く泣き喚く。茹だる様な、夏だった。


「……あれぇ、世露君は?」


 いつもと同じ9時30分、あの日と同じ向日葵畑の中で俺達は待ち合わせをしていた。


「……?そう言えば、遅いな……」


「麗奈、世露君知らない?」「貴女と一緒に来たのに知ってる筈がないでしょう」「そっかー」


 俺達が、なかなか来ない世露を心配しだした時、



「風紀……!」



 突然、真っ青な顔をした世露が勢いよく走り込んで来た。


「世露?遅かったな。どうしたんだ?」


 そう言ってから、世露の様子が何処かおかしい事に気付き、同じ表情をした麗奈と目が合う。


「……何があった?」


 すると、世露は小刻みに震えながら、


「…………お墓、が」


「墓?」



「……『ユメカ』のお墓が……!」



「……壊されて居たのか?」



 そう言うと、世露はその場にうずくまり、声を殺して泣く。その様子を見ながら、麗奈と目を合わせて、互いに頷く。


「…………世露君」


 麗奈は、いたわる様にそっとハンカチを差し出しながら問う。


「壊されて居たのは、いつ?」


 ありがとう、とハンカチを受け取りながら、


「今朝、お花を供えた時はまだ綺麗なままでした。……でも、お昼ご飯を食べてから行った時には、もう……」


「そう……。辛かったわね」


 麗奈は、後ろに居る世露以上に今にも泣きそうな顔をする夢架を振り返ると、そっと耳打ちする。


「────────で、………………だから」


「……ん」


「宜しくね、夢架」


 そう言って微笑むと、夢架が世露を連れて、向日葵畑の隅へ消えていく。

 思わず追いかけようとすると、麗奈が思い切り足を蹴る。


「いって……「風紀」……おい」


 謝罪の言葉も無い麗奈を睨むと、真剣な顔をした麗奈と目が合う.

 いつもの彼女らしくない、強くて、けれど何処か痛ましげな瞳がゆっくりと此方を射抜く。


「………………なん、だよ」


 その目に、言い様の無い違和感を感じながら問うと、ゆっくりと首を振って


「世露君は朝から昼までずっとお墓に居たのよ?離れたのも、そんなに短い時間じゃないわ。

 その間にお墓が壊されて居るなんて、少し妙じゃない?」


 そう言いながら、麗奈は世露と夢架の様子をちらり、と見る。世露は目元を赤く腫らして、しゃくり上げて居る。


「……だから何だよ?お前は、世露がお墓を壊したとでも思ってるのか?」


 訝しげに問うと、麗奈は不愉快そうに眉をしかめて、思い切り俺の脛を蹴る。

 俺が声にならない叫びをあげて居ると、「そうじゃない」と呟く。


「彼がそんな事をする筈は無いわ。……ただ、何だか妙な感じがするのよ。

 何かを、隠して居る様な感じが」


 俺はちらり、と世露を見る。世露は、しゃくり上げながら、「ごめん」と何度も何度も呟く。


 ────僕の、僕ので……


 ────ち、違うよ!世露君の所為じゃないよ!悪いのは壊した人だもん!


 ────でも、僕がもっといいこだったら……そうしたら、きっと……!



「……考え過ぎなんじゃないか?あの世露が、そんな器用な事が出来る訳ないだろ?」



「……本当に大切な人の事は、何をされても最後まで庇ってしまうものよ。

 ……風紀だって、解るでしょ?」



 その言葉と同時に、鼻の奥に、焼香の匂いが蘇る。白い煙、単車のエンジン音、冷たくなった、大好きだった大きな掌。


 最後の最後まで、俺を信じて、庇い続けてくれた、大切な俺の────……



 ────風紀。大切なものの手は、何があっても離すんじゃねぇ

 もしも離したら、いつか絶対に後悔する


 ────…………だって、もし、俺が離さないと相手を傷つける事になったら?

 そしたら、どうすればいいの?


 ────…………そんな時はな────…………



────………………誰か、信頼できる人を探してみるんだ



「…………世露の、兄貴は」



 不意に、言葉が口をいて出た。世露と、俺の、二人だけの、秘密。

 突然喋り出した言葉に、麗奈がぴくり、と肩を動かす。それでも、黙って俺の言葉を待つ。


「頭の良い人なんだ。有名な大学に通ってる。何でも出来る人だから、家では良く、褒められて居た」


 嗚呼、どうしてこんなにも、簡単に言葉が出てきてしまうのだろう。自分の意志とは裏腹に、言葉が、洪水の様に溢れだす。


 大きく息を吸い込んで、真っ直ぐに彼女の瞳を見詰める。昔、あの人が俺に教えてくれたように。


「世露は良く言ってたんだ。「彼は、とても頭の良い、誰からも愛される人です」って」


「…………それで?」


 何時もとは違う、優しげな声に促されて、言葉が、溜め続けてきた気持ちが溢れる。

 ずっと、ずっと、俺達二人で秘密にしてきた事。お互いに、見ないフリをして、生きてきた事。


「世露の兄貴は、いつも世露を見下していた。「お前は出来損ないだ」って、「お前なんて愛されて居ないんだ」って。

 …………あいつが今、何処に住んでるのか、知ってるか?」


「……自分の家じゃないの?」


 まるで、「当たり前」とでも言う様に呟く麗奈に、「嗚呼、こいつは愛されているんだな」と思う。

 他人よりも、感情の機敏に鋭いけれども、麗奈も基本的には、愛されている。


「あいつは、祖父の家に預けられているんだ。あいつの兄貴の留学期間が一年間で、両親が付いて行くから、って。

 ………………それを言われてから、もう三年も経つ。……お前なら、意味が解るだろ……?」


「…………捨てられたのね、彼は」


 苦痛に耐える様に顔をゆがませながら、麗奈がぽつり、と呟く。泣きだしそうな瞳の中で、ただ真っ直ぐ前を見詰める視線だけは、変わらなかった。

 その姿を見た時、不意に、その事を話してくれた時の世露の姿と、麗奈の姿が重なる。


「……お前も、泣かないんだな」


 麗奈の姿を見て、思わず口から言葉が零れる。嫌みではなく、単純に言葉が滑り落ちた。

 すると、麗奈が長い髪を耳にかけて、


「彼が今泣かないのなら、それは私が泣くべき事じゃないわ。実際に、その立場に立っている彼が泣かない限り、部外者の私は泣かない。

 それは、同情の皮を被ったエゴだわ。……それに、私が泣いたら、彼はもっと泣けなくなる」


 そう強く言いきると、でも、と言葉を続ける。


「それとお墓と、一体何の関係があるの?」


 訝しげに尋ねる麗奈に、心臓の奥が鈍く痛む。


「…………世露の兄貴が、一時帰国したらしい」


 訝しげに麗奈が眉を顰める。


「俺の母親が回覧板を渡すついでに、近所の人と話してるのを聞いたんだ。

世露の家は、あいつの兄貴のお陰で、学校では有名だったらしいから。

 世露の兄貴は、世露を見下して、傷つける事を楽しみにして居る様な奴だ。……何をするか、解るだろ?」


「…………壊したかもしれない、ってこと?」


「そうとは言い切れない。……でも、世露の様子がおかしいのは、それ以外には考えられない」


 暫く、俺と麗奈の間に沈黙が落ちる。


「彼のお兄さんは?」


「昨日帰国。両親は、帰ってすら来てない」


「そう」


 再び、互いに沈黙が落ちると、麗奈は突然、世露の方へ駆け出す。


「世露くん」


 世露の背中を、労わる様に優しく撫でると、麗奈は



「お墓を壊したのは、お兄さん?」



「…………っ、おい、麗奈!」



 慌てて世露の方へ駆け出すと、世露は安堵したように俺を見る。


「風紀……」


「悪い。いきなり訊いて」


 急いで世露に謝ると、「邪魔」と麗奈に背後から蹴られる。


「優しいだけでは誰も救えない。一方的な価値観を押し付けられて、傷つけられるのは、暴力と同じよ。

 私は、彼を、夢架を、大切な友人だと思っているわ。……不本意ながら、貴方も。

 私には、私を自由に生きる権利があるわ。同時に、「私」を見つけてくれた、貴方達を護る理由も、権利もある。

 理由は、世露君が傷ついたから。それだけで、十分だとは思わない?」


 そう言うと、麗奈は、聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟く。


「……I defend this place」


 ────その呟きは、誰の耳にも届く事は無かったけれど。


 世露は、そんな三人の様子を見て、そっと、唇で弧を描く。


 ────嗚呼、この人たちに出逢えて、本当に良かった


 目の前には、今にも喧嘩を始めそうな、風紀と麗奈。右側には、自分よりも泣き出しそうな夢架。

 そのどれもが、「自分だけ」に向けられて居る事が、堪らなく嬉しい。



  ────わざわざ帰国して来たのに、相変わらず、お前は愚図で、馬鹿で、駄目な奴なんだな



  不意に、頭の中に、突然帰って来た兄の声が響く。

  まるで狙ったかのように、祖父母が買い物に行った瞬間に現れた「彼」の登場が、ただただ、恐ろしかった。


  ────米国(あっち)で、弟が出来たんだ。お前とは段違いに、頭の良さそうな子だよ


  ────お前なんて、いなければ良かったってさ


  ────愛してなんか、いないって


  ────可哀想だよなぁ、お前



  ────なあ、誰も、お前を必要だなんて思ってないんだよ



  頭の中に、彼の声が嘲笑うように響く。

  絡み付くような、低い声。あの日の、あの瞬間までは、それが恐ろしくて恐ろしくて堪らなかった。

  いつだってそうだ。彼は、僕が大事に想うものを、壊して、奪って、傷つけて、僕が苦痛に歪んだ表情を見て、嘲笑うのだ。

  昔からそうだったから。もう、全て諦めていた。

  最初は、家族。次は、大切にしていた人形。その次は、昔遊んでいた、仲が良かった筈の、僕の友達。


────お兄ちゃん、僕、友達が出来たんだよ!


今まで何度も、あの日、兄に友達が出来た事を告げなければ、僕の隣には今でも誰かが笑っていてくれたかも、なんて、つまらないことを考える。


────へえ、どんな子なんだ?


────あのね、「はるくん」って言ってね、本と兎が好きで、一緒に飼育委員になったんだよ


────この間、犬が捨てられてたから、「はるくん」と二人でお世話しようって約束したんだ!


────へえ、何処で世話しているの?


────僕と「はるくん」の秘密基地!


────秘密基地?何処?


────公園のトイレの後ろ!見付かったら連れていかれちゃうから、って、「はるくん」が言ってたから


────…………へえ


次の日、犬は作業着を着た大人に連れていかれて。

「はるくん」は、泣きながら、僕の右頬を叩いた。


────お前のせいだ!嘘つき!


その後、何度兄に抗議をしても、何度父親と母親に抗議をしても、誰も聞いてはくれなかった。

「はるくん」は、次の日、学校を休んだ。

次の日、「はるくん」は、転校の挨拶をして帰っていった。

両目が赤く腫れていた本当の理由に気付いたのは、多分僕しか居なかった。

「はるくん」は、転校の挨拶を皆の机を回って一人一人にした時、僕の机の前で、小声で呟いた。


────今までありがとう。楽しかった。…………でも、絶対に許さない


その日の夕方、自分の部屋で、嗚咽を殺して、静かに泣いた。

夕食も、入浴の時間もとうに過ぎていたのに、誰も僕の名前を呼んではくれなかった。

夕食は、冷凍庫にあったハンバーグを電子レンジで温めて食べた。

はるくんと別れた公園に行くと、あの小さな犬を二人でくるんだ、薄桃色の、汚れたブランケットだけが残っていて。

僕は、その時になって、初めて、自分のせいで皆が居なくなるのだと知った。


「────っ、うっ……うっ……」


もう戻らない、あの可愛い犬を。もう二度と会うことはない、あの優しい友人を傷付けた自分が、酷く憎らしくて、息を殺して、静かに泣いた。



────それから、二ヶ月ほど後だった。


  意識をしていないと、あの日、両親に言われた言葉が、頭の中を駆け巡る。


  ────世露、お兄ちゃんね、留学することにしたの


  ────お父さんもお母さんも、着いていくから



 ────世露はしっかりしてるから、一人でも大丈夫ね?



  一人でも大丈夫だと、そう言ったことが一度でもあっただろうか。

  いつだって置いていかれて、怒鳴られて、傷つけられて。最後には、見向きもしなかったのに。


 ────一人でも大丈夫なのは、最初からずっと、一人だったからですよ


  言えなかった言葉を、口内で咀嚼して。その言葉を、無理矢理喉に流し込んで。

  家族にも敬語を使って。意識して、他人を遠ざけた。

  家を出る直前に、優しく母に頭を撫でられる。ずっと、兄だけが貰ってきたもの。欲しくて欲しくて、堪らなかったもの。


  ────でも、僕は、思い出の為に欲しかった訳じゃない


  認めて欲しくて、褒めて欲しくて。一度でも良いから、「頑張ったね」って、「愛してるよ」って、言って欲しくて。

兄と同じじゃなくても良いから、それ以上の愛じゃなくて良いから。


ただ一度で良いから、愛してほしくて。



  ────何より、次に彼が放った言葉が、世露の心を、強く抉った



「母さんも、父さんも、もうとっくに、お前の事なんて忘れてるよ」



  駄目な子だと、役立たずだと、叱られるのはまだ、我慢ができた。

愛しているから、叱るのだと。自分自身にそう言い聞かせて、必死で泣き出しそうな心を抑え込んだ。

  叱られても、怒鳴られても、「自分」を忘れないでいてくれたのなら。

  「世露」という存在を、いつかその腕で抱き締めてくれる筈だと、いつか、必ず祖父母の家に迎えに来てくれる筈だと、そう、淡い期待を抱いていられたのだ。


  ────母さんも、父さんも、もうとっくに、お前の事なんて忘れてるよ


  だから、いくら待っていても無駄だ、と。お前は、愚図で、馬鹿で、役立たずだと、繰り返し彼が言葉を紡ぐ。

  お前は見捨てられたんだ、って。駄目だから。役立たずだから。だから、お前なんて。

  いつもと同じ言葉の羅列だった。いつものように、身体を小さく丸めて、息を殺して、必死で堪えていれば、傷付くのは自分だけだから。

 


  ────でも



 ────世露


 ────世露くん


頭の中に、「彼等」の声が響く。優しくて、自分だけを見て呼んでくれる声。

決して、罵倒せずに、怒鳴らずに、ただ穏やかに、自分を呼び続ける声。


「………………皆は」



  突然、零れ落ちた言葉に、風紀が、夢架が、麗奈が、ぴくりと肩を動かす。

  嗚呼、こんなことを言ったら、怒られるかもしれない。「お前なんていらない」と、「大嫌いだ」と、見捨てられてしまうかもしれない。


  ────だけど、知っていてほしい


  誰にも言わなかった、この言葉を。耐え続けてきた、この苦しさを。


  ────彼等にだけは、知っていて欲しかった。


「皆は、僕の事、どうして怒らないんですか?」


 言葉が、悲しみが、堰を切った様に溢れ出す。水を溜め続けたコップから、水が溢れ出したように、言葉は、寂しさは止まらない。


「「駄目な奴だ」って、どうして言わないんですか?僕は、悪い子なのに。

どうして……」


 ────どうして、いつも手を握って居てくれるんですか?


 風紀も、麗奈も、夢架も、いつも自分の手を放さなかった。今と同じ、心配そうな目をして、ただ黙って傍に居てくれた。


 それがどうしようもなく嬉しくて────どうしようもなく、苦しかった。


「…………「いいこ」なんて、いないだろ」


 吐き出した言葉に自己嫌悪し、俯いて居ると、突然、風紀の言葉が耳に流れ込んで来た。


「なあ、友達でいるのに、理由なんて必要なのか?手を握る事、一緒に笑いあう事、傍に居る事、喧嘩をする事。

その全部に、理由なんているのか?」


 ────俺は、そうは思わないよ


 風紀は静かに、けれど、確かな意志を持って「僕」に言葉を投げかける。呆然と、彼の瞳を見詰めて居ると、空いた左手を、そっと温かい「何か」が包み込む。


「世露君」


 包み込まれた先をみると、夢架が大きな澄んだ瞳から、ぽろぽろと大粒の涙を流していた。

 自分よりも泣く夢架に思わず瞠目すると、夢架はしゃくり上げながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「私もね、とろいし、泣き虫だから、いつも学校で意地悪な事をされてたの」


 彼女達とは、小学校が違ったから、学校での彼女たちの様子はよく解らなかったけれど。

 でもね、と、彼女は精一杯言葉を紡ぐ。


「麗奈ちゃんがね、昔、私を助けてくれた時に、言ってくれたの。「自分を駄目だと思う前に、自分を可哀想だと思う前に、悔しいと思いなさい」って。

「貴女を侮辱する言葉は、全て風の様なものだと思いなさい」って。

「貴女は、まだ小さな蕾よ」って。……「傷付く度に、一つずつ、大きくなっていくものなのよ」って。

「背筋を伸ばして、顎を引いて。貴女を護れるのは貴女だけだから、堂々としていればいいのよ」って」


 すると、夢架の前に黒い影が差す。仰ぎ見ると、麗奈がそっと夢架の頭を撫でて居た。

 夢架は麗奈を仰ぎ見ながら、にっこりと笑う。


「だから、私、決めたんだ。もっと、私を大切にしてあげよう、って。

麗奈ちゃんが見つけてくれた、助けてくれた私を、もっと大好きだって思おうって」


 思わず麗奈を仰ぎ見ると、少しだけ嬉しそうな顔で、「そう」と微笑む。

 麗奈は、夢架から視線を外すと、まっすぐに僕を貫く。


「置いていかれるのは、誰だって寂しいわ。独りぼっちは、誰だって寂しい。

大丈夫よ。誰も、それを笑ったり、蔑んだり、何よりも、そんな寂しさを抱えた貴方を、嫌いになんてならないわ」


 その言葉に呆然として居ると、突然、目の前に手が差し出される。

 見慣れた、褐色の温かい手に涙腺が緩み────彼の手をとった瞬間、決壊した。




 嬉しかったんだ。




 出来損ない。役立たず。お前なんていらない。愛してなんかいない。駄目な奴。

 否定され続けてきた自分が、肯定して貰えた事が。そんな自分を、誰も笑わなかった事が。

 叫び出しそうな程────嬉しかった。


「世露」


 小さく、彼が自分の名前を呼ぶ。


「「世露くん」」


 彼女達が、僕の名前を呼ぶ。



「…………………………………………はいっ!」



大嫌いだった、僕を呼ぶ声。怖くて、憎くて、逃げ出したくて。けれど、何処にも行けなくて。

「僕は本当に要らない子だ」って、「駄目な子だ」って、思い続けていた。



────けれど、きっと、そんな事は無かったんだ



────お前は、駄目な奴だ


────…………違う


 ────お前なんて、居なければ良かった


────……違う


  ────誰も、お前を必要だなんて思ってないんだよ



  ────違う



僕は、大きく息を吸い込む。小さな小さな僕の世界を、壊してくれた、彼等へ宛てて。


「風紀」


風紀が、ゆっくりと、此方を振り向く。


「麗奈」


麗奈が、穏やかに微笑む。


「夢架」


夢架が、驚いたように此方を振り向く。


「裏切り者」「役立たず」「駄目な奴」「お前なんていらない」


頭の中の声は、相変わらず五月蝿く騒ぎ立てる。

けれど、大丈夫だ。もう、誰も、僕を怒鳴らない。

僕は大きく息を吸い込む。狭くなる視界を広げて、怯えを捨てるように吐き出した。



「………………………お墓を、壊したのは────…………………………」

「Defend this place」 この場所を護る

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