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変わる未来と、彼女の言葉

 

  ──……ねえ、風紀。風紀はどうして、いつも僕を助けてくれるんですか?


  午後十三時二分三十秒。絡みつく様な熱風が、俺と世露の間を擦り抜けて往く。

  世露と共に、花畑で摘み、『ユメカ』の墓に供えた向日葵が風に揺れる。黄色い花弁が風に舞い上がる。

  舞い上がる花弁が、もう戻って来ない誰かに捧げて居る花の様で。 気を抜くと、未だに鼻の奥に残っている焼香の匂いが蘇る。ほんの少し顔を顰めた、けぶる様な煙の匂いも。

  舌先が痺れて、涸れ果てた涙の味を思い出す。もう何度も味わった、苦しみの味。


  もう居ない、故人ひと──……


  口内で、彼の名前を呟いては咀嚼する。絡みついては離れない、あの人の言葉。


 ──風紀、お前は…………


 ──お前は──…………



  ──…………風紀?


 

  訝しげに此方を見る世露の視線に気付き、何度も何度も練習した言葉を舌先に乗せて、



  ──……決まってるだろ。俺とお前は──……





  ──…………ともだち、だから





  その時、俺はどんな顔をして居たのだろう。世露はどんな顔をしていたのだろう。世界は、どんな色をしていたんだろう。もう、思い出せない。

  ただ、世露が微笑んだ感覚は伝わってきた。まるで、慈愛に満ちた、幼い子供を見る母親の様に。


  ──……ありがとう


  きっと、世露にとって、『友達』と云う言葉は、何よりも大切で、何物にも代え難い存在なのだろう。だから、『ユメカ』が死んだ時に、あんなにも取り乱したのだ。

  罪悪感が胸を駆け巡る。鼓動が速く、呼吸が上手に出来ない。脳内に酸素が回らず、足元がふらつく。


  ──風紀!?


  底の見えない、深い深い暗闇の中へと落ちていく感覚。世露が手を伸ばして、何か叫んでいる。駄目だ、もう間に合わない。何に対して?

  耳元を風が通り過ぎて、上へと昇って行く。世露が泣いて居る。駄目だ、簡単に泣くな。

  世露が振り向く。誰かと話している。嗚咽が堪え切れて居ない。

  嗚呼、そう言えばあいつ等と約束してたっけ。……そうだ、起きないと。


 ──…………き?


  秘密基地を探す約束をしているんだから。


 ──………うき?


  早く、起きろよ。俺の身体。


 ──……ふうき?


「風紀ったら!」


  夢架に制服の裾を引かれて、ようやく我に返る。隣を見ると、夢架が心配そうに此方を覗き込んで居た。


「どうしたの?具合でも悪いの?」


「…………あ」


  前を見れば、視界には微笑んだままの世露と、俺の隣には泣きそうな顔の夢架。そして、夢架の隣には興味が無さそうに欠伸をしている麗奈が映る。

  足元を見れば、あの、ほんの少し汚れたスニーカーではなく、黒く、光沢のある革靴が目に映る。

  白い半袖のワイシャツ、紺色のズボン。黒いベルト。

  あの頃とは、全く違う、高くなった目線。


  嗚呼、そうか。俺は今、高校生だったな。


「……何でも無い。心配してくれて、ありがとな」


  そう夢架へ微笑むと、ほんの少し頬を赤らめて頷き、麗奈はちらりと此方を見ると、また直ぐに興味が失せた様に桜の散った、校庭の木を眺めて居た。

  俺は大きく息を吸い込むと、思考を切り替える。大丈夫だ。もう、あの夏の日は永遠に来ない。

 足を一歩踏み出す。踏みしめる度に、靴の裏で砂利が何重にも音を立てる。聞き慣れた不協和音。

  口腔が乾いて居た。あの日と同じだ。俺の緊張は、口内の渇きに反映される。


「…………世露」


  囁く様な、微かな声で世露の名を呼ぶ。世露は、気付いて居るのか否か、此方を振り返る事は無い。


「世露」


  先程よりも少し大きめな声で呼ぶも、頭に血が上っている所為か、声に反応する事は無い。

  肩が小刻みに震えて居る。他人に感情を見せない世露が此処まで怒るのは珍しく、不安な反面、何処か嬉しい自分が居た。

  色素の薄い世露の髪を、掻き混ぜるように撫でると、ようやく世露も気付いたのか驚いた様な表情で此方を見る。


「……風紀……」


  透明で、澄んでいる世露の瞳が僅かにかげる。自己嫌悪に陥る時の世露に良く似ている。

  繊細なんだ、こいつは。他人を傷つける事に慣れて居ない、優しい奴。


「もう良いから。教室行くぞ」


  そう言って、微笑むと世露が安心したように肩の力を抜いたのが解った。安定した心臓の鼓動みたいに、耳の奥で優しい音がする。

  頷いた世露の手を引いて校内へ入ろうとすると、事態が治まった事を把握したのか、夢架が微笑みながら小走りで駆け寄ってくる。その隣に麗奈が居ない事に気付き、振り返る。


「おい、麗──……」






「ねえ」






  まるで、何処かの王の様に尊大な態度で腕を組んだ麗奈は、先程の女子生徒数人を見下ろし優しく語りかける。


「好きな人の大切な人を傷つけて怒られた気分はいかが?落ちぶれたものね、貴女方も。それで良く世露君の事を理解して居るなんて言えたものね。感心だわ」


  麗奈は憐れみを込めた視線に彼女たちを晒しながら、可笑しそうに微笑む。


「……ああ、失礼。今のは秘密、だったかしら?でも、いつか伝わるものね?今更弁解しても遅いことくらい、解るわよねぇ?」


  そう微笑むと、麗奈は屈んで彼女たちの耳元で囁く。



「Ye are No excuse will be accepted.Good luck.」



  そう呟くと、此方へと歩いてくる。麗奈の発言で、世界の温度が下がったような気分になる。


「行きましょうか」


  そう呟くと、俺の足を思い切り踏み付ける。


「い、痛い痛い!」


「邪魔よ、庶民」


「はあ!?お前が踏みつけたんだろうが!」


「やだやだ。心の狭い男ね。世露君とは大違いだわ」


「はあ!?ちょっ、それ俺の名札だって!」


「あら、ゴミじゃないの?汚れて居たから捨ててあげようかと思ったのよ」


「ふざけんな!新しく買ったばかりだって」


「五月蠅いわ。ますます頭が悪くなるわよ」


「五月蠅いな!」


  早々に喧嘩を始めた俺達を後ろから


「懐かしいなあ……」「ええ」


  世露と夢架が微笑んで見詰めて居た事を、俺達は知らない。

Ye are No excuse will be accepted.Good luck.

あなたたちにはいっさいの弁護は許されない。幸運を祈る。

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