気付いていたのに、知っていたのに①side麗奈
時系列は、「知らない感情」、「気付く感情」の麗奈視点です
────子供なんて要らなかったの、と母はまるで呪詛を吐き出すかのように、私の髪を櫛でとかす。それは、幼い頃から私と母だけが知る、呪いの儀式だ。
自分で髪をとかす時期になるまで、母はまるで溜まった鬱憤を晴らすかのように私の髪をとかした。子供なんて、ましてや娘なんて欲しくなかったのよ、と。
大きくなるにつれ、一人で髪をとかし、結うことが出来るようになったことによって、その痛みが日課になることは無くなったけれど。
私はいつも、母に対して一つの言葉が伝えられなかった。
────どうか私を愛して欲しい、と。
コンコン、と微かに窓を叩く音が聞こえる。もう少し大きな音でも良いと伝えているのに、いまだに控えめな音にくすりと笑みが零れる。
カラカラ、と誰にも気付かれぬように窓を開ければ、予想通りの人物が、変わらない春を纏って立っていた。
「麗奈ちゃん」「夢架」
もう少し大きな音でも良いのに、と伝えれば、「えへへ」と変わらずに彼女は笑った。その優しい笑顔に、身体中の力が抜けてしまいそうになる。
「迎えに来たの。行こう?」
何気ないその言葉に、一瞬、呼吸を止める。
この家の誰とも似つかない柔らかな雰囲気に、思わずもう言葉を交わすことの無くなった「母親」を重ねてしまい、自嘲した。どれ程愛情に飢えているのだ、と、自分自身に呆れるように。
「そうね」と言えば、彼女はまたへらりと笑う。感情を、全て素直にさらけ出すことの出来る彼女が、心地よくて、羨ましかった。
彼女を見つめながら、思わず「夢架みたいになれたら、もっと私も優しくいられたのかしらね」と独り言を呟けば、「なぁに?」と彼女は笑う。
「なんでもないわ」
秘密基地へ行きましょう、と言えば、彼女は「うんっ」と、嬉しげに笑った。
彼女の隣は、とても楽に呼吸が出来る。出逢ってから今まで、私は彼女の優しさに、温かさに救われ続けている。
だから────こんな気持ちは、隠し続けていたいと思った。羨ましいと思う感情さえ、彼女を汚してしまうような気がしていた。
「────…………選ばれないのは、仕方無いものね」
彼女に聞こえないように小さく呟いた言葉は、夏の匂いに融けて消えていく。頭の片隅で、夢架を見つめる「彼」の目を思い出した。
少しでもその目を向けて欲しい、だなんて。なんて身の程知らずな願いを思ってしまうのだろう。
────夢架の幸せは、私の幸せ。世露君の幸せも、私の幸せ
日だまりのように暖かな、優しい二人だから。だから、どうか二人には笑っていて欲しい。小さな小さな世界の中で、ずっと。
「麗奈ちゃん、どうしたの?」
夢架は、心配げにこちらを覗き込む。なんでもないわ、と答えようとした瞬間、
「麗奈さん」
鼓膜に絡み付くような、柔らかな声が部屋へと響く。その声におもわずびくり、と肩を震わせる。
夢架は、「あ!」と明るく声をあげる。その声が聞こえたのか、「あら、夢架ちゃん」とその声の人物は途端に余所行きの声を出した。
私は、咄嗟に夢架との会話を打ち切り、後で向かう旨を伝える。「すぐに行くわ」と伝えれば、夢架は私と目の前の彼女を交互に見て納得したのか、窓から立ち去った気配がした。
私はすぐに窓を閉め、シャッとカーテンを引いて室内を隠し、その相手を真っ直ぐに見た。
黒く長い髪に、紺と白のワンピース。憎らしいくらいによく似た目の前の女性へ向けて、問い掛ける。
「………………私に何か御用でしょうか。────…………お母様」
目の前の彼女は、相変わらず、何を考えているのか掴めない柔らかな表情のまま、ただこちらを見つめる。
何も映さない黒い瞳が、値踏みするかのように頭からつま先までを舐めるようにゆっくりと見る。その視線が、昔から酷く苦手だった。
「そんなに怖い顔で見ないで下さいな」
困惑したような、それでいて何処か相手を見定めるような瞳で、彼女は笑う。儚げな雰囲気と相反するかのような、獣のように獰猛な瞳が恐ろしかった。
私は、口元をゆっくりと引き上げて、笑った。恐ろしい相手にも、苦手な人物にも笑顔で対応する事が一番だから。
対応することに差をつけてはいけない。彼女が母親ならば、父親と同じように、敬意を持って接しなくてはいけない。
獰猛な瞳が、その冷徹な目が、私の喉笛へと噛みつく前に。
「…………すみません、私、そろそろ約束がありますので」
すまなそうに言えば、「いいえ?」と彼女は笑みを深める。
「「約束」があるのは、良いことですね?」
わざわざその文字を強調する彼女へ、「そうですね」と返し、一礼して部屋を出る。一刻も早く出なければ、彼女へと呑み込まれてしまいそうだった。
「………………秘密基地へ、行かなくちゃ」
その言葉を呟けば、少しだけ楽に呼吸が出来た気がした。
玄関をそろりと抜け出て、秘密基地へ向かって走る。事前に遅れると断ったものの、それが急がなくて良い理由にはならない。
竹林を抜けた、向日葵畑の、その向こう。今ではもう誰も使っていない小屋を見つけたのは、偶然だった。
彼女────母に小屋の使用の許可を求めれば、「その時が来るまで好きにしなさい」と言われた。その言葉が少しだけ引っ掛かったが、下見に来て見たところ、冷房が無いこと以外に特に不便なこともなく、風通しの良い場所だからか窓を開けるだけで十分過ごせそうだった。
その帰り道に偶然出会った風紀に一緒に見て貰ったところ、特に問題もないと言うことで、秘密基地へと決まったのだ。
何故彼がここにいるのかと尋ねれば、彼────世露君の飼っていた兎のお墓を向日葵畑の中に新しく作ってから、よく壊されていないか見に行くらしく、そこへ行く途中だったのだと言う。
一緒に行くか、と尋ねられ、頷く。お兄さんは、と尋ねれば、風紀はゆるゆると首を左右に振る。
────来るわけない。そう言う人達なんだ、彼らは
仕方がないと諦めるように、風紀は途中の川で汲んできたであろうペットボトルに入った水を、手の上で弄ぶ。私は、お墓へと供える為に、向日葵の花を手折った。
ふと視線を、横へ居る風紀へとずらせば、風紀は少しだけ引っ掛かった顔でこちらを見ていた。
────何よ?
何か言いたげな表情が気になって尋ねれば、「前から気になっていたんだけど」と風紀が前置きをしてから話し出す。
────お前のその行動は、真っ直ぐで良いことだと思うよ。…………世露が救われているのも良くわかる。でも────
そこまで言い掛けて、風紀は言葉を切る。再度「何よ」と聞けば、風紀はゆっくりと口を開く。
嗚呼、誰かに知っていて欲しいような、それでも誰にも暴かれたくないような、こんな感情は何処へ持っていけば良いのだろう。
向日葵の花弁が、風に揺れる。空は嘘みたいに青くて、そして、少しだけ痛みを伴った。
風紀はまるで、痛みを堪えるような表情をして問い掛ける。
「────…………お前はどうして、そこまで世露に尽くすんだ?…………どうして、世露なんだ?」
ざぁっ、と、向日葵の花弁が風に揺れる。風は、私と風紀の間をすり抜けるようにして、何処か気の遠くなるほどの場所へと消えていく。
────…………どうして、世露なんだ?
その問いは、何処か悲壮感を含んでいるかのようで。彼なりに心配しているのだろうかと思い直す。
どうして。どうしてだろう。考えても解らないのだ。確証の無い言葉は、告げることは出来ない。
黙り込んだ私を見て、風紀は少しだけ苦し気に眉を寄せた。痛みに耐えるような、そんな表情で。
その表情に、考えるよりも先に、言葉が口をついて出た。それは、意外な程の鋭さを含んで、自分自身へと返ってくる。
傷付けたい訳では無かった。悲しませたい訳では無かった。けれど────
────…………そうか
風紀は、俯いて呟く。自分自身をあまり表に出さない彼がそんな表情をすることに、少しだけ違和感を感じた。
私は、秘密基地へ向かう前に、もう一度お墓を確認しようと、風紀と一緒にお墓へと向かう。
幸いにもお墓は壊されておらず、二人で小さな石を積み重ねたお墓に、花と水を供えた。
小屋は帰り道にあったため、帰りに風紀と二人で寄ってみたところ、冷房は無いが立地が涼しいことと、なかなか面倒だが冬は一応薪ストーブが置いてあることから、十分過ごすことの出来る場所だと判断し、風紀とここを秘密基地の候補地としたのだ。
────…………どうして、世露だったんだ?
その帰り道、問い掛けられた言葉について、ずっと考えていた。けれど、風紀の顔を見れば、言葉は持ち主の許可もなく、勝手に飛び出してきてしまった。
────好きだから、って言葉以外に、理由なんてあるのかしら
嗚呼、なぜ。子供のような母親のように、そんな熱に魘されたような言葉を呟いてしまったのだろう。
それでも、その言葉以外にこの感情に当てはめる言葉は見付からない。きっと、ずっと、その先も。
彼の繊細な心が、優しい笑顔が、少しだけ泣いているかのような顔が、どうしようもなく好きだと思ったから。その優しさに、温かさに、確かに救われたのだから。
だけど────視線の先には、いつだって夢架がいる。あの、優しくて、温かな彼女が。
その事が────叫びだしそうな程、嬉しかった。私を救ってくれた彼女が、彼に好かれたことが、嬉しかったのだ。
私が彼を好きなのは、彼が好きだから。でも、それは「惹かれた結果」であって、「惹かれた理由」にはならない。だから、風紀は妙な顔をしたのだろうか。
────そう、か
あの日、風紀は少しだけ、泣いているみたいだった。
────ぱしっ
秘密基地へ入ろうとした瞬間、誰かに腕を掴まれる。何かと振り返れば、そこには風紀が立っていた。
風紀は、ゆるゆると首を左右に振る。今は駄目だ、と聞こえるか聞こえないかくらいの微かな声で。
「今は駄目だ。もう少し時間を置いてから入ろう」「どうして」
既に遅れているのにこれ以上遅れるわけには行かない、と非難めいた声を出せば、風紀も「それでも駄目だ」と譲らない。
「とにかく行こう」と、腕をひかれる。
────私の腕を掴む風紀の手は、微かに震えていた。
────今思えばきっと、彼の行動は間違っていなかった。彼は彼なりに、世露君も、夢架も、そして私ですら気遣っていたのだ。気付かなかっただけで、きっと。
だって彼は────本当は、聞いてしまっていたのだから。私が世露君から伝えられる事は無いであろう、言葉を。
────………………その優しさに、私は気付けなかったのだけれど。
「…………一体、何があるのよ」「…………いや、特に何も」
その言葉に、思わず頭に来て、掴まれていた腕を振りほどく。信じられない、本当に。
「何考えているのよ!遅刻だって言っているでしょ!?」「うるさいな!そんな事くらいわかってるよ!」
その言葉に、カッと頭に血が上る。何を考えているのだ、本当に。
それなら彼は、遅刻だとわかった上でわざと遅刻したと言うのだろうか。そんなの、夢架にも世露君にも失礼だ。
「信じられない、本当に」
思わずそう呟けば、風紀は一瞬、むっとした表情をしたものの、小さく溜め息を吐いて、「ごめん」と言った。
気だるい夏の風が、私と風紀の間を通り抜けていく。夏の匂いと、寂しさを残して。
風紀は、私の腕を掴んでいた手を離す。私も、同じタイミングで掴まれていた腕を自分の方へと戻した。
気まずい空気が互いに流れる。謝ることも、絡まった糸も戻せない私達は、酷く子供で、どうしようもなかった。
戻ろう、と、風紀が小さく声を掛ける。それに答えるように小さく頷けば、彼は安堵したように小さく溜め息を吐いて、駆け出す。
私はその後を追うように地面を蹴った。スカートが足に絡み、酷く走りにくい。
苦しくて、苦しくて、堪らなかった。それでも、頭の中でぐるぐると回るこの訳の解らない感情を、追い出してしまいたかった。
秘密基地を目指してただひたすらに走れば、突然視界が開けて、目的の場所が現れる。
古ぼけた、小さな小屋。立地は涼しいけれど、何もない小屋。
まだ幼い頃に父に連れられ、父と母と三人で、二日間小屋で過ごしたことがある。何もかもが新鮮で、眩しくて、目に映る景色の全てが、泣き出しそうな程に温かかった。
いつから変わってしまったのかと考えても解らない。気が付けば父は仕事が忙しくなり、母は私を酷く嫌った。…………私が、母との「約束」を破ってしまったのだから、仕方の無い事なのかもしれないけれど。
風紀がドアに手を掛け、慌てて身だしなみを整える。ふと風紀を見れば、憎らしいほどに涼しい顔で、私の身支度が終わるのを待っていた。
「もういいか」と、小声で彼が私に尋ねる。彼のそんなところが、嫌いで嫌いで仕方が無かった。
こくりと頷けば、風紀は少しだけ時間を空けてドアを開ける。
「ごめん、遅くなって」「ごめんなさい、遅くなってしまって」
中で待っていた二人にそう声を掛ければ、それぞれが互いの友人の元へと駆け寄る。世露君は、風紀へ。夢架は、私へ。
「麗奈ちゃん、良かったぁ来てくれて」
夢架の安堵した声に、ほっと肩の力を抜く。「約束だもの、来るわよ。遅くなってごめんなさい」と言えば、夢架はぶんぶんと首を何度も横に振った。
ふと視線で世露君を追えば、夢架と世露君が、互いに意識的に目を合わせないようにしていることに気付く。一瞬、怪訝に思ったものの、踏み込まれたくないこともあるだろう、とすぐに表情を戻した。
風紀は────珍しく、表情を変えなかった。そのことに少しだけ違和感を持ち、声をかけようと口を開く。
「ふ────」
すると、言葉を遮るように、開いた窓からするりと黒い「何か」が入り込み、夢架の方へと飛んでいく。
「ひっ…………!」
夢架の小さな悲鳴に目線を移せば、彼女の服に蝉が留まっていた。
虫が苦手な夢架はその事にパニックを起こしているようで、「取ってあげるから動かないで」と声を掛ける。けれど────
「風紀………………!」
夢架は風紀の方へと駆け出す。まるで、私の言葉なんて耳に入らないかのように。
風紀は夢架の方を見ると、「仕方がないなぁ」と笑って、服に止まった蝉を取る。
「逃がしてやろう。可哀想だ」
そう言うと、「逃がしてくる」と私達に声をかけて、風紀はこちらを振り返ること無く小屋を出る。すると、夢架も追いかけるように小屋を出た。
私は────視線をそろりと世露君の方へと動かす。すると、彼は傷ついたような表情で、二人が出ていったドアを見つめていた。
その表情に、一瞬、呼吸を忘れてしまいそうになった。痛くて、悲しくて、どうしようもなく苦しかったから。
────仕方無いわ、と声を掛けようと口を開けば、まるで正反対の言葉が、持ち主の許可もなく口から飛び出した。
「夢架は、風紀のことが、好きなのよ」
言葉を吐き出し終えた瞬間、しまった、と思う。弁解する言葉を探しているうちに、「わかってますよ」と、世露君の声が届く。
思わず世露君を見れば、彼は珍しく、何処か不貞腐れたような表情で、言葉を返した。
「わかってます。僕は「彼」には敵わないことも、夢架は僕の方なんて、向いてくれていないことも。物語の主人公はいつだって、僕ではないことも」
それでも、と、世露君は言葉を続ける。
「それでも、僕は夢架の事が好きなんです。僕はきっと、彼女の世界の中で、ただの脇役で、ただの彼女の友達で。きっと今よりも大人になれば、彼女は僕のことなんて忘れてしまうのかもしれませんが」
彼はそう言うと、再び顔を伏せた。少しの間沈黙が流れた後、彼は小さく息を吐き出す。
嗚呼、本当に羨ましいなんて、つまらない感情が頭の中をぐるぐると回る。彼女にはなれないことくらい、私が一番わかっているのに。
見たくない現実から目を逸らす様に、視線をそっと窓の外へと向ける。けれど、窓の外には夢架と風紀が楽しげに笑いあっていて、そのことが妙な腹立たしさと悲しさを生みだした。
嗚呼、本当に嫌になる。誰も悪くないのに、誰かに感情をぶつけてしまわなければ、あまりにも苦しくて窒息してしまいそうだ。
「そう」
そう言って、心の奥深くに溜まった、ヘドロのような感情を吐き出す様に、小さく息を吐く。
その声に何かを感じ取ったのか、世露君が心配げにこちらを振り返る。
嗚呼、どうか。夢架に向けられたその優しい目で、こちらを見つめないで欲しい。優しいその視線で見られれば、まるで自分も「特別」なのかもしれないだなんて、勘違いしてしまいそうになるから。
夢架が好かれて、嬉しいはずなのに。彼の隣には、夢架しかいないはずなのに。
それなのに、どうしてこんなに────…………
「麗奈も────…………」
遠慮がちに紡がれた自分の名前に、肩をぴくりと震わせる。それでも、気付かれぬように必死で動揺を呑みこんだ。
世露君は一瞬、伝える事を迷う様に言葉を打ち捨て、そして少ししてから、意を決したように再び言葉を紡いだ。
「…………麗奈も、好き、なんですか」
その声に、言葉に、弾かれたように心臓が高鳴る。その問いは、まるで「このままの関係」の終わりを示している様に思えたから。
心臓が、どくどくと激しく脈打つ。口にすれば終わってしまう「呪いの言葉」は、塊となって、喉の奥を塞ぐ。
────早く言ってしまえ、と、耳元で誰かが囁く。もう苦しいでしょう、と甘やかす様な声に、辛うじて言葉を塞き止めていた感情が、どろどろと溶け出していくのを感じる。
小さな小さな、私の体が震える。嗚呼、もっと私が大人だったら、何か違った結末もあったのかも知れない。
それでも────…………もう、こんな気持ちは終わりにしてしまいたかった。もう、こんな想いは限界だった。
私は世露君を見つめてから、ゆっくりと笑った。
「…………………うん、好きよ」
そう答えれば世露君は、呆けたような顔をしてから、悲しそうに目を伏せる。
その行動に、自分の感情の行く末を思い描く。聡い彼のことだから、もしかしたら気付かれてしまったのかもしれない。
それでも良いか、なんて。何処か諦めにも似た気持ちで、夏の空気を肺一杯に吸い込んだ。
「…………そう、ですか」
小さく、途切れ途切れに紡がれた彼の言葉は、こちらを労るように優しい声色をしていた。
世露君が私の頭を優しく撫でて、「大丈夫ですよ」と、震える声で言葉を紡ぐ。その声に、態度に、涙が零れてしまいそうで。それでも、涙だけは必死で隠して、見ないフリをした。
────この感情が当てはまる名前を、私はもう知っていたのに。