のどかな町 ラピアス(2)
リセが出発してから数時間後。“彼女”はリセの家の前にいた。リセに焼いたクッキーを差し入れする為だ。
リセは昼の休憩時間になると、必ず一旦家に戻る。それを狙ってやって来たのに当の本人は不在。彼女が怒る点はそこではなかった。
「リセ君……解放者としての仕事が出来たら、私も同行するから呼んでと言ったのに……何で呼んでくれなかったの? ひどすぎるじゃない!」
クッキーの包みを思わず握りつぶしてしまいそうなほどに震え上がると、馬車で待っていた使用人の元へ戻り、使用人に何かを言わせる前に真っ先に言う。
「家に戻って下さい! 支度をしてラピアスに向かいます!」
「ですが、旦那様に黙って……」
「大丈夫。後から事情を話せば、お父様は分かって下さるから。あ、フェイルさんはついて来なくて良いですよ? 私一人で行くので。駅まで送って下さるだけで良いです」
言ったら聞かないのが“彼女”である。だからなのだろうフェイルと呼ばれた使用人は、大きな溜息を吐きながらも素直に言う事に従った。
「本当に言ったら聞かない所は、お父上そっくりですね。セレンディーネ様は」
*
「アーヴァイスから派遣された……」
「はい。長から話は聞いています。何時間か遅い到着でしたが、何かトラブルでも?」
「い、いや……」
出発してから二日後。リセはラピアスにやっとの思いで辿り着いた。と言うのも、しっかりと汽車を乗り継いだ筈なのに、なかなかラピアスに辿り着かないでいた。
その理由はリセが途中から道を正反対の方向へ向かっていたからである。汽車を乗り継ぎは確かに間違わずに出来ていたのだが、その後の道中で方向を間違えて進み、別の街に辿り着いてしまったのだった。
辿り着いた街でそこがラピアスではない事に気付き、慌てて引き返して今に至る。
「そうですか。駅に着いた時にご連絡下されば、こちらから馬車を手配しましたのに」
(……ルーディーさん、何でそれを言わなかったんだ。僕が方向音痴なの、あの人知っている筈なのに)
悪気のない役場の職員の言葉に、リセは心の中でルーディーに悪態を吐いた。
「それにしても……こんなに可愛らしい女性の方がいらっしゃるなんて想像出来ませんでした。解放者の方は賞金首ハンターも兼ねていると聞いていたので」
更に悪気のない職員の言葉に、流石のリセも心では悪態を吐く事が出来ず、言葉を発した。
「解放者の全員が全員、賞金首ハンターではないし、僕は男だ!」
「し、失礼しました! 名前からしても女性の方かとてっきり……」
「本当に貴方はどこまで悪気がないは言え……怒る気も失せる。長は今何処に?」
「ただいま公務をなさっていますが、アディート様の到着をお伝えしましたので、もう間もなく来て頂けるかと。あ、そういえば」
職員が何かを思い出し、リセに伝えようとしたその瞬間。タイミングが良いのか悪いのか、ラピアスの長であるレンティルが姿を現した。歳は五十代前半らしいが、見た目は若く、まだ三十代後半にも見える程である。
「リセ・アディートさんですね。お待ちしていました。早速ですが、まずは“彼”に会っていただ……」
「会いました。役場まで案内してくれたので。顔は分からなくても、足元を見ればすぐに分かります」
「そうでしたか。流石は解放者様だ。ならば会う必要はなさそうですね……」
“彼”がいなければ、リセは恐らく到着までにまた時間を要しただろう。ウロウロしている所を助けてくれたのが、まさか自身が救う事になる相手だったとは。しかし、リセは肝心な事を忘れていた。
「いいえ、会います。彼、僕が案内してくれた事へのお礼を言う前にすぐいなくなったので」