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幸せ解析学  作者: アルタ
ふわふわくらっしゅ
8/12

第8話 *吹谷君の場合

 お互いを名前で呼び合うことはしなかった。

 それは一種のけじめのようなものだったと思う。

 越えてはならない一線。

 ゲームと本当の恋との境目。

 ここで一本足で立っているのはグラグラして、こけそうで、倒れてしまいそうで、どうせなら、いっそ、ここから出てしまったほうが楽なんじゃないかって、不安を感じてしまった。




「和歌山」

 補講が結構遅くまであったので、二人で帰る頃にはすっかり日が暮れていた。いくら夏の昼が長いとはいえ、いつまでも日の光に照らされるわけでもなく、いつかは影が落とされ、段々侵食し、暗闇に包まれる。

「なあに?」

 月明かりと、ぽつぽつつき始めた電燈が等間隔で足元を照らす中、なんとなくなれてしまった距離で二人歩いていると、じんじん鳴く蝉の声だけが夏の気配を思い出させた。


「最近よくうつむいているが具合でも悪いのか?」

 心なしかいつもより僅かだが顔色が悪い気がする。そう付け足すと和歌山は、突然顔をあげて、ずっと心に引っかかっていたいたことを勇気を出して喋るように、ゆっくり口を開いた。


「…データは集まったのかな」


 なんとなくその言葉でピンと来た。

 いや、むしろ前々からこうなるんじゃないかという予測はあった。

 あったものの、なんとなく自分の口からは言い出しにくくて、延期して避けていた問題。

――データ収集が完了したらこの妙な関係も……

 終わる。

「そうだな」

 和歌山に他に好きな人が出来て、そいつがいい顔をしないならばこのゲームは終わりだと、そう、最初に言った。だから俺はそのルールを守らなければならないな。


――何故だか、和歌山の顔を見ることが出来なかった。

――何故だか、その言葉を言った瞬間心が痛かった。


「うん。好きな人が出来たみたい」

「そうか」

 思い切って覗き込んでみた和歌山の顔は、思っていたような笑顔ではなく、むしろ、不安でいっぱいの顔だった。

「相手は知らないのか?」

 和歌山の気持ちを。

 だとしたら馬鹿な奴だ。洞察力が足らないな。

 一刀両断にしてみせると、和歌山はどういったらいいのか困ったように微笑む。


「人のことなら分かるのに、自分のことになるとよく分からなくなる時ってあるよね」

 それはあるな。最初はデータ集めだったというのに、いつしか違う感情へと変化していく。

 いつからなど、分からない。連続しているもので、けれど急なもので、しかし、自分でもこの感情が何だとは分からない。

「うむ。自分の考察は難しいな」

「人の気持ちを考えることも、自分が大きく関わってしまうと私よく分からなくなるの」

 和歌山は顔をあげた。今にも泣きそうな顔だった。

 手を伸ばそうとして、伸ばせず、躊躇した俺に和歌山は言葉を繋いだ。


 最初、データ集めに付き合うのが面白そうだとそんな好奇心から始まった。

 すごく吹谷君は不器用で、けれど優しくて、

 ああ、可愛いところがある人なんだなぁと気付いて、いつしか集まる吹谷君のデータにどんどん引き込まれ、錯覚する。本当に私は「好き」になったんじゃないかって。

 それが今の気持ちに一番近いんじゃないかって警鐘を鳴らす。


「ねえ、吹谷君。すごく不安なの。このままでいられないほどに不安なの」

 ……私の好きな人は吹谷君なの。


 好きだとか、

 嫌いだとか、

 自分の感情を考察するのは難しい。

 そして、相手が自分をどう思っているのか考察すればするほどもっと分からなくなる。


 一生懸命カバンを握り締めている和歌山をみる。


 俺が、ただ一つ言えるのは、和歌山が大事で仕方がない自分が……いるということだ。

 誰が教えてくれるものでもなく、自分で気付くのにも困難なことだが、不思議なことに少なくとも今俺がやらなければいけないことがあるようだ。


 カバンを握り締める彼女の手に自分の手を添える。

 安心させるような微笑なんて出来ない。

 こういうときどうしたらいいのか、そんなマニュアルなどない。

――けど、和歌山はそんな俺で良いといったのだ。

 ゆっくり抱きしめてみた。


 こうすれば目を合わせなくて済むだろう。目を見て言いづらいこともあるからな。

 ……本当に、「人を想う」ということは難しい。

 戸惑う和歌山の肩を見つめながら、どういえばいいのか思案する。


 わからん。


 仕方がないから思ったことを口に出してみる。




「教えて欲しい。俺は和歌山が好きだが、どう言っていいのかわからんのだ」


 和歌山の肩が震えた。

「今の俺たちの関係が【仮】付きの関係なら、どうすればその【仮】をクラッシュできる?」

 一人の問題ではないものは、自分だけで考察しきれない。

 どうすれば嘘が本当になるかなんて。


 和歌山の声はたどたどしかった。

「……そんなの、吹谷君の十八番じゃない」

 けれど、少し微笑んだような気がした。―――抱きしめたままなので見えないが。

「じゃあ、一人一つずつ提案することにしよう」

 それなら不公平はないはずだ、と言ったら和歌山はくすぐったそうに身じろぎした。

「吹谷君はどうするの?」 

 そうだな。


 少し考えて、それから結論に達した。そうだな、これからは和歌山のことを……

「風子」

と呼ぶことにする。



 これが俺なりの境界線だと思う。

 そう言うと、風子はようやく顔をあげた。少しだけ涙が浮かんで、顔が赤い。

「先に言われちゃった」

 涙をぬぐってやると彼女は「顔が真っ赤だよー」と小さく呟いて、

 





俺の頬にそっと手を添えた。

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