第7話 *和歌山さんの場合
また2人、顔を合わせた。
「吹谷君、おはよう」
「うむ。和歌山も早いな」
早いと言ったって、全く普通の時間なのだけど、別に何事もなかったように日常は流れる。
2人でデパートにも行ってみた。
2人でプラネタリウムにも行ってみた。
2人でハイキングにも行ってみた。
お金があるわけじゃないから、ほとんど歩いているばかり。それでも会うたびに何かしら興味深いことに出会う。余裕を持って計画を立てているのだが、全く謎な事に時間が過ぎるのが非常に早い。
そして、お互い考察する暇もなく話し続けているのだ。しかも、帰ってからその内容を思い出そうとしても、とても他愛のないことであったことしか思い出せず、何を話したか具体的なことを覚えていない。
一体何を話そうとしていたのか。
何を話しているのか。
何を聞いていたのか。
……何を知りたかったのだろう。
「それにしても」
「ん?」
体育の時間、私はコートが空くまでのしばらくの間友達と喋っていた。本日も晴天なり、…とまではいかなくてもそこそこの晴天だ。体育は男女別だから合同授業になるんだけど、そのおかげであちこちで女の子同士のおしゃべり満載だったりするから、少しくらい私語をしていても全く気付かれることがない。
「風子と吹谷君が話している風景にもようやくなれたんだけどさぁ」
「うんうん」
最初はなんだか本当に私と吹谷君が言葉を交わすたびにクラス中の注目を集めていたものだが、今ではようやく慣れてきてくれたみたいで気兼ねしなくて済むしありがたい。流石に一挙一動までチェックされてたら緊張しちゃうものね。ほわわんと頷くと彼女はこっちを向いて目を見て、こう聞いてきた。
「なんで、風子と吹谷君って苗字で呼び合ってんの?」
なんで……?
「いや、なんでって言われても???。なんとなくというか、それで慣れてるから?」
そんなこと急に言われても、何ヶ月かたったら名前で呼ばなくちゃならないという決まりがあるわけでもないし。困ったように説明すると、彼女は難しそうな顔をする。
「なんというか……さ。仲が良いのは認めるんだけど」
実感がないというか、ううん、確かに風子は幸せそうな顔してるし、吹谷君もなんだか可愛らしく思えてきたし、うまくいっていると思うし、けちつけるつもりなんてないんだけどさ……
風子はなんだか気を使ってて、私の目から見ても可愛い彼女ぶりじゃん?
吹谷君も吹谷君でいい彼氏ぶりを(周りから見ると時々おかしいところもあるけれど)演じてて、私にはそれがどこか不自然だと思うわけよ。
「ねえ。いつまでデータ集めってか、恋愛ゲームやってんのかな?って」
――ザックリ切られた。
確かに。
言われるまでもなく……そうだった。
なるべく見ないようにしていたこと。それは、うすうす感じていたのだけれど、確かに私と吹谷君の関係は一種のおままごとだった。
とりあえず付き合ってみようか
そんな恋人体験から始まった。
そして今もその不自然な関係は続いているということに改めて気付かされるなんて。
「そ…そうだね」
微妙な関係。
それでも私は幸せで、
なんとなくこんな始まりでも、続いていれば本当になるんじゃないかって
どこか心の奥で思っていた。
幸せだと思ったのは本当で、幸せだといった言葉に嘘はない。
そして幸せでいて欲しいと思った気持ちに偽りはない。
けれど、
でも、
――吹谷君の考察が終わったら私はどうなる?
幸せでいること。そう思える人といることが幸せだと思うのは私だけかもしれない。
生き甲斐を持つことが幸せだと思う人もいれば、お金をたくさん手に入れることが幸せだと思う人もいるわけで、それは、人それぞれなのだろう。
だったら吹谷君が考察を終えて、その後私と一緒にいてくれるという保証はなくて……
もしかしたらそれでこの恋愛ゲームも
――終わり
かもしれない。
吹谷君といる時の「私」に偽りはなかった。
けれど、
けれど、
好きでいて欲しいと思ってたから、無意識に一生懸命演じていたのかな。
「吹谷君も風子の前じゃすごく優しくなったと思うけど、そんなに変わったと思えないし」
吹谷君にも偽りはなかった。けれど、それは私の思い込み?
考えれば考えるほど、ため息さえつけないほどの不安が押し寄せてくる。
「あ、ごめん。風子、そんなつもりじゃなかったんだけど…。
でも、吹谷君が本気じゃないなら……風子傷つくんじゃないかって心配になっただけ」
見ないようにしていた。考えないようにしていた。そんな現実。
けれど、考え出したら止まらなくなって、私は俯いたまま顔をあげられなくなってしまった。