第5話 *吹谷君の場合
隣同士に座ったから、相手の顔を見ることが出来ない。
だから、俺の顔も見られていない。
けれど、不思議と和歌山は幸せそうにサンドイッチを頬張っているんだろうと予測できた。
ああ、そうか。隣同士に座ったから、……相手の体温が感じられるんだな。
不思議なことだが心が温まるような、ほのかな温かさまで。
「そのサンドイッチの具は!??」
「明太子だ。そういう和歌山こそ、その具はなんなのだ?」
「ピーナッツバター。食べてみる?」
「無論だ」
サンドイッチをお腹に収めたあともしばらく私たちは座っていた。
話しつづけていたわけじゃないけれど、黙ったまま……風に吹かれて景色を眺めているだけで良かった。
一瞬として同じ風景はないのだから。
風が吹く。
その風に乗って音楽が聞こえる。
その風に乗ってフリスビーが流れてくる。
向こう側でバドミントンしている女の子二人が羽を飛ばされて、走って拾いにいった。
「なんだか幸せだなぁ」
世の中は同じことの繰り返しだと言うけれど、生徒なんて学校とクラブと塾と寝ることの繰り返しだと言うけれど、それは私には当てはまらない。だって今の私の生活は1秒たりとも同じ時はないし、すべてが彩度を増して目の前に現れる。
「幸せとはどういう気持ちなのだ?」
隣同士に座ってから初めて吹谷君と目があった。
「んー。そうだなぁ。ふわふわしてる」
「浮いているのか???」
眉間に皺を寄せる吹谷君がおかしくて、額に指を当ててグリグリ皺を伸ばしてあげる。
「違う違う。……なんだか、ほのかに嬉しくて、ほのかに心が温かいの」
友達が言うような、心臓が飛び跳ねるような恋じゃないけれど、コタツに入ったときみたいに、じんわり温まる感じ。
「そうか……」
吹谷君は口元に手を当てて頷いた。
「俺もだ」
しばらくして、私たちはもと来た道をゆっくりと戻り始めた。
だんだん影が長くなっていくのを横目で見ながら時計を見ないで今何時か分かるかクイズを出した。
二人ともニアピンだった。
歩道橋の上を歩こうとすると、『ペンキ塗りたて』と書かれた看板が立っていた。
だからしばらく信号待ちして横断歩道を歩いた。
「ねえ、吹谷君。空が綺麗だね」
信号が丁度西にあったから夕陽を見上げる格好になる。
二人とも上をしばらく向いていた。
気がつけば信号も赤になっていた。
多分私も赤くなっていたと思う。
けれど吹谷君は全く気にしていないようで、信号の色が変わる時間を計っていた。
「大体2分だ」
「え、そうなの?」
こっくり頷いた吹谷君の手にはストップウォッチがあった。
いつも持ち歩いているのかな?
道は広かったところから狭いところへと続く。足元にはどこからか飛んできた雑草が所狭しと生い茂っていた。狭い歩道を歩こうとしたら電信柱が邪魔になって、並んで歩けないから、吹谷君の背中をしばらく見つめながら歩いた。
こんなにも川までの道のりは長かっただろうか?
こんなにも川までの道のりに色んなものがあっただろうか?
普段見えていなかったような小さな小石まで、映る。
なんとなくこのまま先に行かれるんじゃないかって不安になった。
……そっと手を伸ばし、気付かれない程度に吹谷君のシャツを掴んでみる。
「? なんだ???」
でも分かってしまったらしい。
「ううん。ちょっと皺を作ってみようかと」
慌てて誤魔化してみると、
「和歌山も皺を伸ばしたり作ったり忙しいな」
と前を向いたまま答が返ってくる。
誤魔化されてくれたのだろうか? それは分からない。
けれど、今度は少しだけペースを落としてゆっくり歩いてくれた。
私がついていけないと思って気を使ってくれたのかな?
そんなことを考えながら、もう一方でもう少し長くいっしょにいられるから嬉しいなんて思う。
だんだん風が冷えてきたから、口数も少なくなっていく。
出発した時よりもぐんと暗くなった頃、私は家の前に立っていた。
「今日は有難う。楽しかった…です」
「うむ」
また学校で会おうね。
そして次のデートは1ヵ月後に。
そう、約束だけして手を振る。
自然で不自然な私たちの関係。
これも一種の恋愛ゲーム。
自然に傾くか、不自然に傾くか…………それは私たち次第。