第4話 *吹谷君の場合
本当は約束の時間丁度に行くつもりだったのだが、なんとなく落ち着かなくなって約束の15分前に着いてしまった。
和歌山は約束の10分前にやってきたため、「待った?」という質問に正確に答えようと片手を広げたが、もともとの約束より二人は早く来たわけだから途中で無理矢理セリフを修正した。
「問題ない」
その日は曇り空だった。
二人とも手には傘を持っているが、腕にぶら下げたままだ。
「吹谷君の日頃の行いが良いからかなー?」
和歌山は嬉しそうに笑う。このまま晴れるといいなぁ……なんて、一体どうしてそこまで迷信を信じる気になれるのだろう?と聞いてみたら、
「幸せになれるような迷信なら信じてみてもいいじゃない?」
と返ってくる。
確かに昨日作ってみた“てるてる坊主は”ギリギリ効いているらしい。
まったくギリギリだが。もしかして少し不細工だったからあんまり効き目がないのだろうか?
そこまで考えて、自分が随分和歌山の考えに感化されていることに気がついた。
あまりに彼女が自信満々に言い切るからだ。
しかし、クラスメイトの話によれば「あれさー、和歌山さん…吹谷の影響を確実に受けてるよ」ということらしいので、どうやらお互い様ということになるのだろう。
ふと、和歌山を見るとこっちをみている。
「?」
なんだろうと思うと、
「私服の吹谷君いいねー。新鮮だよ」
彼女はにこにこしている。
俺の格好と言えば、ただのジーパンにトレーナーなんだが、これは彼女の私服を誉めろと言う暗示なのだろうか?
注意深く彼女の格好を見てみると、確かに制服とは雰囲気が違う。
薄いグリーンのワンピースに白い絹のカーディガン。胸元には金色のペンダントが光っている。
「和歌山も……………………………………………………………………」
しかし、その先の言葉が出てこない。
いや、頭の中にはこれまで読んだ本から得たデータが詰まって、記憶の引出しの中から出てきそうなものなのだが、いざ口にしようとするとでてこない。
はっきり言葉に出来ないまま、なんで言葉にならないんだろうと首をかしげると、和歌山が吹き出した。
「いいよ。無理に誉めようとしなくって」
歩き出す。
すたすた歩くと、彼女が歩きにくそうだったのでペースを落とした。
河原に下りる石の階段を見つけて降りる時、サンダルの和歌山が手を前に出したので、捕まる場所が欲しいのかと思って、その手を取った。彼女は少しだけ照れたように微笑んで、しっかり俺の手を握って階段を下りた。
その手は、いまでも繋がれたままだ。
川辺は初夏を迎えていて、緑が増えてきていた。
和歌山は花の蕾を捜すのが上手くて、いったい何の花が咲くのだろうと話した。
東京の川はそんなに綺麗じゃない。
むしろ浅くて流れもゆっくりで底が見えない。
しかし、この日だけは川面に光が反射して違う顔を見せているようだった。
「川と言えば……」
話の一つ一つを丁寧に和歌山は聞く。会話の合間に相槌を打ったり「それで?」と話を促すことも忘れない。俺はどうも話をする時、内容をすっとばして結論だけを言いがちだったので、和歌山が質問するたび、断片的な話が物語となって繋がっていった。
「和歌山は話を聞くのが上手いな」
感心すると彼女は「上手いかどうか分からないけれど、もっと教えて欲しいなぁって思うから」と謙遜した。どうやら相槌や質問にもコツがあるらしい。
「もっと聞かせて欲しいな、って思ったら、具体的なイメージを頭に浮かべてみるの。頭の中で組み立てなおして、相手のイメージと近づけてみるとか。知っている映画だったらシーンや俳優さんを思い浮かべたり。例えば首の長い動物で……」
「キリンか」
「そうそう。そうやって確認すると、実際に見たらどんな大きさだったのか、とか、餌はどんなのを食べているのかなんて、また話が広がることがあるでしょう?」
ゆっくりと時間が流れていった。
何も踏破することが目的ではなかったから、何度も立ち止まり、2人でいろいろな話をした。
それこそ最近の勉強内容から、新聞に載っている社説に至るまで話した。ふわふわとした印象のわりに彼女は勉強家だったようで、ある記事に対する見解を述べたりして、話題は尽きなかった。
しばらくすると石のベンチがあったので、そこにハンカチを敷いて座る。
気がつけばもう昼過ぎだった。
太陽が真上よりすこし西に移動しているらしい。影が少しだけ斜めに傾いでいる。
後ろの道を自転車が通り過ぎていった。
川の対岸には犬を散歩させる老人の姿が見えた。
俺と彼女はカバンから弁当を取り出し膝の上に広げる。
パカ……と開けると、申し合わせたかのように2人ともサンドイッチだった。
「わ!」
「む!」
思わず同時に驚きの声。それから彼女は「す、すごい」と笑い出した。
トマトとレタスのサンドに卵サンド、カツサンド、少しメニューが違うものもあるのだが、まさか二人ともかぶるとは思わなかった。
なんとなく和歌山はおにぎりじゃないかと思ってた。
そう口に出すと、彼女は、私は吹谷君がおにぎりをもってくるんじゃないかって思ってたと笑う。
あんまり彼女が楽しそうなので、俺はしばらくサンドイッチを膝の上に乗せたまま、その姿を見つめていた。
腹は減っているのに、……何故か心はいっぱいいっぱいだった。